花仕舞師

RISING SUN

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第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手

148話

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「緋美……」
 数日後、紅花は汗を滴らせ稽古に励む緋美に声をかける。
「母上……何か?」
 目つきさえ変わり果てている。冷たい視線はまるで散った花弁に雪が降るようだ。
「妾と稽古をしよう……」
 見下すような視線のままふっと笑い天を見上げる緋美。
「どこから始めまするか……母上? ほぼ仕上げ申したゆえ、いずれよりでも……」
「そうか……ならば秋姫と花仕舞師が対峙する段取りといたそう」
 二人はまるで命の取合いをするかの如く、刻を支配する。そこはまるで台帳に記された「里にひっそりと佇むいおりの内。
藁葺き屋根は時雨に洗われ、板戸は歪み、開け閉めのたびに軋む音を響かせる。壁板の隙間より差し込む日差し、すきま風が淡く草の香を運ぶ」……のような姿が二人の間に現れる。
 緊迫した表情から一転、秋姫が舞い降りたように笑みを浮かべ、台詞を語り出す緋美。それに呼応するように対話する紅花。
 秋姫の言葉に偽りはなく、心よりの詫びが滲む。疑念の色、秋姫の顔に浮かぶ。仕舞師、慎重に口を開く。仕舞師の声音に、秋姫のまなざしは静かに変わる。仕舞師、静かに目を伏せ、深く息を吐く。そして、真実を語る。言葉はやわらかに、されど、その意味は死の告げに等しきもの。
 二人の芝居を遠くから見ている清。それはまるであの時、秋架と対峙した日を思い出すようだった。しかし、緋美への違和感は拭えない。確かに芝居は対峙、会話するのみの段取りであれど息を飲むほどの美しさ。が、それだけだ。あの時、秋架の心が『温』ならば緋美は『冷』だ。それは、紅花も感じていた。

「緋美……そちの演技、まこと迫真……これぞ見物衆、沸いて然るべし。されど……ここでの秋姫の情、いささか異なるのではあるまいか……」
「左様にござりましょうや……『たより』に打ちひしがれ、ひそかに『うらみ』を育む最中、冷たき心こそふさわしきと存じまする」
 緋美は前に踏み出し、紅花の進言に抗う。

 ─緋美よ……心とは『怨』、『つみ』にて打ち砕かれし折、その破片より芽吹かせるものなり……ただ吐き散らすのみならば、それは凡俗の役者……『しのび』の淵にて耐え、揉まれ、なおも耐え抜き……まことの心を演じるべし──

「そうか……ならば息抜きに、妾が描きし一幕仕立ての戯れ芝居……試してみぬか?」
 紅花は唐突に言い放つ。それは『つみ』を愛する緋美にさらけ出す覚悟。
「よろしゅうござる……われ、いかなる劇も臨む所存。まして戯れ芝居など……容易きこと」
 余裕と言わんばかりの表情で差し出された台帳を手に取り目を通す緋美。しかし、一時それを読み上げると表情が一変する。

 ──清殿の姉君には、感謝致さねばなるまい……真の演者と成るための淵を、緋美は覗き見たり……否、その淵に足を踏み入れ、なお踠きし者のみに至れる極みあらば……まさに今ぞ、その刻なり……──

「さあ、緋美……今ぞ幕開けなり……。そなた、これを演じ切ること能わむや……母、いかなる苛烈の運命に遇ふとも、ただ願ふは子の命への慈愛のみ……その想ひを紡ぎて、物語と成さん……」


 ──演目、上弦の月元、ただ願う緋美色の子の明日への路──
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