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第六章──信(たより)の愛し人、裏切りを超えて
73話
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──里を守るという名のもとに。
ついに、里長、岩松常影が蒼真をひとり呼び寄せる。古びた囲炉裏の前、真っ直ぐに男を見据え、重く口を開いた。
「朝比奈蒼真と申すや……何者なるか、儂には知れぬ。ただし、ここは人ひとり疑われるのみで、明日をも失う里にて候。いかに秋架殿が庇わるるとも、里全体の『信』を傾けるわけには参らぬ」
囲炉裏の炎が、静かに揺れる。
「ただちに、この里を立ち去られよ。それこそが高杜の『信』……里を護る唯一の証にて候」
その言葉に、蒼真は目を伏せた。
「しごく当然のことにてござる。致し方なし……」
蒼真は頭を垂れた。
ガタンッ──
障子が勢いよく開く。そこには息を切らし、髪を乱した秋架の姿があった。
「里長……何事を話されておるのですか!」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐ秋架。二人の顔を見る限りよからぬ話しと勘を働かせる。
「秋架殿も聞き及んでおろう。この静かだった里も、いまや物騒の渦に巻かれておる。貯蔵庫が襲われしは一大事。しかも、あの貯蔵庫を誰ぞ気付かずに荒らすは、内よりの手引きあればこそ……」
「まさか……その手引きが蒼真殿と申されるか!?」
奥歯を強く噛み拳を握り締めた。
「今まで平穏なりし里に、蒼真殿が現れてから騒ぎが増えた。誰が見ても道理は明らか……この小さき里が生き永らえたは『信』を誇りとしておるがゆえ。秋架殿、そなたこそそれを一番わきまえておろう?」
「そ、それは……しかし……蒼真殿はそのようなお方ではございませぬ! この方がそのような……それにわれもまた余所者にてございましょう!」
秋架は一瞬怯んだが、それでも抗った。
「な、何を……そなたは大切にお預かりした……」
突然の秋架の言葉に常影は口走りそうになる。
「二人とも、待たれよ……もうよい……秋架殿、よいのだ……これにて収まるならば、この里の『信』が護られるならば、拙者が身を退くもまた道理……」
「しかし……」
秋架が何を想い、どれほどの覚悟で信じてくれたかは、蒼真には痛いほどわかっていた。だからこそ、それ以上は何も言わなかった。炎が揺れるたび、蒼真の影が床に伸び、そして消えていった。
「明日にも、この里を立ち去りまする。常影殿、秋架殿……お世話になり申した。かたじけなく……」
蒼真は立ち上がり、振り向きもせず二人の元を去った。その背中は秋架の想いを裏切り、悔やみが滲んでいた。やり直したいと一刻でも心に湧いた気持ちを恥じる蒼真だった。
「里長……なぜ? われこそ……この里にとりて災いではありませぬか! ならばわれこそが『信』を乱す者!」
秋架は言葉を震わせた。
「違う……秋架殿、そればかりは違う。そなたは大切に預かりし子……真実をねじ曲げてでも守らねばならぬ存在にて候」
「ならば……彼を……蒼真殿を、どうか信じてはくださらぬか!」
「それとこれとは別物……儂は里を護る長として、背を向けるわけには参らぬ!」
二人の心は平行線を辿る他なかった。
ついに、里長、岩松常影が蒼真をひとり呼び寄せる。古びた囲炉裏の前、真っ直ぐに男を見据え、重く口を開いた。
「朝比奈蒼真と申すや……何者なるか、儂には知れぬ。ただし、ここは人ひとり疑われるのみで、明日をも失う里にて候。いかに秋架殿が庇わるるとも、里全体の『信』を傾けるわけには参らぬ」
囲炉裏の炎が、静かに揺れる。
「ただちに、この里を立ち去られよ。それこそが高杜の『信』……里を護る唯一の証にて候」
その言葉に、蒼真は目を伏せた。
「しごく当然のことにてござる。致し方なし……」
蒼真は頭を垂れた。
ガタンッ──
障子が勢いよく開く。そこには息を切らし、髪を乱した秋架の姿があった。
「里長……何事を話されておるのですか!」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐ秋架。二人の顔を見る限りよからぬ話しと勘を働かせる。
「秋架殿も聞き及んでおろう。この静かだった里も、いまや物騒の渦に巻かれておる。貯蔵庫が襲われしは一大事。しかも、あの貯蔵庫を誰ぞ気付かずに荒らすは、内よりの手引きあればこそ……」
「まさか……その手引きが蒼真殿と申されるか!?」
奥歯を強く噛み拳を握り締めた。
「今まで平穏なりし里に、蒼真殿が現れてから騒ぎが増えた。誰が見ても道理は明らか……この小さき里が生き永らえたは『信』を誇りとしておるがゆえ。秋架殿、そなたこそそれを一番わきまえておろう?」
「そ、それは……しかし……蒼真殿はそのようなお方ではございませぬ! この方がそのような……それにわれもまた余所者にてございましょう!」
秋架は一瞬怯んだが、それでも抗った。
「な、何を……そなたは大切にお預かりした……」
突然の秋架の言葉に常影は口走りそうになる。
「二人とも、待たれよ……もうよい……秋架殿、よいのだ……これにて収まるならば、この里の『信』が護られるならば、拙者が身を退くもまた道理……」
「しかし……」
秋架が何を想い、どれほどの覚悟で信じてくれたかは、蒼真には痛いほどわかっていた。だからこそ、それ以上は何も言わなかった。炎が揺れるたび、蒼真の影が床に伸び、そして消えていった。
「明日にも、この里を立ち去りまする。常影殿、秋架殿……お世話になり申した。かたじけなく……」
蒼真は立ち上がり、振り向きもせず二人の元を去った。その背中は秋架の想いを裏切り、悔やみが滲んでいた。やり直したいと一刻でも心に湧いた気持ちを恥じる蒼真だった。
「里長……なぜ? われこそ……この里にとりて災いではありませぬか! ならばわれこそが『信』を乱す者!」
秋架は言葉を震わせた。
「違う……秋架殿、そればかりは違う。そなたは大切に預かりし子……真実をねじ曲げてでも守らねばならぬ存在にて候」
「ならば……彼を……蒼真殿を、どうか信じてはくださらぬか!」
「それとこれとは別物……儂は里を護る長として、背を向けるわけには参らぬ!」
二人の心は平行線を辿る他なかった。
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