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第七章──孝(いつくしみ)の若き子、親を忘れし心
95話
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「この先にてござる……お雪婆の住まいは、少しばかり離れにござる。懐かしかろう……清殿?」
「左様にござりまする……」
幸吉の足取りは早くなる。懐かしく思う清。しかし、幸吉の懐かしさと清の懐かしさは違う。謂わば幸吉の懐かしさは始まり、清は終わりを表していた。幸吉はここで育ち今がある。清はここでお雪の旅立ちを見送った。あまりにも違いすぎた。
藁葺き屋根が見えた。幸吉の記憶の中ではもっと濃い藁葺きだったが、清の中では変わらない彩りだった。
「懐かしきものよなぁ……されど、なんぞ気配が致さぬ。留守にてござろうか……?」
幸吉は引戸を開けた。建て付けが悪く流れるようには開かない。
「お雪婆、おられまするか? お雪婆……」
静まり返った屋内。
「……おられぬようじゃ……」
幸吉は目を潤ませている。
「御前さま……この有り様、留守というより、誰ぞ住まう気配さえ致しませぬが……」
確かに質素な佇まい、整っていたが、整っているだけで埃をかぶっている。土間を踏みしめると埃が舞う。囲炉裏の灰も湿気て固まり、炎が幾日も灯っていた気配がない。柱には煤が積もり、天井の梁には、蜘蛛がまるで旧き主の代わりに住み着いているかのように、その網を張っている。その藁葺き家は既に主を忘れ眠っていた。
「そんなはずはなかろうて……お雪婆がおらぬなど……」
頭の中で思いたくなかったことが現実に起きていることに幸吉は混乱している。
「清殿……」
幸吉は物静かに語る。
「はい……」
清はその静かな物言いに冷たさを感じる。
「そなた……本当は知っておったのではあるまいか? お雪婆がおらぬことを……」
「なにゆえ、そのように思し召される?」
「今もそうよ……恩人に会いに来たのだぞ。それだというに、何ひとつ感情を表に出さぬ。それに……それに……先日の問いかけじゃ! 「もし……お雪さ……お雪婆が、すでに亡くなられておったら……いかがなさるおつもりにて……?」と申したであろう! 会いたき者ならば、そんなこと考えはせぬ! いかがなのじゃ!!」
幸吉はやり場のない憤りを清にぶつけた。
──反花の言葉が今の有り様になった……滑稽、滑稽……──
反花に言い渡された「滑稽」がぐるぐる回る。
「……それは……」
「答えよ! なにゆえ否み申さぬのか!」
怒りが静けさの藁葺きに響き渡る。
「御前さま……お心中、痛きほど察し申す……されど、どうかお鎮まりくだされ……」
朱鷺が怒り狂う幸吉を落ち着かせようとする。清はほんのわずかに視線を伏せ、唇を震わせた。
──われは花仕舞師……──
自身の役目を心で呟いた。そして心に芯を刺し、真っ直ぐに幸吉の目を見据えた。
「幸吉殿……お答え仕る……手前は知っておりました。なぜならば、手前がお雪殿を……仕舞ったゆえにございます……」
「……仕舞った? 仕舞ったとはなんぞ!? まさか……殺めたと申すのか! 清殿がお雪婆を殺めたのか!!」
「左様にござりまする……」
幸吉の足取りは早くなる。懐かしく思う清。しかし、幸吉の懐かしさと清の懐かしさは違う。謂わば幸吉の懐かしさは始まり、清は終わりを表していた。幸吉はここで育ち今がある。清はここでお雪の旅立ちを見送った。あまりにも違いすぎた。
藁葺き屋根が見えた。幸吉の記憶の中ではもっと濃い藁葺きだったが、清の中では変わらない彩りだった。
「懐かしきものよなぁ……されど、なんぞ気配が致さぬ。留守にてござろうか……?」
幸吉は引戸を開けた。建て付けが悪く流れるようには開かない。
「お雪婆、おられまするか? お雪婆……」
静まり返った屋内。
「……おられぬようじゃ……」
幸吉は目を潤ませている。
「御前さま……この有り様、留守というより、誰ぞ住まう気配さえ致しませぬが……」
確かに質素な佇まい、整っていたが、整っているだけで埃をかぶっている。土間を踏みしめると埃が舞う。囲炉裏の灰も湿気て固まり、炎が幾日も灯っていた気配がない。柱には煤が積もり、天井の梁には、蜘蛛がまるで旧き主の代わりに住み着いているかのように、その網を張っている。その藁葺き家は既に主を忘れ眠っていた。
「そんなはずはなかろうて……お雪婆がおらぬなど……」
頭の中で思いたくなかったことが現実に起きていることに幸吉は混乱している。
「清殿……」
幸吉は物静かに語る。
「はい……」
清はその静かな物言いに冷たさを感じる。
「そなた……本当は知っておったのではあるまいか? お雪婆がおらぬことを……」
「なにゆえ、そのように思し召される?」
「今もそうよ……恩人に会いに来たのだぞ。それだというに、何ひとつ感情を表に出さぬ。それに……それに……先日の問いかけじゃ! 「もし……お雪さ……お雪婆が、すでに亡くなられておったら……いかがなさるおつもりにて……?」と申したであろう! 会いたき者ならば、そんなこと考えはせぬ! いかがなのじゃ!!」
幸吉はやり場のない憤りを清にぶつけた。
──反花の言葉が今の有り様になった……滑稽、滑稽……──
反花に言い渡された「滑稽」がぐるぐる回る。
「……それは……」
「答えよ! なにゆえ否み申さぬのか!」
怒りが静けさの藁葺きに響き渡る。
「御前さま……お心中、痛きほど察し申す……されど、どうかお鎮まりくだされ……」
朱鷺が怒り狂う幸吉を落ち着かせようとする。清はほんのわずかに視線を伏せ、唇を震わせた。
──われは花仕舞師……──
自身の役目を心で呟いた。そして心に芯を刺し、真っ直ぐに幸吉の目を見据えた。
「幸吉殿……お答え仕る……手前は知っておりました。なぜならば、手前がお雪殿を……仕舞ったゆえにございます……」
「……仕舞った? 仕舞ったとはなんぞ!? まさか……殺めたと申すのか! 清殿がお雪婆を殺めたのか!!」
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