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第六章──信(たより)の愛し人、裏切りを超えて
85話
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「秋架殿……」
蒼真は駆け出し、秋架の身体を抱き寄せた。
「あまりにも……無常……何ゆえ……何ゆえ秋架殿が犠牲とならねばならなんだ……もし拙者が、もっと早く……早くこの高杜に至りおれば……」
言葉を失いかけ、自身の遅れを悔いた。
「蒼真殿……」
その言葉に蒼真は振り向く。
「そなたは……いつぞやの……」
「はい……道中にてお会い申した、宿清にてございます。その折は……」
清は深々と頭を下げた。
「まさか、秋架さまの最期を看取られたのか……?」
蒼真は言葉を無理やり引っ張り出した。例え哀しみに打ちひしがれようが将なのだ。混沌とした闇に包まれようと毅然とした態度は崩さない。
「はい……見届けさせて頂き申した……安らかに旅立たれました。それはまさしく己が『信』を誇るかのごとく……そして蒼真殿の声を聞くたび、微笑まれておられました……」
「さようか……誇りに……。もひとつ、あの時の言伝は秋架さまに伝えてくれたか?」
蒼真の涙が、秋架の血に染まる衣を濡らした。
「はい……秋架さまは……伝えるまでもなく、蒼真殿を信じ、待ち続けておられました。たとえ『怨』に呑まれようとも、何度でも届かぬ未来に手を伸ばすが如く……」
「左様か……拙者が、もっと早く……。なにゆえ、大義に縛られ、人は素直に心を示せぬのだろうな……拙者ら武に生きる者は、なおさらに……もしや秋架殿のように素直であれば、また違う未来もあったやもしれぬ……」
またぽたりと後悔の雫が秋架の衣に落ちた。
「致し方ござりませぬ。それは時代の流れに生きる手前らが宿命……。それより蒼真殿……秋架さまの最期の御想い、受け取ってはいただけませぬか?」
清はそっと崩れそうな蒼真に寄り添い優しく声をかけた。
「最期の想い……?」
清は蒼真の胸に手を置いた。そこから感じる鼓動は、悔恨に打たれて荒れていた。
「はい。確かに手前が託かり申した。蒼真殿……この胸にて直にお聞きくだされ。秋架さまの想い、忘れずに……届け──花文!」
清の掛け声とともに色とりどりの花に包まれた光が蒼真の心に温かいもの届け、広がっていく。そこに秋架の声が心に響く。清の言葉でも他の誰の言葉でもない。秋架本人の声だった。
──蒼真殿……われはそなたをお待ち申す間、辛くも悲しき真実に幾度も心を打たれ候。それにても、なお『信』と申す儚くも尊きものを抱きしめ、そなたの声にて喜びに震え申した。われ、陰ながら幾久しくそなたをお慕い申し上げており候……誠に、『信』を胸に抱けしこと、何よりの誇りにござる……蒼真殿のご武運、これより先も変わらず信じ奉る所存にて候──
胸に抱いていた絹綾の御守が零れ落ちる。
「蒼真殿……ここまでにてございます。秋架殿とは、これにて今生の別れにございます……」
清は秋架に添えた時留の花飾りをそっと己の懐に仕舞う。
静かに秋架の身体が消滅していく。
ころん……
秋架が抱き締めるように両手で握っていた絹綾の御守が転げ落ちる。
「秋架殿ぉぉぁぉ──」
蒼真は落ちた絹綾の御守を拾い上げ、力なき力でぎゅと握り締めた。
ぽとり……ぽとり……
幾重も零れ落ちる蒼真の雫はその絹綾の御守を濡らしていった。
「ゆくぞ、根音、根子……武に生きる者の涙は……われらが受け止められるほど、軽きものにはあらず……」
そう、清は根音と根子に伝えると振り返ることなく、蒼真と秋架の最期の会話に水を刺ささぬよう座敷をあとにした。
──第六章 終幕──
蒼真は駆け出し、秋架の身体を抱き寄せた。
「あまりにも……無常……何ゆえ……何ゆえ秋架殿が犠牲とならねばならなんだ……もし拙者が、もっと早く……早くこの高杜に至りおれば……」
言葉を失いかけ、自身の遅れを悔いた。
「蒼真殿……」
その言葉に蒼真は振り向く。
「そなたは……いつぞやの……」
「はい……道中にてお会い申した、宿清にてございます。その折は……」
清は深々と頭を下げた。
「まさか、秋架さまの最期を看取られたのか……?」
蒼真は言葉を無理やり引っ張り出した。例え哀しみに打ちひしがれようが将なのだ。混沌とした闇に包まれようと毅然とした態度は崩さない。
「はい……見届けさせて頂き申した……安らかに旅立たれました。それはまさしく己が『信』を誇るかのごとく……そして蒼真殿の声を聞くたび、微笑まれておられました……」
「さようか……誇りに……。もひとつ、あの時の言伝は秋架さまに伝えてくれたか?」
蒼真の涙が、秋架の血に染まる衣を濡らした。
「はい……秋架さまは……伝えるまでもなく、蒼真殿を信じ、待ち続けておられました。たとえ『怨』に呑まれようとも、何度でも届かぬ未来に手を伸ばすが如く……」
「左様か……拙者が、もっと早く……。なにゆえ、大義に縛られ、人は素直に心を示せぬのだろうな……拙者ら武に生きる者は、なおさらに……もしや秋架殿のように素直であれば、また違う未来もあったやもしれぬ……」
またぽたりと後悔の雫が秋架の衣に落ちた。
「致し方ござりませぬ。それは時代の流れに生きる手前らが宿命……。それより蒼真殿……秋架さまの最期の御想い、受け取ってはいただけませぬか?」
清はそっと崩れそうな蒼真に寄り添い優しく声をかけた。
「最期の想い……?」
清は蒼真の胸に手を置いた。そこから感じる鼓動は、悔恨に打たれて荒れていた。
「はい。確かに手前が託かり申した。蒼真殿……この胸にて直にお聞きくだされ。秋架さまの想い、忘れずに……届け──花文!」
清の掛け声とともに色とりどりの花に包まれた光が蒼真の心に温かいもの届け、広がっていく。そこに秋架の声が心に響く。清の言葉でも他の誰の言葉でもない。秋架本人の声だった。
──蒼真殿……われはそなたをお待ち申す間、辛くも悲しき真実に幾度も心を打たれ候。それにても、なお『信』と申す儚くも尊きものを抱きしめ、そなたの声にて喜びに震え申した。われ、陰ながら幾久しくそなたをお慕い申し上げており候……誠に、『信』を胸に抱けしこと、何よりの誇りにござる……蒼真殿のご武運、これより先も変わらず信じ奉る所存にて候──
胸に抱いていた絹綾の御守が零れ落ちる。
「蒼真殿……ここまでにてございます。秋架殿とは、これにて今生の別れにございます……」
清は秋架に添えた時留の花飾りをそっと己の懐に仕舞う。
静かに秋架の身体が消滅していく。
ころん……
秋架が抱き締めるように両手で握っていた絹綾の御守が転げ落ちる。
「秋架殿ぉぉぁぉ──」
蒼真は落ちた絹綾の御守を拾い上げ、力なき力でぎゅと握り締めた。
ぽとり……ぽとり……
幾重も零れ落ちる蒼真の雫はその絹綾の御守を濡らしていった。
「ゆくぞ、根音、根子……武に生きる者の涙は……われらが受け止められるほど、軽きものにはあらず……」
そう、清は根音と根子に伝えると振り返ることなく、蒼真と秋架の最期の会話に水を刺ささぬよう座敷をあとにした。
──第六章 終幕──
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