花仕舞師

RISING SUN

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第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証

107話

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 ──清が幸吉を仕舞う数時間前──

 村長の宗稔むねとしの元から帰路につく途中、幸吉の様子がおかしくなった。ふらつきはじめた。兵之助ひょうのすけに宛てた手紙を受け取った時だった。
「何を申される! しっかりなされませ……!」
 そう朱鷺が幸吉に告げた時だった。

 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……

 不穏な下駄の音が響いてきた。
「花紋様……それは死を司る痣にて候。常の者には視えず、花仕舞師のみぞ視ること能ふ痣。その痣、今や朽ち色を帯びしゆえ……その御身、まもなく死に至られん……」
 道中下駄を外八文字の歩みに鳴らす煌びやかな|絢爛紫耀ノ華衣
《けんらんしようのはなごろ》を纏った花魁の背後から、漆黒の至極夜月光しごくやげっこうの衣の着物を纏った女が声をかけてきた。それは花魁より質素な着物であるが、それでも振る舞いが花魁を凌駕する。
「何者にてござる?」
 朱鷺は声を荒げる。息を詰まらせるような呼吸を聴きながら幸吉を抱え女に問うた。
「妾は宿静と申す。そして、ここに控ふるは妾が筆頭従者、花化従なり」
宿やどりや……清殿と同じ御姓……もしや清殿と何かしらのご縁が?」
 朱鷺の何かに縋るような声が焦りを伝える。
「あれは宿家正統の花仕舞師、妾が妹なり。されど未だ未熟のでき損ないゆえ、我が参じた次第」
「何を仰せらるるや存ぜぬが……わが夫、このままでは……」
 助けを乞う朱鷺。しかし静は首を振り、冷静に告げた。
「無駄なこと……それは医術にて癒えるものにあらず。花仕舞師とは、その者が持つ徳を成就させ、安らぎへと導く者なり」
「そんなはずは……先刻まで元気に語りておった夫が……それは何ぞや、誑かしにてはござらぬか? まやかしや、物の怪の仕業か……?」
 刻々と顔色を悪くする幸吉をなんとかしようと藁にも縋る想いが静の言葉を否定する。
「刻はない……いかが致す? このまま死を受け入るるか、それともあの未熟者に舞を舞わせ、『半死』と成さしむるか。望みとあらば、そなたの意のままにいたそう」
「半死……と申されるは……?」
 静の言葉はひとつひとつが重い。それは朱鷺が操られている気分にさせられる。死を受け入れるか否か? 望みと言いながらもそれは道を絞られていく。
「半死とはすなわち、永劫の獄ぞ。生ける屍のごとく、死を知らず、ただ在り続ける身。死を必然と受け入れ、それを幾度も繰り返す……まさに死に操られし人形なり。そなた、愛しき者をかかる有り様にせんと欲すか?」
「それは……されど、生きていてくれるならば……もし半死にて命が繋がるなら……」
 静は膝を折り、塞ぐ朱鷺の肩に手を置いた。
「それは、そなたが欲するが故か? それとも、この者が真に望むことか……」
「されど……夫は、われが腹の稚児の顔を見たいと願い……また学舎を建てる夢もお持ちで……」
 必死に言葉を繋げる朱鷺。
「左様か……ならば、その稚児を見届け、学舎を建てしのち……さて、そのあとはいかがする? 死ねぬこの者は、そなたを見送り、親しき者を見送り、やがてその稚児すら見送らねばならぬ。人の世に永遠はなし。されど、死ねぬとなれば人に恐れられ、物の怪と疎まれ、ひとり朽ちて生きねばならぬ……永遠に、な……」
 静の目は人としての大切な何かを宿していた。
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