109 / 159
第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
109話
しおりを挟む
京の繁華の地に戻ると朱鷺は兵之助に旅路の詳細を話した。話を聞き肩を落とす兵之助。
「何故、若き幸吉が旅立たねばならぬ……この親不孝者が……」
言葉とは裏腹に拳を握り締め座した腿を拳で打ち付けた。跡目を継がせようとした矢先の出来事。兵之助の辛さを朱鷺は痛いほど感じていた。しかし、朱鷺はそれでも前に進む。幸吉の詞を心で感じているからだ。
「父上……幸吉殿の願ひ、何卒お聞き届け下さりませ。かの耶三淵の地に、子らの学舎を建立なさりませ……」
一心に朱鷺は頭を下げた。兵之助は腕を組み考え込んだ。
「それと……これを……」
朱鷺は幸吉が認めた文を畳に置き、すっと兵之助に差し出した。兵之助はゆっくりと拾い上げ封を開く。まともな筆や炭はなく、なんとか書したことがわかった。
──お館さま
この文、お館さまの御目に触れん頃には、某は最早、はかなくも現世を去り、風塵と相成っておるやもしれませぬ。突然の別離、深き悲しみを御心に抱かせかせしこと、どうか、御許し下さいますよう伏してお願い申し上げ奉ります。
お館さまには、これまで親不孝の数々を重ね、まことに御心お労れ致し奉りました。若き日の未熟さゆえ、家道の外れ、己が夢ばかりを追いし愚かなる一子を、されどお館さまは、ただ静かに、然れど温かき御目にて見守り、御導き下さりし。その御恩、たとえ魂魄と相成るとも、忘れることはございませぬ。某が『孝』の心、お館さまに捧げしものに他ならず候。
まことに、某は、比類なき良き妻を得申しましたる。朱鷺は、某が心の奥底までをも理解し、いかなる時も傍らに寄り添い、支え続けし、何物にも代え難き光にございます。然して今、その胎には、お館さまにとって、まばゆき初孫の命が宿りておりまする。願わくば、この小さき命の息吹を、心待ちにして下されば、幸甚に存じ上げ奉ります。
お館さま、某が最後の、そして切なる願いにございまする。かの耶三淵の地に、幼き子らのため、学舎を建立したく存じ上げます。かの地は、某がお雪婆より、人生の灯火となる教えを賜り、多くの智慧を育みし、忘れ得ぬ故郷にございまする。某には、最早その夢をこの手にて叶えるは叶いませぬ。されど、願わくば、後に続く子らが、某が如く迷い、彷徨うこと無く、己が道を、光明を信じて歩めんよう、学びの場を与えてやりたき所存。お館さまの大いなる御力を、何卒、この夢に注ぎ下さいますよう、心よりお願い申し上げ奉ります。
然して、お館さま。某は、この世に一片の悔いも残さず、安らかなる心にて旅立つことが叶い申しました。それも偏に、お雪婆の深き「仁」の御心に触れ、愛しき朱鷺と、然してお館さまとの、かけがえなき絆を感じることが叶うたゆえに。まことに短い生涯ではございましたれど、某が心は、この上なく満たされておりまする。どうか、某が命を預けし妻と子を、然して、未来への希望たる学舎が夢を、お館さまのその広き御手にて、慈しみ、守り育て下さいますよう。それが、某にとって、何よりの供養、何よりの喜びと相成りまする。
尚、学舎の名は、『仁巡孝院 、恩雪庵』と致し、創始者は『お雪』と定めにございます。
お館さま、どうか、永く御健やかにて。 幸吉──
兵之助は文を丁寧に納め、静かに目を閉じた。
「朱鷺よ……相分かった……」
「何故、若き幸吉が旅立たねばならぬ……この親不孝者が……」
言葉とは裏腹に拳を握り締め座した腿を拳で打ち付けた。跡目を継がせようとした矢先の出来事。兵之助の辛さを朱鷺は痛いほど感じていた。しかし、朱鷺はそれでも前に進む。幸吉の詞を心で感じているからだ。
「父上……幸吉殿の願ひ、何卒お聞き届け下さりませ。かの耶三淵の地に、子らの学舎を建立なさりませ……」
一心に朱鷺は頭を下げた。兵之助は腕を組み考え込んだ。
「それと……これを……」
朱鷺は幸吉が認めた文を畳に置き、すっと兵之助に差し出した。兵之助はゆっくりと拾い上げ封を開く。まともな筆や炭はなく、なんとか書したことがわかった。
──お館さま
この文、お館さまの御目に触れん頃には、某は最早、はかなくも現世を去り、風塵と相成っておるやもしれませぬ。突然の別離、深き悲しみを御心に抱かせかせしこと、どうか、御許し下さいますよう伏してお願い申し上げ奉ります。
お館さまには、これまで親不孝の数々を重ね、まことに御心お労れ致し奉りました。若き日の未熟さゆえ、家道の外れ、己が夢ばかりを追いし愚かなる一子を、されどお館さまは、ただ静かに、然れど温かき御目にて見守り、御導き下さりし。その御恩、たとえ魂魄と相成るとも、忘れることはございませぬ。某が『孝』の心、お館さまに捧げしものに他ならず候。
まことに、某は、比類なき良き妻を得申しましたる。朱鷺は、某が心の奥底までをも理解し、いかなる時も傍らに寄り添い、支え続けし、何物にも代え難き光にございます。然して今、その胎には、お館さまにとって、まばゆき初孫の命が宿りておりまする。願わくば、この小さき命の息吹を、心待ちにして下されば、幸甚に存じ上げ奉ります。
お館さま、某が最後の、そして切なる願いにございまする。かの耶三淵の地に、幼き子らのため、学舎を建立したく存じ上げます。かの地は、某がお雪婆より、人生の灯火となる教えを賜り、多くの智慧を育みし、忘れ得ぬ故郷にございまする。某には、最早その夢をこの手にて叶えるは叶いませぬ。されど、願わくば、後に続く子らが、某が如く迷い、彷徨うこと無く、己が道を、光明を信じて歩めんよう、学びの場を与えてやりたき所存。お館さまの大いなる御力を、何卒、この夢に注ぎ下さいますよう、心よりお願い申し上げ奉ります。
然して、お館さま。某は、この世に一片の悔いも残さず、安らかなる心にて旅立つことが叶い申しました。それも偏に、お雪婆の深き「仁」の御心に触れ、愛しき朱鷺と、然してお館さまとの、かけがえなき絆を感じることが叶うたゆえに。まことに短い生涯ではございましたれど、某が心は、この上なく満たされておりまする。どうか、某が命を預けし妻と子を、然して、未来への希望たる学舎が夢を、お館さまのその広き御手にて、慈しみ、守り育て下さいますよう。それが、某にとって、何よりの供養、何よりの喜びと相成りまする。
尚、学舎の名は、『仁巡孝院 、恩雪庵』と致し、創始者は『お雪』と定めにございます。
お館さま、どうか、永く御健やかにて。 幸吉──
兵之助は文を丁寧に納め、静かに目を閉じた。
「朱鷺よ……相分かった……」
0
あなたにおすすめの小説
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる