花仕舞師

RISING SUN

文字の大きさ
97 / 159
第七章──孝(いつくしみ)の若き子、親を忘れし心

97話

しおりを挟む
 幸吉のやり場のない怒りがほどけてゆく。清はそっと仕舞ってあった文を手に取り、幸吉に渡した。
「最期まで大切にされておりましたぞ……」
 幸吉は文を広げ、ぼろぼろになり、色茶げた和紙の文。何度もよみかえしたのが手に取れば尚わかる。
「これは……某が幼き折に筆をしたためし文……この文に、お雪婆は……願いを託しておられたのじゃな……お雪婆……」
 幸吉は文を抱きしめ、かまわず大粒の涙を流した。
「お朱鷺さま……われら、しばしこの場を外させていただきまする。われらは花仕舞師、生業外の情けはかけられませぬ。今しばしは、幸吉殿のお傍に寄り添われませ……」
 清たちは藁葺きの佇まいをそっと静かに出ていく。
「御前さま……」
 口数少なく寄り添う朱鷺。
「朱鷺……」
 幸吉はもたれ掛かる。
「某は……何をしておったのかの……わからなくなった……」
「何を申されまする。私にはわからなんだが、清殿のおかげで……お雪殿に会えたのでござろう?」」
「会えたかどうか……それはわからぬ。されど……感じたのじゃ……お雪婆は……笑うておった。某を見て……笑うておったのじゃ」
 花文に映ったお雪の笑顔が思い出される。
「御前さまがこれまで成してこられたこと、間違いなどあろうはずがございませぬ」
「正しきこと……か……そうか……ならば……ここに、何か残したいのぉ……お雪婆の想いを形に……」
「形にあられますか?」
 幸吉はしばらく腕を組み、考えを巡らせた。

 ──お雪婆が某らの行く末を案じ……そして 来たらん世へと紡がれんがため……──

「来たらん世へと紡がれんがため……然り、その願ひは育みの処を巡らせしむること……」
「育みの処を巡らせしむる?」
 朱鷺は目を輝かせる幸吉を真っ直ぐ見た。
「そうじゃ……某、この地に新たな書院を建てとうなった」
「書院……にございまするか?」
「お雪婆の志を継ぎてな……子らが後の世に繋ぐための処……温もりのある処じゃ。学舎を……某はここに育まれ、今を紡いだ……ここは……そのための地じゃ」
「御前さま……それは真に見事なるお考えにございます」
「名は……『仁巡孝院めぐみめぐりいつくしみのかこい』、あるいは……『恩雪庵おゆきあん』と致そうと思うが、いかがじゃ?」
「真に……お見事にございます」
 朱鷺は幸吉の新たに宿る確かな焔に目を細めた。
「御前さまの胸に芽生えしその志、嬉しきことにございます……それと……」
 朱鷺はもうひとつの新たな芽生えを伝えるために、幸吉の手を取り、己のお腹に手をあてさせる。
「うむ? 何じゃ……?」
「ここのところ……気分が優れず、ふさぎ込んでおりました。そこへ根子殿が耳打ちくだされたのです……『ここに新しき命が宿っておる』と……確信はござりませぬが、根子殿も根音殿も、ずっと私の身を気遣ってくださって……不思議な子らでございます……清殿も……」
「ほ、ほんまか……」

 清は引戸越しに二人の会話を聞いていた。天を仰ぐ。
「根音、根子……刻は無常なり……」
 根音と根子は黙って頷く。それは二人もここから真の一大事を理解している。

 ──これよりこそ、花仕舞師の真の役目なれば……ときはすでに迫り来たれり。痣は既に満ち、花紋様も色づき始めぬ……幸吉殿を仕舞う刻、まさに近し──
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...