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第七章──孝(いつくしみ)の若き子、親を忘れし心
97話
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幸吉のやり場のない怒りがほどけてゆく。清はそっと仕舞ってあった文を手に取り、幸吉に渡した。
「最期まで大切にされておりましたぞ……」
幸吉は文を広げ、ぼろぼろになり、色茶げた和紙の文。何度もよみかえしたのが手に取れば尚わかる。
「これは……某が幼き折に筆を認めし文……この文に、お雪婆は……願いを託しておられたのじゃな……お雪婆……」
幸吉は文を抱きしめ、かまわず大粒の涙を流した。
「お朱鷺さま……われら、しばしこの場を外させていただきまする。われらは花仕舞師、生業外の情けはかけられませぬ。今しばしは、幸吉殿のお傍に寄り添われませ……」
清たちは藁葺きの佇まいをそっと静かに出ていく。
「御前さま……」
口数少なく寄り添う朱鷺。
「朱鷺……」
幸吉はもたれ掛かる。
「某は……何をしておったのかの……わからなくなった……」
「何を申されまする。私にはわからなんだが、清殿のおかげで……お雪殿に会えたのでござろう?」」
「会えたかどうか……それはわからぬ。されど……感じたのじゃ……お雪婆は……笑うておった。某を見て……笑うておったのじゃ」
花文に映ったお雪の笑顔が思い出される。
「御前さまがこれまで成してこられたこと、間違いなどあろうはずがございませぬ」
「正しきこと……か……そうか……ならば……ここに、何か残したいのぉ……お雪婆の想いを形に……」
「形にあられますか?」
幸吉はしばらく腕を組み、考えを巡らせた。
──お雪婆が某らの行く末を案じ……そして 来たらん世へと紡がれんがため……──
「来たらん世へと紡がれんがため……然り、その願ひは育みの処を巡らせしむること……」
「育みの処を巡らせしむる?」
朱鷺は目を輝かせる幸吉を真っ直ぐ見た。
「そうじゃ……某、この地に新たな書院を建てとうなった」
「書院……にございまするか?」
「お雪婆の志を継ぎてな……子らが後の世に繋ぐための処……温もりのある処じゃ。学舎を……某はここに育まれ、今を紡いだ……ここは……そのための地じゃ」
「御前さま……それは真に見事なるお考えにございます」
「名は……『仁巡孝院』、あるいは……『恩雪庵』と致そうと思うが、いかがじゃ?」
「真に……お見事にございます」
朱鷺は幸吉の新たに宿る確かな焔に目を細めた。
「御前さまの胸に芽生えしその志、嬉しきことにございます……それと……」
朱鷺はもうひとつの新たな芽生えを伝えるために、幸吉の手を取り、己のお腹に手をあてさせる。
「うむ? 何じゃ……?」
「ここのところ……気分が優れず、ふさぎ込んでおりました。そこへ根子殿が耳打ちくだされたのです……『ここに新しき命が宿っておる』と……確信はござりませぬが、根子殿も根音殿も、ずっと私の身を気遣ってくださって……不思議な子らでございます……清殿も……」
「ほ、ほんまか……」
清は引戸越しに二人の会話を聞いていた。天を仰ぐ。
「根音、根子……刻は無常なり……」
根音と根子は黙って頷く。それは二人もここから真の一大事を理解している。
──これよりこそ、花仕舞師の真の役目なれば……刻はすでに迫り来たれり。痣は既に満ち、花紋様も色づき始めぬ……幸吉殿を仕舞う刻、まさに近し──
「最期まで大切にされておりましたぞ……」
幸吉は文を広げ、ぼろぼろになり、色茶げた和紙の文。何度もよみかえしたのが手に取れば尚わかる。
「これは……某が幼き折に筆を認めし文……この文に、お雪婆は……願いを託しておられたのじゃな……お雪婆……」
幸吉は文を抱きしめ、かまわず大粒の涙を流した。
「お朱鷺さま……われら、しばしこの場を外させていただきまする。われらは花仕舞師、生業外の情けはかけられませぬ。今しばしは、幸吉殿のお傍に寄り添われませ……」
清たちは藁葺きの佇まいをそっと静かに出ていく。
「御前さま……」
口数少なく寄り添う朱鷺。
「朱鷺……」
幸吉はもたれ掛かる。
「某は……何をしておったのかの……わからなくなった……」
「何を申されまする。私にはわからなんだが、清殿のおかげで……お雪殿に会えたのでござろう?」」
「会えたかどうか……それはわからぬ。されど……感じたのじゃ……お雪婆は……笑うておった。某を見て……笑うておったのじゃ」
花文に映ったお雪の笑顔が思い出される。
「御前さまがこれまで成してこられたこと、間違いなどあろうはずがございませぬ」
「正しきこと……か……そうか……ならば……ここに、何か残したいのぉ……お雪婆の想いを形に……」
「形にあられますか?」
幸吉はしばらく腕を組み、考えを巡らせた。
──お雪婆が某らの行く末を案じ……そして 来たらん世へと紡がれんがため……──
「来たらん世へと紡がれんがため……然り、その願ひは育みの処を巡らせしむること……」
「育みの処を巡らせしむる?」
朱鷺は目を輝かせる幸吉を真っ直ぐ見た。
「そうじゃ……某、この地に新たな書院を建てとうなった」
「書院……にございまするか?」
「お雪婆の志を継ぎてな……子らが後の世に繋ぐための処……温もりのある処じゃ。学舎を……某はここに育まれ、今を紡いだ……ここは……そのための地じゃ」
「御前さま……それは真に見事なるお考えにございます」
「名は……『仁巡孝院』、あるいは……『恩雪庵』と致そうと思うが、いかがじゃ?」
「真に……お見事にございます」
朱鷺は幸吉の新たに宿る確かな焔に目を細めた。
「御前さまの胸に芽生えしその志、嬉しきことにございます……それと……」
朱鷺はもうひとつの新たな芽生えを伝えるために、幸吉の手を取り、己のお腹に手をあてさせる。
「うむ? 何じゃ……?」
「ここのところ……気分が優れず、ふさぎ込んでおりました。そこへ根子殿が耳打ちくだされたのです……『ここに新しき命が宿っておる』と……確信はござりませぬが、根子殿も根音殿も、ずっと私の身を気遣ってくださって……不思議な子らでございます……清殿も……」
「ほ、ほんまか……」
清は引戸越しに二人の会話を聞いていた。天を仰ぐ。
「根音、根子……刻は無常なり……」
根音と根子は黙って頷く。それは二人もここから真の一大事を理解している。
──これよりこそ、花仕舞師の真の役目なれば……刻はすでに迫り来たれり。痣は既に満ち、花紋様も色づき始めぬ……幸吉殿を仕舞う刻、まさに近し──
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