花仕舞師

RISING SUN

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第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手

139話

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「緋美……待たせた……いかがじゃ? 稽古ははかどり申したか?」
「はい……母上……どうか見てくださりませ……われの喜劇を……」
「喜劇とな……? 喜劇とは何を指す……この段取りは悲劇と呼ぶが相応しき……喜劇などとは程遠し……」
 紅花くれないばなは戸惑いを覚えたが、かまわず緋美は無言にて答えず役柄を披露する。それは今までにない迫真の演技。秋姫の笑みの中の悲哀の目は魂宿るもの……それはあまりにも美しく、それでいて哀しい。次々に紡ぐ台詞は何人も寄せ付けない重みがずしりずしりと心に響く。
 それは紅花の演技しかり、想いさえ凌駕する。
「どうした? 緋美……そちの役柄をあまりにも先ほどまでと違いすぎる」
 緋美は冷たい表情を浮かべる。
「なに、まことに難きことならず……母上さまが逝かれた事実を胸に刻めば、演劇などいとも容易きことにございまする」
 異様な変わりように背からえも言わぬ汗が流るる紅花。
「母上……演劇とは難しきものにあらずと悟り申した。壇上に上がること、楽しみにて候。他の詞も噛み締め申すゆえ、これにて御免……」
「緋美……」
 手を伸ばす紅花をさらりと交わす。
「母上……心とはいとも容易く壊るるもの……それはさながら、喜劇とは思し召さぬか?」
 そう言葉を残し、緋美はその場を去った。背を見送る紅花。そして、緋美の顔は『つみ』を背負うが如く、純粋無垢な陰は消え去り、すべてを許せぬ憎悪に歪んでいた。それは己のかすかに残る紅花への愛ある心さえも許せぬほどに……。

「あれは……」
 根音の目が桃色に輝く。ひとり歩いている緋美を見つけ、相変わらずな姿を晒す。
「こら、根音……またもや主は……ほんに、ませガキめ!」
「うるせぇ、跳ねっ返り! 一度、あの御方の爪の垢でも煎じて飲ませてもらえ! 少しはおなごらしく、おしとやかになるやもしれぬぞ……ほんに根子は欠片もねぇ……」
「こら! 根音……申してよきことと、申してはならぬことがあるぞ!」
 清はがしっと根音の肩を両手で掴み、膝を折り目線を合わせ叱る。
「根音……そなたは、そんな子ではあるまい……根音も根子も、ほんに優しき子。ならば見失うてはならぬ……」
 清の剣幕にしゅんとなる。
「許してたもれ……」
 素直に頭を垂れた。清は微笑み根音の頭を撫でる。その様子に気付く緋美。
「この前は、まこと……」
 根音はすぐさま先日のぶつかった件を謝ろうとした。しかし、緋美は冷たい視線を投げかけたまま、何も言わず立ち去った。立ち尽くす根音。
「なんか……違う目……」
 清も気付く。
「あれは……何があった……この前の童女か……げに冷たき目……」
 根子はひとり感ずる。

 ──あれは清さまが静さまに向ける目と同じ……冷たく、憎悪と怒りに囚われし、哀しき目──

 そして、三人の背後には何かを失った紅花が追いかけはすれど、愛しき娘を掴まえることのできない紅花が立ち尽くしていた。
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