花仕舞師

RISING SUN

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第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手

136話

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 演目の最中、芝居小屋の裏に構えた帳場ちょうばにて、市三朗は銭勘定をしている。役者、裏方はみな演劇に出払い、帳場には市三朗一人。
「げに紅桜のおかげ……はじめは旅芝居にて諸国を巡り、芸を売り、糊口を凌ぎ候た。されど紅花を拾い、頭角を現し、噂はまたたく間に広まり、この座の芝居小屋を構えるに至りし……まこと金の成る男よ。それも、儂を信じ、過去までも打ち明けてくれた……」
 市三朗は煙管をふかし、耳にざわめく見物衆の声を聞いていた。
「愉快よ……愉快よ……銭の響き、胸に沁み入るわ……」
 もう一度、市三朗は煙管を咥える。

 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……
 カタン──ズゥ……カタン、コトン、スッ……

 見物衆の喧騒の中、場に相応しくない音が市三朗の鼓膜に響いた。
「それは興味深きお話にて候な……市三朗殿。もしよろしければ、その真相、聞かせては下さるまいか」
「なっ……誰ぞ?」
 高下駄三枚歯の足元だけが暖簾越しに現れる。暖簾を掻き分けるとそこには、役者と見紛う花魁姿の絢爛美麗な姿。
「誰ぞとお問われるか? ここは関係者以外、立ち入るべからずぞ」
 慌てふためく市三朗。
「まことに、すまぬこと。されど、わちきの主が是非とも座元殿と語らいたいと申してござるゆえ……」
 すっと花魁は横にずれると漆黒の着物に長い黒髪を靡かせた女が顔を出す。
「あい、恐れ入り候。我は宿静やどりやしずと申す。先ほどの話……どうか聞かせては下さらぬか。紅花殿の過去の話を……」
 それは花死奇談に出てくる死仕舞師の如く、美しくそして哀愁漂う恐れられる者として市三朗には映った。
「なっ、それを知りて何を企む! もしや紅花を引き抜く気か!」
 焦りが疑うに変わる。
「紅花はこの千種座ちぐさざの看板女方おやまにて候ぞ。引き抜きなど、とんでもない!」
「何を申されるか……座元殿。妾にその気はござらぬ。ただ欲するは紅花殿の過去のみ……今の紅花殿なぞ、どうでもよい。ただその過去を聞かせて下されば、それでよいのじゃ」
「信じられるものか! それを元に紅花をゆすり、あるいは昔事を町役人にでも突き出す気か!」
 はっとする市三朗。激昂のあまり、よけいなことに口を滑らせたと思い、慌てて静を見た。静はにやりと笑っている。
「……町役人とは、これはまた物騒な……。されど、なるほど……紅花殿の過去、まことに興深きものにて候な……」
 静はすっと帳場に断りも入れず上がり込み、市三朗の表情を楽しむように顔を近づける。仄かによい花の薫りが広がる。長い黒髪が相まって冷たい瞳孔は市三朗の心を吸い寄せる。
「話して下され……座元殿。話せば今の千種座は安泰。それに加えて、さらに大入り間違いなしの詞章ししょうまでも進ぜましょうぞ。選ぶ余地はござらぬ……さあ、花焔はなほむらお出ましあれ……」
 床から煙が舞ったかと思うと焔が巻きあがり、焔の中より、深紅の目、深紅の逆立つような髪を振るわせ、化焔|《かえん》の衣を纏った花焔が現れる。手のひらには焔が揺らいで市三朗を見つめる。
「口を閉ざされるもよし……されど、花焔の焔はよく燃えまする。この芝居小屋など、ひとたまりもござらぬほどに……座元殿のお返事いかんでは、この花焔、激情を以て焔を舞い散らせましょうが……いかがなさる? われの焔は炎になり烈火になり、紅蓮ともなりまする……もし願われるならば業火……天をも焦がす劫火にもなりまするが……」
 市三朗の胸奥、凍てつくが如き恐れ、じりじりと這い寄る焔の気配。異様な花焔の姿に幽世の住人を感じ、拒否をすればその焔がすべて終幕することを悟る市三朗だった。そして、それは数分後、自身の口から出た言葉で心を屈服させられたことを思い知らされた。

「……儂が知るはこれのみ……嘘偽りはござらぬ。そう……緋美の母、夜月殿を殺めたるは……紅花にて候……」
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