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第二章──義(ただしさ)の誓い、過去の刑吏
25話
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灰塊の肉体はゆっくりと消滅していく。
清はがくりと膝をついた。
壮絶な舞の鬩ぎ合いが閉じた。静けさがすべてを覆い尽くした。
「またも……わが舞は……、またしても届かなんだか……」
清は静かに目を伏せた。しかし不思議と涙は出ない。いや、それは瞼裏から火照らす『義』の温もりを感じる。
「えっ……これは……?」
清が目を開く。仄かに漂う灯り。それは紛れもなく灰塊の『義』の心。それが清の身体に吸い込まれていく。
「清さま……届き申したぞ……灰塊さまの御心に、清さまの御想いが……ゆえにこそ、灰塊さまは清さまに花文を返されたのでござりまする……」
根子が普段の姿に戻り抱きついた。そして根音も負けじと清に抱きつく。
「清さまの御心に、灰塊さまの御加護によりて、二つ目の徳『義』の芽、萌し候……清さまの舞こそ、灰塊さまの迷いを断ち切りしものでございます……」
根子が言葉勢いよく。
清は腑に落ちなかった。
「なぜ……なぜに……? われは姉さまに遅れを取った……それなのに……何ゆえ……?」
「よいではありませぬか……清さまの心に『義』が灯ったのですから!」
根音が言う通り、『義』の心が届いたのもまた事実。
「そうか……今はただ、この事実さえあらばそれでよい……灰塊殿よ、まこと、そなたの心、しかと受け取り申した……『義』の心を……」
胸にゆっくりと手をあて心を確かめた。
「ほう……清よ……そなたの舞にて、あの者、祓われたか……妾よりも未熟なる舞にて……」
静が肩で息をしているが無理に隠そうとしているのがわかる。また面の口元はさらに赤く染まっている。面の目元も染みが広がっている。
「それは……」
清は静に言われた言葉に言い返せない。すべてが静の言葉通りだと思ったからだ。しかし、憎悪が消えることはなかった。静の言葉の裏には、足元にも及ばず、たまたまだと聞こえて他ならなかった。
「清さま……よろしゅうございましょう……これにてまた一歩、静さまに近づかれました。清さまの信念の舞、決して誤りなどにありませぬ」
根子が囁いた。
「然り……わが宿敵、姉さまに、また一歩近づけた……願いを導きてくれたのは、灰塊殿……それだけにて、充分にて候」
「清さま……少しばかりお休みなされませ。本日の舞は、あまりにも御身に重きを与え過ぎましたゆえ……」
根音が寄り添う。
「左様……今は身動くも辛く……安らぎの刻、欲しゅうなった……」
そう伝えると清は灰塊の彫った微笑む地蔵たちに見守られ、目蓋を閉じた。
「清さま……今は、ゆるりとおやすみあそばせ。われらが、清さまが安らかなる眠りにつけますよう、しっかとお護りいたしまする」
根子の優しさに身を任せ眠りについた。一体の小さき地蔵が清を慰めるように見つめている。灰塊が気力を絞り、最期の一槌した地蔵だった。
──實を基とし、義を掲げ、勇をもって貫く。これぞ義勇の極みなり──
その地蔵の背には舞い中、なんとか命をかけて彫ったであろう灰塊の最期の祈りの詞が詠めた。誰がために残したかわからず、それを清に託したかもわからず、ただ最期に記した詞。その詞に包まれるが如く眠る清……。
静は眠りにつく清に背を向ける。
「よろしゅうござりんすか? 妹御に、わちきらが踏み台とされて……このまま完膚なきまでに叩き伏せ申さずとも?」
気丈にその場を去ろうとする静。口元の面の汚れは一段と紅色に染まる。いや、黒く変色を帯びている。
「かまわぬ……捨て置け。何も変わらぬ──されど、妾が願いは既に誰が止めることも叶わず、歩み始めておる……そこに眠るでき損ないが目覚めようとも……『偏』の増す刻まで……」
重い足を気力で何事もなかったかのように歩く静。霧が晴れていたが、闇夜の暗さが一段と増した。しかさ、その暗闇中、一縷を照らす欠けた月。
