花仕舞師

RISING SUN

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第七章──孝(いつくしみ)の若き子、親を忘れし心

94話

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「それは……あまりにも時が経ちすぎ申したゆえ……」
 なんとか言葉を振り絞る清。二人のやり取りに張り詰めた空気が流れる。
「そんなことはなかろう。これまでの時、某はお館さまの下にて、耐え忍び申した。……耐え忍び? いや……一人前とならんがため、身を粉にして励んできたゆえ……」
 まるで、何かを取り繕うように言葉を吐き続ける。
「あのお雪婆に、見ていただくために……」
 しかし、言葉が見つからないのか詰まり始める。
「御前さま……落ち着かれませ……それに清殿も……」
 朱鷺は清を睨む。
「それは……」
 清さえ不穏な空気を後悔しそうになった。
「清殿……うちの者も、とうに気づいております。それでも、縋るものは信ずる心にございます。それを失えば、これまでの苦心が無に帰す恐れがあるゆえ……ですから……」
 清は言葉が口から出ず呑みこんだ。
「望みを奪う言の葉は……どうかお控えくだされ……」
 唇を震わせる朱鷺。
「お朱鷺……もうよい……わかっておるのだ……。某が己に言い訳をし、見ぬふりをしておったことを……。一人前となることこそ孝行と信じ、時の限りに蓋をしてきたことを……」 
「幸吉殿……お朱鷺殿……平にお許しくだされ。余計なことを申したゆえ……」
 清は頭を垂れた。そして頭に反花の言葉が頭にちらつく。

 ──本当にわれは滑稽だ……滑稽、滑稽──

 顔を手で覆う。それは後悔している顔を見られることではなく、こんな状況下でも笑みが零れそうになったからだ。すべてが反花の、いやその陰にいる静の思惑に踊らされている自分の不甲斐なさに笑いしか出てこなかったからだ。
「すまぬ、清殿……清殿はただ正しきことを申されたまでじゃ……。……少しばかり急ぐといたそう」
 それ以降、幸吉の言葉数は減った。京ノ国、繁華地から耶三淵やみぶちまで二十五里と半。一番堪えたのは朱鷺だった。時折、顔色を悪くし身体を休ませる時間を費やした。特に休む間は根音と根子が朱鷺に寄り添っていた。朱鷺の浮腫んだ脚や凝り固まった肩を揉みほぐし、川のせせらぎから手拭いを湿らせてきて脚を拭いたりした。
「お朱鷺さま……どうかお身をお労りくだされませ」
 根子が朱鷺に声をかけると朱鷺は申し訳なさそうに「すまぬな、根子殿」と辛いながらも笑顔をみせた。幸吉は長旅にも関わらず、根音や根子が朱鷺を心配する姿に清に声をかけた。
「申し訳のうござりまする、清殿。清殿も、お子らもさぞお疲れであろうに……」
「かまいませぬ……朱鷺さまは長旅に慣れてはおられませぬゆえ」
「されど、清殿とて長旅は……」
「いえ、田舎にて育ちし身ゆえ、身に沁みついておるのでございましょう」
 清は幸吉の問いかけを誤魔化した。
 そして、とうとう七日をかけ、幸吉の微かな記憶を宿した風景に辿り着いた。小さな峠を越えたその先に、懐かしき匂いが風に乗って届いた。陽はまだ頭上にあり、柔らかな光が里の端々にこぼれ落ちていた。道端に咲くのは、名も知らぬ草花。あぜ道に咲く草花も肩を寄せるように揺れている。足元には小さな石が転がり、かつて転んで膝をすりむいた坂の傾斜が、今も記憶のままに続いていた。遠くからは水車の回る音が、かすかな木霊のように聞こえる。
 一歩、また一歩と足を進めれば、見慣れたはずの坂道に草が伸び、石垣はところどころ崩れ、苔むしている。それでも、変わらぬ空の青さが胸を刺した。
 民家の藁葺きの屋根が照らされて光り、どこかで煮炊きの香りが漂ってくる。煤けた軒下には竹箒が立てかけられ、かつて誰かが手を振ってくれた場所も、今はひっそりとしていた。
「……帰って参ったのだな……故郷とは、まこと不思議なるものよ……いかに永き時を隔てようとも、心に刻まれし色は褪せぬものよ……」
 思わず幸吉の洩れた呟きが、宙に溶けた。風が、どこか懐かしい調べを運びながら、胸の奥を撫でていった。
 しかし──幸吉の花紋様は、はっきりと枯れ葉の如く、濁り色の痣が浮き出ていた。
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