花仕舞師

RISING SUN

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第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手

138話

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 次の日より、桜散る木の下で、紅花と緋美の稽古が二人三脚ではじまった。稽古事では役柄含め女としているため、緋美には母と呼ばせた。稽古をつければつけるほど、紅花の胸の内には一抹の不安が膨らんだ。

 ──緋美は容姿、声、振る舞い、いずれも役者として大成すべき器なり。親馬鹿の意見にあらず。経験を積めば、緋美は必ずや我れを超えん。しかし、今は未だその刻至らず……──

「どうでござりまするか、母上さま……」
「まだまだ動きが固きぞ。この場面、秋姫は在らぬ疑いをかけられ、民に追われし男、蒼駕そうかを待ち伏せ、想いの丈をぶつけ、己が身分を明かすところ……きっと恋慕も芽生えておったろうに、永久とわの別れを微笑みて強く示す……悲哀は胸奥に秘めたまま見送る幕ぞ」
 緋美は頭を垂れた。
「緋美には恋慕がいかなるものか、ようわかりませぬ。それに永久の別れなど知りませぬ」
「ならば、妾があの世に旅立ったと思うて演じてみよ」
「母上さまが黄泉路に旅立たれたと思えと申されるか……それはあまりにも辛うござりまする……母上さまが逝かれたと思うことは……」
 緋美の目がかすかに潤んだ。
「その想ひを胸に演ずるのだ……さあ、今一度、稽古ぞ……」
 紅花は背を向けた。

 ──すまぬ、緋美……すでにそなたは夜月よづきとこの世との隔て、とこしよの別れを経ておる……妾など仮初めの母親に過ぎぬ……──

 桜は散る。紅花の苦悶は募る。愛すれば愛するほど母親としての紅花は意味を成さなくなる。

 ──刻がない……まがい物の愛なれど、散り際は美しき花を見て散りたい……緋美という、もっとも紅を輝かせる花の色に──

 稽古をつけたあと、「ひとりで稽古をするように」と伝え、紅花は打ち合わせがあると座元、市三朗の元へと去った。ひとり残り緋美。何度も何度も紅花を失う怖さと戦い、震えながら芸に励む。
「やはり緋美には無理にございます……母上を亡くしたことを胸の内に記すなど……」
 膝を折り項垂れる緋美。

 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……

「この音色……」
 緋美が振り向くと、絢爛美麗な花魁と漆黒の着物を纏う女。特に漆黒を纏う女は緋美に近づくと耳元で囁く。
「先ほどより稽古を眺めておりましたぞ。しからば、お困りのように見受けられ……母上を亡くした想ひを胸に芸に打ち込む姿、ほんに憐れなり……されど……」
 そっと耳打ちをする漆黒の衣を羽織る女。
「そなたはすでに亡くされておるではないか……母上を。そして今、その母を殺めし者を、母上と慕うておる。げにまことお笑い種。これぞ悲劇か、喜劇か……紅花殿は、そなたの母上殺しぞ……まこと知れば、そなたの芸、心にも箔がつく……精進なされよ」
「な、何を世迷い言を……緋美の母上が、そんなこと……」
 緋美はガタガタ震える。それは虚像の母親への親しみが揺れる瞬間だった。
「過ぎし日々、人の血を浴び続けしともがらと緋美殿はご存知か? そなたが母上と呼ぶ紅花殿が……忍びの者にてあることを……」
 漆黒の着物を纏う女は花魁を引き連れ背を向ける。
「そちの魂は『つみ』に囚われ芸が円熟味を増す……これ、紅花殿が望む未来なるかな」
「母上が、私の母上を殺め、何食わぬ顔で父上を……母上を演じておられる……?」
 心に亀裂が入り、我の心の葛藤に天高く吠え続ける緋美であった。
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