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第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
125話
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──仕上げと祓い。
「あと少し……」
広間には筆掛けと棚、住まいには竈と寝間。必要にして、過不足のないつくり。そのすべてに、人が生きる形が息づいている。
仕上げが終わった日、伝八は梁に墨でこう記した。
「言の葉の学舎 心に種をまかん」
そして、学舎は息をはじめる。屋根の下、風がそっと通り抜け、
まだ誰もいない室に、光が斜めに差し込む。外には兵之助をはじめ、宗稔、宗光、そして朱鷺と仕上げ姿をみようと集まっている。
ゴホッ……ゴホッ……ガハッ……
いままでにない咳き込み。口元に手を置く伝八。手のひらを見ると血が混じる。息が難しい。
「ここまでかのぉ……されど、終わる……すべての想ひを注ぎし学舎が、今ここに……」
ふらつきながら外に出ようとする。
スゥー──ガタガタ……
「やっ、こ、これは……未だ締まりきらず……最後の最後に……」
ゴホッ……ガハッ……ガハッ……
「ま、まだ……仕上げが……」
なんとか引戸を外し、鉋を引戸の上框にかけようとする……が力が入らない。
「なんとか……仕上げを……」
「大丈夫か、伝八よ……」
後ろから兵之助が支える。
「兄者……そろそろのようだ……されど、未だこの引戸が……綺麗に閉まりきらぬ……まるで演舞の終わり、決めが締まらねば、すべてを台無しにするがごとし……兄者、済まぬ……この引戸を支えてはくれまいか……目が霞み、押さえきれぬ……ゴホッ……ガハッ……」
「伝八……まだ其方の心は仕上げを求めるのだな……ならば、儂が其方の目となろう……」
身体は限界を超えているのだろう。鉋を当てるのが精一杯。息がさらに切れそうなほどに途切れかけている。
ザッ……ザッ……ザッ……
足音が二人の元に忍び寄る。
「伝八殿、刻が参りました。花紋様の色……枯れ始めております。いざ、花仕舞師、宿清。伝八殿の最期、花霊々の舞にて仕舞い候──」
清が陽に射されながら、根音と根子を従え歩いてくる。
「待たれよ、清殿……何を為そうとしておるかは知らぬ……されど、あと僅かで終わるのだ……せめて……お情けを……平にお情けを……」
兵之助が懇願する。最後までやり遂げさせたい気持ちが口に出る。
「なりませぬ。手前に伝八殿の生を操ること能わず。ただ花紋様の色を感じ、尽きるを悟り、仕舞うのみ。花仕舞師としての本分を果たし、伝八殿の徳を以て魂を天に導くまで……」
「兄者よい……まだ動ける……清殿が本分を果たさんとするならば、儂はこの鉋に命を懸けるまで……この引戸、しっかり支えておいてくれ……」
伝八は目を閉じる。心を研ぎ澄まし耳にすべてをかける。
「いざ、花霊々の舞──根音、根子、舞の準備を此に……」
「「御意──」」
根音と根子がすっと霧のように姿が消えていく。
清が宣言する。清の花仕舞師としての心得と伝八の匠の想いが今、ぶつかる。
「あと少し……」
広間には筆掛けと棚、住まいには竈と寝間。必要にして、過不足のないつくり。そのすべてに、人が生きる形が息づいている。
仕上げが終わった日、伝八は梁に墨でこう記した。
「言の葉の学舎 心に種をまかん」
そして、学舎は息をはじめる。屋根の下、風がそっと通り抜け、
まだ誰もいない室に、光が斜めに差し込む。外には兵之助をはじめ、宗稔、宗光、そして朱鷺と仕上げ姿をみようと集まっている。
ゴホッ……ゴホッ……ガハッ……
いままでにない咳き込み。口元に手を置く伝八。手のひらを見ると血が混じる。息が難しい。
「ここまでかのぉ……されど、終わる……すべての想ひを注ぎし学舎が、今ここに……」
ふらつきながら外に出ようとする。
スゥー──ガタガタ……
「やっ、こ、これは……未だ締まりきらず……最後の最後に……」
ゴホッ……ガハッ……ガハッ……
「ま、まだ……仕上げが……」
なんとか引戸を外し、鉋を引戸の上框にかけようとする……が力が入らない。
「なんとか……仕上げを……」
「大丈夫か、伝八よ……」
後ろから兵之助が支える。
「兄者……そろそろのようだ……されど、未だこの引戸が……綺麗に閉まりきらぬ……まるで演舞の終わり、決めが締まらねば、すべてを台無しにするがごとし……兄者、済まぬ……この引戸を支えてはくれまいか……目が霞み、押さえきれぬ……ゴホッ……ガハッ……」
「伝八……まだ其方の心は仕上げを求めるのだな……ならば、儂が其方の目となろう……」
身体は限界を超えているのだろう。鉋を当てるのが精一杯。息がさらに切れそうなほどに途切れかけている。
ザッ……ザッ……ザッ……
足音が二人の元に忍び寄る。
「伝八殿、刻が参りました。花紋様の色……枯れ始めております。いざ、花仕舞師、宿清。伝八殿の最期、花霊々の舞にて仕舞い候──」
清が陽に射されながら、根音と根子を従え歩いてくる。
「待たれよ、清殿……何を為そうとしておるかは知らぬ……されど、あと僅かで終わるのだ……せめて……お情けを……平にお情けを……」
兵之助が懇願する。最後までやり遂げさせたい気持ちが口に出る。
「なりませぬ。手前に伝八殿の生を操ること能わず。ただ花紋様の色を感じ、尽きるを悟り、仕舞うのみ。花仕舞師としての本分を果たし、伝八殿の徳を以て魂を天に導くまで……」
「兄者よい……まだ動ける……清殿が本分を果たさんとするならば、儂はこの鉋に命を懸けるまで……この引戸、しっかり支えておいてくれ……」
伝八は目を閉じる。心を研ぎ澄まし耳にすべてをかける。
「いざ、花霊々の舞──根音、根子、舞の準備を此に……」
「「御意──」」
根音と根子がすっと霧のように姿が消えていく。
清が宣言する。清の花仕舞師としての心得と伝八の匠の想いが今、ぶつかる。
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