「……刻、満つるを待つは、妾の運命。妾が希いは、清の命を、妾が仕舞にて絶やすことのみ……それ一事にて候──」
──第二章 終幕──
清はがくりと膝をついた。
壮絶な舞の鬩ぎ合いが閉じた。静けさがすべてを覆い尽くした。
「またも……わが舞は……、またしても届かなんだか……」
清は静かに目を伏せた。しかし不思議と涙は出ない。いや、それは瞼裏から火照らす『義』の温もりを感じる。
「えっ……これは……?」
清が目を開く。仄かに漂う灯り。それは紛れもなく灰塊の『義』の心。それが清の身体に吸い込まれていく。
「清さま……届き申したぞ……灰塊さまの御心に、清さまの御想いが……ゆえにこそ、灰塊さまは清さまに花文を返されたのでござりまする……」
根子が普段の姿に戻り抱きついた。そして根音も負けじと清に抱きつく。
「清さまの御心に、灰塊さまの御加護によりて、二つ目の徳『義』の芽、萌し候……清さまの舞こそ、灰塊さまの迷いを断ち切りしものでございます……」
根子が言葉勢いよく。
清は腑に落ちなかった。
「なぜ……なぜに……? われは姉さまに遅れを取った……それなのに……何ゆえ……?」
「よいではありませぬか……清さまの心に『義』が灯ったのですから!」
根音が言う通り、『義』の心が届いたのもまた事実。
「そうか……今はただ、この事実さえあらばそれでよい……灰塊殿よ、まこと、そなたの心、しかと受け取り申した……『義』の心を……」
胸にゆっくりと手をあて心を確かめた。
「ほう……清よ……そなたの舞にて、あの者、祓われたか……妾よりも未熟なる舞にて……」
静が肩で息をしているが無理に隠そうとしているのがわかる。また面の口元はさらに赤く染まっている。面の目元も染みが広がっている。
「それは……」
清は静に言われた言葉に言い返せない。すべてが静の言葉通りだと思ったからだ。しかし、憎悪が消えることはなかった。静の言葉の裏には、足元にも及ばず、たまたまだと聞こえて他ならなかった。
「清さま……よろしゅうございましょう……これにてまた一歩、静さまに近づかれました。清さまの信念の舞、決して誤りなどにありませぬ」
根子が囁いた。
「然り……わが宿敵、姉さまに、また一歩近づけた……願いを導きてくれたのは、灰塊殿……それだけにて、充分にて候」
「清さま……少しばかりお休みなされませ。本日の舞は、あまりにも御身に重きを与え過ぎましたゆえ……」
根音が寄り添う。
「左様……今は身動くも辛く……安らぎの刻、欲しゅうなった……」
そう伝えると清は灰塊の彫った微笑む地蔵たちに見守られ、目蓋を閉じた。
「清さま……今は、ゆるりとおやすみあそばせ。われらが、清さまが安らかなる眠りにつけますよう、しっかとお護りいたしまする」
根子の優しさに身を任せ眠りについた。一体の小さき地蔵が清を慰めるように見つめている。灰塊が気力を絞り、最期の一槌した地蔵だった。
──實を基とし、義を掲げ、勇をもって貫く。これぞ義勇の極みなり──
その地蔵の背には舞い中、なんとか命をかけて彫ったであろう灰塊の最期の祈りの詞が詠めた。誰がために残したかわからず、それを清に託したかもわからず、ただ最期に記した詞。その詞に包まれるが如く眠る清……。
静は眠りにつく清に背を向ける。
「よろしゅうござりんすか? 妹御に、わちきらが踏み台とされて……このまま完膚なきまでに叩き伏せ申さずとも?」
気丈にその場を去ろうとする静。口元の面の汚れは一段と紅色に染まる。いや、黒く変色を帯びている。
「かまわぬ……捨て置け。何も変わらぬ──されど、妾が願いは既に誰が止めることも叶わず、歩み始めておる……そこに眠るでき損ないが目覚めようとも……『偏』の増す刻まで……」
重い足を気力で何事もなかったかのように歩く静。霧が晴れていたが、闇夜の暗さが一段と増した。しかさ、その暗闇中、一縷を照らす欠けた月。
「……刻、満つるを待つは、妾の運命。妾が希いは、清の命を、妾が仕舞にて絶やすことのみ……それ一事にて候──」
──第二章 終幕──
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