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第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
117話
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「兵之助殿、先ほどは『脆き契』『軽き契』など……お二人への無礼、いかに首を垂れ詫びようとも赦されぬ所業にて候。ただ、知っていただきたかったのです。兵之助殿と伝八殿の契は、やり直せましょうぞ。お互いの信念、まこと頭の下がる思いにて候。しかしながら、その『執』は『悌』にていとも容易く打ち消せるもの……幸吉殿の本懐、成し遂げるは兵之助殿の覚悟ひとつ。某は信じておりまする。兵之助殿ならば必ずや、乗り越えられると……」
畳に額をこすりつけたまま静かに口にする。
「この畳にさえ、伝八殿の想いが宿っておりまする。そのようなお二人ならば、契りは久遠とならねばならぬと、手前は思うておりまする」
清の詞を重く受け止める他、何も想うことはできずにいた兵之助だった。
「それと……零闇殿が亡くなられた折、礼尊寺は跡形もなく崩れ去りました」
「な、なんと……零闇殿が亡くなられた……? 礼尊寺が……崩れ去った……?」
「はい……零闇殿と共に。まるで役目を果たし終えたかの如く……」
沈黙が流れ込み、冷たい風が吹き込んできたような気がした。いつもであれば障子越しに聞こえる風や小鳥の囀ずる音でさえざわつきを覚える。清が唇を動かす。その唇は艶やかであり、そして温かくも冷たくも感じる。
「人は申すでしょうな、伝八殿が建立した礼尊寺は脆きものだったと。されど手前の見立ては異なりまする。零闇殿と共に生き、共に果てる……。まるで零闇殿の魂が本堂に宿っておったかのように……。某は零闇殿が逝かれる瞬間、そして本堂が崩れゆくその刻、確かにこの目で見届けました。それはまこと命の息吹のようにございました」
「清殿……そなた、まこと掴みどころのないお方よな……否、人にあらざる気配……そなた、まことに人か?」
兵之助は恐る恐る問いただした。
「はい……人にてございます。されど同時に、死を仕舞う花仕舞師にございまする」
「死を……仕舞う、花仕舞師……と申すか……?」
「左様にございます。手前らは人の死を徳として舞い、徳を成就させ、これを仕舞う務めを生きとしております。そしてゆえに、急がねばならぬことがございます」
「……急がねばならぬこと……とな?」
「はい……伝八殿の死期、まこと間近かと……。刻の残酷さ、いやというほど見せつけられる思いにて候。されば、共に行かれませぬか。伝八殿の元へ……幸吉殿の学舎への想い、そして兵之助殿の想いを伝えに。これは兵之助殿にのみ、開かれる扉にてございます。幸吉殿や故郷の母、お雪さま、その魂の器を建立できるは伝八殿ほかあらず……」
畳に額をこすりつけたまま静かに口にする。
「この畳にさえ、伝八殿の想いが宿っておりまする。そのようなお二人ならば、契りは久遠とならねばならぬと、手前は思うておりまする」
清の詞を重く受け止める他、何も想うことはできずにいた兵之助だった。
「それと……零闇殿が亡くなられた折、礼尊寺は跡形もなく崩れ去りました」
「な、なんと……零闇殿が亡くなられた……? 礼尊寺が……崩れ去った……?」
「はい……零闇殿と共に。まるで役目を果たし終えたかの如く……」
沈黙が流れ込み、冷たい風が吹き込んできたような気がした。いつもであれば障子越しに聞こえる風や小鳥の囀ずる音でさえざわつきを覚える。清が唇を動かす。その唇は艶やかであり、そして温かくも冷たくも感じる。
「人は申すでしょうな、伝八殿が建立した礼尊寺は脆きものだったと。されど手前の見立ては異なりまする。零闇殿と共に生き、共に果てる……。まるで零闇殿の魂が本堂に宿っておったかのように……。某は零闇殿が逝かれる瞬間、そして本堂が崩れゆくその刻、確かにこの目で見届けました。それはまこと命の息吹のようにございました」
「清殿……そなた、まこと掴みどころのないお方よな……否、人にあらざる気配……そなた、まことに人か?」
兵之助は恐る恐る問いただした。
「はい……人にてございます。されど同時に、死を仕舞う花仕舞師にございまする」
「死を……仕舞う、花仕舞師……と申すか……?」
「左様にございます。手前らは人の死を徳として舞い、徳を成就させ、これを仕舞う務めを生きとしております。そしてゆえに、急がねばならぬことがございます」
「……急がねばならぬこと……とな?」
「はい……伝八殿の死期、まこと間近かと……。刻の残酷さ、いやというほど見せつけられる思いにて候。されば、共に行かれませぬか。伝八殿の元へ……幸吉殿の学舎への想い、そして兵之助殿の想いを伝えに。これは兵之助殿にのみ、開かれる扉にてございます。幸吉殿や故郷の母、お雪さま、その魂の器を建立できるは伝八殿ほかあらず……」
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