花仕舞師

RISING SUN

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第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手

137話

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「よう、みなの衆、耳を貸されよ……次なる演目のことじゃが、これなる台本にていこうと思うておる」
 舞台が終わり、見物衆のざわめきの余韻冷めやまぬ中、楽屋は汗や香の匂いが入り交じっている。役者それぞれが幽世から現り世に戻る曖昧な楽屋の中、市三朗は芝居の筋立てや配役を書き記した台帳を掲げた。掲げられた台帳には『花死奇談、真綴、端女の姫、信物語はなしきだん、まことのつづり、はしめのひめ、たよりものがたり』と記されている。
 白粉を拭い終わり、梅酢水うめすいにて肌を潤いを与える琥太郎は配役を確かめた。
「これは……座元……緋美の名が記されておるが……」
「琥太郎よ……そろそろ緋美にも舞台に上がってもらわねばなるまい。それも端役ではつまらぬ。緋美は童女ながら、時折、妖艶なる仕草を見せるゆえ、この役にてこそ相応しきと思うての」
「しかし……初舞台は、やはり端役よりでも……」
 琥太郎は困惑する。緋美が舞台に上がるのは嬉しいがこの大役はいささかながらと腕を組んだ。

 台帳に記された配役──

 死仕舞師改め花仕舞師──紅花
 端女の姫 秋姫──緋美

「それにしても……死仕舞師が花仕舞師とは……」
 名称変更が気になる琥太郎。
「興を振るわす趣向よ。『花死奇談、真綴まことのつづり』……これは怪談噺にあらず、御伽噺おとぎばなしにあらず。真にあった話を綴るゆえに『真綴』と名付けたのよ。見物衆、必ずや惹きつけられようぞ」
 市三朗の表情は雲っていたが、それでも台帳片手に語る姿は高揚したかのように口調滑らか。
「しかし……」
 琥太郎は口を挟もうとしたが市三朗遮る。
「これにて決まりじゃ。緋美よ、初舞台ぞ……案ずるには及ばぬ。よき手本が目の前におるであろう。紅花によう教えを乞うのじゃ」
 市三朗の突然の決定に、緋美は不安を隠せない。
「父上さま……」
 琥太郎は緋美の頭を撫でた。
「われも驚いたが……されど緋美よ、これは千載一遇の役目ぞ。精進いたせ。われがついておる。緋美よ、これよりはおまえが千種座の花形ぞ」
 笑う琥太郎も心の内は何かの引っ掛かりを覚えていた。

 ──座元はどこにてこの台帳を……それに「綴人、花識はなしき」とは……聞いたこともなき筆の主なれど……──

 座元の市三朗は帳場に戻る。背中には冷たい汗が流れる。

 ───あの台帳……まこと面白き趣向よ。確かに見物衆の心は奪われよう……されど、げに恐ろしき女よ……紅花の過去を暴き、この台帳を差し出し、「刻がない。この役を緋美に、仕舞師を紅花に演じさせよ」とは……。まるで、この千種座そのものが、静と名乗る女の戯作ぎさくにて操られておるようじゃ……──
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