花仕舞師

RISING SUN

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第五章──忠(まごころ)の誓い、戦に生きた侍

61話

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 一気に駆け抜けた。襖の向こうに会わなければならぬ者がいる。清は襖に手をかけると、その場の空気が凍りつくように張り詰めた。
「失礼仕る……」
 清は座して襖をゆっくり開ける。すっと襖を開けると奥に人影が……しかし、背を向けたまま座している。気配を感じぬ訳ではない。それは主君を護るため、命を刃と隣り合わせで研ぎ澄ませてきた感性。
「またか……今度は何用ぞ……」
 呟くように現路は言葉に出した。
「また……にて候か?」
 しかし、現路は聞き慣れた声とは違うことに戸惑いを覚える。そして驚きの声を上げた者の方向に首を振り座し、頭を下げる者に目をやる。
「何奴ぞ……ここは罪人の間にて候ぞ……」
「左様にて候……手前、宿清やどりやきよと申す」
 清は頭を下げたまま答えた。
「宿……もしや、そなたは宿静殿の妹君にて候か……?」
「今、なんと……」
 咄嗟に清は聞きたくもない名前に顔を上げ、現路に目を合わせた。
「何ゆえ……その御名を……!? やはり、姉さまはここに……」
 花化従の一言が、清の心に再び暗い波紋を広げた。『そちは知るに及ばず……それよりもよいのかや? 静さまはすでに会われたぞ……花紋様浮かぶ者と……力なきは、誠に哀れ……無知とは、これほどまでに哀れなり……』。この言葉が心に爪を食い込ませる。花霧の霧がこの部屋を包み歪ませたように今、心が憎しみの波紋で波打つ。
「そなたもこの左の手に何やら見ゆるか……? 花紋様と申しておったな……」
 現路は問いかけた。清は掲げられた左の甲を見つめた。
「左様にて候……花紋様……畏れながら、死期を告ぐる痣、はっきりと浮かび上がり候」
「左様か……不可思議なるものよ……そして拙者に見えぬ痣をもって、そなたらは拙者が命を仕舞う役目……然らば、然りか」
 現路は清の目を見ることなく呟いた。
「左様にて候……手前は花仕舞師……舞をもって徳の心を希望となし、終幕を迎えさせるが務めにて候」
「徳の心……それは『まごころ』にて候か?」
「左様にて候……」
 現路はふっと息を吐いた。空気の流れが変わる。
「『忠』か……されば、今の拙者には不要の舞よ……」
「な、なんと!?」
 清は驚き目を見開く。
「我はこれまで『忠』をもって生きて参った……されど、それは……『あやまり』なり。拙者が心は『妄』……拙者は『妄』に生きし男よ」
「何ゆえ、そのように思し召す……? なにゆえ否にて己が生き様を歪められる……」
「生き様を歪めたのではない……拙者が心を歪め、ただ思い込んでおったのみよ……」
 現路は格子越しに空を見上げた。霧のかかった空は白く濁っていたが、それでも現路は遠く、晴れ間を描くように見上げていた。
「あの折は、心が高揚しておった……されど、今この霞む心では、もはや拙者が主君、匠盛たくみじょう殿に顔向け叶わぬ……」
 それは、足掻き続けた男がふと諦めに似た微笑みを浮かべた、刹那的な静寂であった。
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