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第三章──礼(うやまい)の尊き僧侶、静かなる教え
30話
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「既にこの本堂、もはや持ち堪え申さぬ様子……崩れ落ちんといたすやもしれぬ……これもひとえに『傲』にあてられし故か……いや、恐らくは拙僧が命尽きるゆえにて候。されど、ようぞできたる本堂にてござる。拙僧が心を映せしこの堂を築きし者どもに、まこと感謝の念禁じ得ぬ。「屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱だ」と、かつて申したものよ……」
零闇は目の見えぬ目で本堂に手を合わせた。
「……さて、清殿。そなた、この本堂にて拙僧と相対し、語り合う覚悟、あられるか? やがて倒壊いたすやもしれぬこの堂……されど、この堂こそ、拙僧が心にて候。この心と共にある堂にて招き入れずして、客人を外に立たせ語るなど、拙僧の『礼』にあらずと心得る」
清を試すかの如く。
「いかがかな……そなた、拙僧が最たる『礼』、お受けなさるや?」
そう言い残すと零闇は杖をつきながら、確かな足取りで本堂に消えていく。杖をつく音が静寂の闇へと溶ける。『礼』の中に何かが宿る──彼の背が闇に消えた瞬間、梁がわずかに軋んだ。まるでそこに宿命が染み渡るかのように。梁が軋む音は、ただの老朽ではない……まるで、見届けるものがそこにあるかのような響き、そして『礼』を刻む者の見え隠れする『傲』でもあるようだ。
零闇の杖の音と梁の軋む音は清にだけは招く声に聞こえた。杖の音が、ただ響くだけではない。まるで清を呼び込むかのように、清の鼓膜に染み込んでいく。清は何も言わず、覚悟を決めるかのように地面を蹴り進み始める。しかし、それは覚悟を受け入れたと言うより、死を恐れていないかの様な、むしろ受け入れたいと言わんばかりの表情だ。安らかな顔で向かおうとする。
「なりませぬ、清さま……ご覧のとおり、いまにも崩れ落ちそうにございまする。もし堂内にて舞なされば、間違いなくこの本堂は倒壊いたしましょう。われら花護人は人外ゆえ構いませぬが、清さまは人の子……倒壊の折には、いかに清さまとて無事では済みませぬ。ここは零闇殿を説き伏せ、本堂の外にて……」
根子が清を引き留めた。もちろん根音も袖にしがみついたまま離そうとはしない。
「なりませぬ……清さま……清さまを護るこの身として、いかせるわけには参りませぬ」
「何を怖れることがありましょう……あの場所にて零闇殿は『礼』を尽くさんとしておられる。それならば、われもまた応えねばなりませぬ……」
清は二人の手をそっと優しく振りほどく。迷いもない。震えもしない。逆に清の目はあの倒壊寸前の中に何かを見ている。二人は『礼を尽くす』と言う言葉の裏に何か違うものを感じていた。
「それに、もし倒壊し舞を中断なされば……零闇殿は半死に……」
清はぴくりと眉を動かしたが強く言い放つ。
「たとえ何があろうとも、舞を止めはいたしませぬ……われは……あの姉さまとは違うゆえ……」
静のことを思い出すと、また怒りの炎が舞い上がる清。そして清は二人の制止を振り切り本堂に向かった。
根音と根子は目を合わせ、頷き、清のあとを追いかけた。それは崩壊へと至るものなのか。なんなのかわからぬまま……。
零闇は目の見えぬ目で本堂に手を合わせた。
「……さて、清殿。そなた、この本堂にて拙僧と相対し、語り合う覚悟、あられるか? やがて倒壊いたすやもしれぬこの堂……されど、この堂こそ、拙僧が心にて候。この心と共にある堂にて招き入れずして、客人を外に立たせ語るなど、拙僧の『礼』にあらずと心得る」
清を試すかの如く。
「いかがかな……そなた、拙僧が最たる『礼』、お受けなさるや?」
そう言い残すと零闇は杖をつきながら、確かな足取りで本堂に消えていく。杖をつく音が静寂の闇へと溶ける。『礼』の中に何かが宿る──彼の背が闇に消えた瞬間、梁がわずかに軋んだ。まるでそこに宿命が染み渡るかのように。梁が軋む音は、ただの老朽ではない……まるで、見届けるものがそこにあるかのような響き、そして『礼』を刻む者の見え隠れする『傲』でもあるようだ。
零闇の杖の音と梁の軋む音は清にだけは招く声に聞こえた。杖の音が、ただ響くだけではない。まるで清を呼び込むかのように、清の鼓膜に染み込んでいく。清は何も言わず、覚悟を決めるかのように地面を蹴り進み始める。しかし、それは覚悟を受け入れたと言うより、死を恐れていないかの様な、むしろ受け入れたいと言わんばかりの表情だ。安らかな顔で向かおうとする。
「なりませぬ、清さま……ご覧のとおり、いまにも崩れ落ちそうにございまする。もし堂内にて舞なされば、間違いなくこの本堂は倒壊いたしましょう。われら花護人は人外ゆえ構いませぬが、清さまは人の子……倒壊の折には、いかに清さまとて無事では済みませぬ。ここは零闇殿を説き伏せ、本堂の外にて……」
根子が清を引き留めた。もちろん根音も袖にしがみついたまま離そうとはしない。
「なりませぬ……清さま……清さまを護るこの身として、いかせるわけには参りませぬ」
「何を怖れることがありましょう……あの場所にて零闇殿は『礼』を尽くさんとしておられる。それならば、われもまた応えねばなりませぬ……」
清は二人の手をそっと優しく振りほどく。迷いもない。震えもしない。逆に清の目はあの倒壊寸前の中に何かを見ている。二人は『礼を尽くす』と言う言葉の裏に何か違うものを感じていた。
「それに、もし倒壊し舞を中断なされば……零闇殿は半死に……」
清はぴくりと眉を動かしたが強く言い放つ。
「たとえ何があろうとも、舞を止めはいたしませぬ……われは……あの姉さまとは違うゆえ……」
静のことを思い出すと、また怒りの炎が舞い上がる清。そして清は二人の制止を振り切り本堂に向かった。
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