58 / 159
第五章──忠(まごころ)の誓い、戦に生きた侍
58話
しおりを挟む
赤間匠盛が戦場で無念にも討ち取られたことにより、岐波ノ国は滅び、その領土は悠前ノ国と名を変えた。
そして、現路は匠盛を討った逆矢間熙剣と対峙していた。
「そなたの献身なる働き、処罰するにはあまりに惜しきこと……ならば、我が臣下となり、今一度その力、振るうてみせぬか?」
熙剣は現路のその能力を高く評価していた。
「熙剣殿は拙者に、主君、赤間匠盛を裏切れと申されるか……生き恥を晒し、忠義を捨てて生き延びよと……笑止なり……」
怒りを通り越し、笑うしかなかった。
「まぁよい……また参ろう。それまでに考え、答えを出しておけ」
熙剣は静かに立ち上がり、その場を後にした。
「なぜだ……なぜ拙者に生き恥を強いる……これほどまで……」
畳を叩きつけた。震えが止まらない。現路は静に惑わされて以来、己がわからなくなっていた。
──われ、果たして『妄』に身を沈めし者ならんや……──
現路はそれだけを繰り返していた。
ぽたり──ぽたり──
雫が垂れる……また格縁から垂れる。
「またか……」
揺らめくが如く人影。青く揺れる髪と瞳。そして形、成すのは美しき異世界の住人、花雫。
「また静殿を伴いて参ったか……?」
青い瞳の花雫はぽたりぽたりと雫を垂らし、現路の元に寄る。
「否、本日は我ひとり……互いに主を持つ身、少し語らいたくなり申した」
花雫は座す。畳はじんわりと濡れる。
「語らうじゃと……また拙者が信を踏みにじらんがためか……?」
唇を噛み花雫を睨み付ける現路。
「まことに脆きものよ……人の未練とは、かくも強きものかと……」
濡れた青い髪をゆらりと揺らす。それは現路の心のよう。現路は問うた。
「ならば問おう……そなたの静殿に対する『忠』とは何ぞ? 『妄』とは呼べぬか? あの御方、畏怖を纏いし者、人ならず……我が主、匠盛とは真逆にて候……」
現路は静の姿を思い出すだけで肌を振るわせた。
「その問い、何の意味あらん? なにゆえそこまで拘る?」
花雫の答えに言葉を失う。
「われは静さまが仕舞うその刹那を、幾度もこの眼に収めて参りし。『仁』、『義』、『礼』、『智』、いずれも然り。人の世は迷いと未練にて満ち、すべては己が心に宿るものなり。されど人は、なおも嘆く──『果たして是であったか』と。なにゆえか……それは憧れゆえにて候。現の世こそ、迷いと未練こそが真なる本質。それを美と見るか、あるいは醜と見るか……そは、人の心次第にて候。」
「我が匠盛に対する忠は絶対なり!」
現路は言葉を振り絞った。
「弱き者ほど『絶対』と申したがる……己を奮い立たせるためか、それとも周囲を納得させるためか……なぜ未練を認めぬ? なにゆえ『妄』を忌む?」
花雫は言葉でさらりと躱した。
「なぜ受け止めぬ……『妄』とてよかろう。生き恥とて知るは己のみ。他の者はなお称えようぞ……『そなたは『忠』に生きし侍なり』と……」
花雫は微笑む。
「その笑み……何ゆえに……ならば、今一度問おう! そなたが静殿に捧ぐるは『忠』か、それとも『妄』か!」
現路は心を切り刻まれても刃を振り回すように言葉を吐いた。
「いずれであろうが構わぬ! 誰が『忠』と言おうが『妄』と言おうが……静さまがわれらが主である限り……! そなたもまた、然らずや?」
花雫はただ静かに微笑み、その姿を淡く消していった。
そして、現路は匠盛を討った逆矢間熙剣と対峙していた。
「そなたの献身なる働き、処罰するにはあまりに惜しきこと……ならば、我が臣下となり、今一度その力、振るうてみせぬか?」
熙剣は現路のその能力を高く評価していた。
「熙剣殿は拙者に、主君、赤間匠盛を裏切れと申されるか……生き恥を晒し、忠義を捨てて生き延びよと……笑止なり……」
怒りを通り越し、笑うしかなかった。
「まぁよい……また参ろう。それまでに考え、答えを出しておけ」
熙剣は静かに立ち上がり、その場を後にした。
「なぜだ……なぜ拙者に生き恥を強いる……これほどまで……」
畳を叩きつけた。震えが止まらない。現路は静に惑わされて以来、己がわからなくなっていた。
──われ、果たして『妄』に身を沈めし者ならんや……──
現路はそれだけを繰り返していた。
ぽたり──ぽたり──
雫が垂れる……また格縁から垂れる。
「またか……」
揺らめくが如く人影。青く揺れる髪と瞳。そして形、成すのは美しき異世界の住人、花雫。
「また静殿を伴いて参ったか……?」
青い瞳の花雫はぽたりぽたりと雫を垂らし、現路の元に寄る。
「否、本日は我ひとり……互いに主を持つ身、少し語らいたくなり申した」
花雫は座す。畳はじんわりと濡れる。
「語らうじゃと……また拙者が信を踏みにじらんがためか……?」
唇を噛み花雫を睨み付ける現路。
「まことに脆きものよ……人の未練とは、かくも強きものかと……」
濡れた青い髪をゆらりと揺らす。それは現路の心のよう。現路は問うた。
「ならば問おう……そなたの静殿に対する『忠』とは何ぞ? 『妄』とは呼べぬか? あの御方、畏怖を纏いし者、人ならず……我が主、匠盛とは真逆にて候……」
現路は静の姿を思い出すだけで肌を振るわせた。
「その問い、何の意味あらん? なにゆえそこまで拘る?」
花雫の答えに言葉を失う。
「われは静さまが仕舞うその刹那を、幾度もこの眼に収めて参りし。『仁』、『義』、『礼』、『智』、いずれも然り。人の世は迷いと未練にて満ち、すべては己が心に宿るものなり。されど人は、なおも嘆く──『果たして是であったか』と。なにゆえか……それは憧れゆえにて候。現の世こそ、迷いと未練こそが真なる本質。それを美と見るか、あるいは醜と見るか……そは、人の心次第にて候。」
「我が匠盛に対する忠は絶対なり!」
現路は言葉を振り絞った。
「弱き者ほど『絶対』と申したがる……己を奮い立たせるためか、それとも周囲を納得させるためか……なぜ未練を認めぬ? なにゆえ『妄』を忌む?」
花雫は言葉でさらりと躱した。
「なぜ受け止めぬ……『妄』とてよかろう。生き恥とて知るは己のみ。他の者はなお称えようぞ……『そなたは『忠』に生きし侍なり』と……」
花雫は微笑む。
「その笑み……何ゆえに……ならば、今一度問おう! そなたが静殿に捧ぐるは『忠』か、それとも『妄』か!」
現路は心を切り刻まれても刃を振り回すように言葉を吐いた。
「いずれであろうが構わぬ! 誰が『忠』と言おうが『妄』と言おうが……静さまがわれらが主である限り……! そなたもまた、然らずや?」
花雫はただ静かに微笑み、その姿を淡く消していった。
0
あなたにおすすめの小説
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる