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第五章──忠(まごころ)の誓い、戦に生きた侍
56話
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弌水現路は静かな畳敷きの部屋に座す。物音は襖越しに時折聴こえる見張りの微かな動き、咳払い。窓には格子がはめられ、救いのない陽の光がわずか、そしてぬるく身体を撫でる空気の流れ。直垂を纏っている。言葉を口にすることもない。
現路は出された茶をすすりながら、忠義を尽くした主君、赤間匠盛に想いを馳せていた。
最期まで刃を振るった。匠盛を護るため。全身を血染めた鎧、幾人を斬っただろうか。歯こぼれした刃では情けをかけることもできず切り裂いた肉はズタズタだったろうと思う。しかし、それが侍。忠義はここにある。現路は自らの胸に手をあてた。
一瞬の隙だった。敵の矢が匠盛を貫いた。我が見た姿はその後、討ち取られ首を掲げられた姿だった。その後の記憶は途切れ途切れ。匠盛の元に辿りつくこともできず取り押さえられた。自害する機さえ喪われた。
「我が忠義は、いづくへ往きしや……」
手のひらを広げ、漂う風を受け止めることができないないように、現路は自らの忠義を拾うことは、叶わなかった。
「怨みを晴らす……これぞ忠義にあらんや? もし討ち果たしたとて、何を心に遺すべきや……わからぬ……」
格子状に木材を組まれた格天井の格縁から雫が垂れてきた。
ぽたり──ぽたり──
「これはいかに……雨漏りにて候ふか?」
格子越しに外を眺める。
「いや、雨など降らず……されど……」
物音を立てぬが如く雫は落ちてくる。水溜まりが形成されると不思議なことに水溜まりが揺らぐ。
「何とした……?」
風に靡くように水溜まりが揺らぎ、現路は幽世に迷い込んだような気配に身を囚われた。
水溜まりは浮かびあがり人の形をなしていく。透き通るような青い衣。そして揺らぐ髪と潤んだ瞳。そこは異人とも思わせるような青く澄んでいた。
「誰ぞ……そなた、いかなる者や……」
「我が名は花雫。時は歪みており候ふゆゑ、遠慮なく声をお放ちなされませ。見張りどもには聞こえ申さぬ。我が主、ぜひ現路殿と語らわんと申されてござる」
「物の怪の類いか……」
現路は身を護るものを取り上げられ、持ち合わせていなかったが流石、身構える姿は侍。
「物の怪とて……人ならざるものを指すならば、左様にて候ふやも。されど我ら、主に仕ふる花傀儡。なれども主は人にて候ふ。花仕舞師──人の未練を昇華し、彼岸へと仕舞ふ役目を担ふ御方にて候ふ」
襖がゆっくり開く。
「お初にお目にかかり申す。この花雫の主、宿静にて候ふ」
静は座し三つ指をつき頭を伏せ、忠義を重んじた誉れある現路に礼を尽くし、仕舞いの幕が静かに、そして動を待つかの如く開き始めた。
現路は出された茶をすすりながら、忠義を尽くした主君、赤間匠盛に想いを馳せていた。
最期まで刃を振るった。匠盛を護るため。全身を血染めた鎧、幾人を斬っただろうか。歯こぼれした刃では情けをかけることもできず切り裂いた肉はズタズタだったろうと思う。しかし、それが侍。忠義はここにある。現路は自らの胸に手をあてた。
一瞬の隙だった。敵の矢が匠盛を貫いた。我が見た姿はその後、討ち取られ首を掲げられた姿だった。その後の記憶は途切れ途切れ。匠盛の元に辿りつくこともできず取り押さえられた。自害する機さえ喪われた。
「我が忠義は、いづくへ往きしや……」
手のひらを広げ、漂う風を受け止めることができないないように、現路は自らの忠義を拾うことは、叶わなかった。
「怨みを晴らす……これぞ忠義にあらんや? もし討ち果たしたとて、何を心に遺すべきや……わからぬ……」
格子状に木材を組まれた格天井の格縁から雫が垂れてきた。
ぽたり──ぽたり──
「これはいかに……雨漏りにて候ふか?」
格子越しに外を眺める。
「いや、雨など降らず……されど……」
物音を立てぬが如く雫は落ちてくる。水溜まりが形成されると不思議なことに水溜まりが揺らぐ。
「何とした……?」
風に靡くように水溜まりが揺らぎ、現路は幽世に迷い込んだような気配に身を囚われた。
水溜まりは浮かびあがり人の形をなしていく。透き通るような青い衣。そして揺らぐ髪と潤んだ瞳。そこは異人とも思わせるような青く澄んでいた。
「誰ぞ……そなた、いかなる者や……」
「我が名は花雫。時は歪みており候ふゆゑ、遠慮なく声をお放ちなされませ。見張りどもには聞こえ申さぬ。我が主、ぜひ現路殿と語らわんと申されてござる」
「物の怪の類いか……」
現路は身を護るものを取り上げられ、持ち合わせていなかったが流石、身構える姿は侍。
「物の怪とて……人ならざるものを指すならば、左様にて候ふやも。されど我ら、主に仕ふる花傀儡。なれども主は人にて候ふ。花仕舞師──人の未練を昇華し、彼岸へと仕舞ふ役目を担ふ御方にて候ふ」
襖がゆっくり開く。
「お初にお目にかかり申す。この花雫の主、宿静にて候ふ」
静は座し三つ指をつき頭を伏せ、忠義を重んじた誉れある現路に礼を尽くし、仕舞いの幕が静かに、そして動を待つかの如く開き始めた。
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