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第九章──忍(しのび)の想い、秘めし愛の守り手
150話
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──まこと、われ花仕舞師の道理、今こそ肝に銘じ、心の奥底にて強く念じ申さねばならぬ──
清は二人に歩み寄る。それは重く、重く静かであり、だからこそ花死の使いとして恐れられ、奇談として畏れられていたのだ。
「紅花殿……実に見事にて候。父として、また母としての覚悟、確と成し遂げられしこと、まこと感服仕り候」
「清殿……」
清の柔らかい表情はそこにはなかった。
「いつぞや……団子屋の前にてお目にかかりし……」
緋美が濡れた目元を拭きながら、思い出す。
清の背後には根音と根子が控える。二人は清の表情に合わせるようにまるで面をつけたように無表情だった。
「いかがなされた、そのような恐ろしき御面持ち……」
紅花の背に冷たい汗が流れたのを感じた。緋美は、まるで幽世から恐ろしげな者が顔を覗かせているのではないかと感じていた。
「今こそ告ぐるべき時と存ずる……花紋様の痣の件にて候」
清は粛々と述べる。
「花紋様……まさか……その事実を緋美にお伝えなさるおつもりか……? それは……」
紅花は慌てふためる。
「然り……花紋様を負ひし者に告ぐるも、花仕舞師の定めにて候」
「されど……まだ緋美には……」
紅花は必死に清を止めようとする。
「花紋様、今や緋色に染まり、いずれ枯れゆくは時の問題……今こそ告ぐべき時なり……紅花殿」
「……心得ておるが……」
清はふっと笑う。
「怖きことでござるか? 身の裡より震え、骨の髄まで貫き候や? されどそれは、偽りの面を付けし親の顔に過ぎぬ。先に緋美殿を救わんとし、重き口を開かれしはそなたなり。それを覆さんと? 何が父母ぞ……片腹痛し」
あまりも冷酷な言葉を繋げる清。
「お待ちくだされ、清殿……! 父母を愚弄なさること、わらわ赦しませぬ。母上さま……緋美は大丈夫にて候。いかなる告げも受け入れる覚悟なり。さあ、清殿……花紋様の痣とは何か……しかとお示しくだされ」
緋美は立ち上がり、清を睨んだ。そこにあるのは怒りではない、覚悟であった。
「あい分かり申した……花紋様、それは左手の甲に現れし死を告ぐる印……そしてそれは、緋美殿、まさにそなたの手に浮かびおる」
「な、なんと……」
左手の甲を慌てて見る緋美。しかし、そこには何もない。
「何も……何も見えませぬぞ……清殿」
「然り……それは花仕舞師にのみ見ゆる痣。今や緋色に燃え映え、刻はもはや寸毫も残さず。徳を積み、舞をもて安らかなる旅路に花を手向く……これぞ花仕舞師の本懐にて候」
言葉をなくす緋美。
「……緋美は……死すと申されるか」
「はい、それは如何なる時も、逃れ得ぬ運命にて候」
緋美は目を閉じ息を吸う。
「……げに、恐ろしきこと……されどなお……」
緋美は紅花に力強く顔を向けた。
「母上さま……稽古の御指南、なにとぞ賜りたく、伏して願い奉り候……短き命なれど、芸を極めとうございます……それこそが芸者の道なれば……」
紅花は緋美の、演者として極みの言葉に黙って頷き、心を役者にする。そして清に振り向き告げた。
「清殿……かたじけのうござる。花仕舞師の立ち振る舞い……しかと心得申した。死仕舞師を演じし折より、足りぬと感じておりしもの……今ここに補われ申した──」
緋美と紅花は対峙し、稽古が始まる。先ほどまでと違い、緋美の演技、心内まで秋姫と重なりはじめる。それは秋架の心。
「げに見事……気品高く、優しさ滲み出るその姿……まるで秋姫、秋架殿の御心映すが如し」
清は二人に歩み寄る。それは重く、重く静かであり、だからこそ花死の使いとして恐れられ、奇談として畏れられていたのだ。
「紅花殿……実に見事にて候。父として、また母としての覚悟、確と成し遂げられしこと、まこと感服仕り候」
「清殿……」
清の柔らかい表情はそこにはなかった。
「いつぞや……団子屋の前にてお目にかかりし……」
緋美が濡れた目元を拭きながら、思い出す。
清の背後には根音と根子が控える。二人は清の表情に合わせるようにまるで面をつけたように無表情だった。
「いかがなされた、そのような恐ろしき御面持ち……」
紅花の背に冷たい汗が流れたのを感じた。緋美は、まるで幽世から恐ろしげな者が顔を覗かせているのではないかと感じていた。
「今こそ告ぐるべき時と存ずる……花紋様の痣の件にて候」
清は粛々と述べる。
「花紋様……まさか……その事実を緋美にお伝えなさるおつもりか……? それは……」
紅花は慌てふためる。
「然り……花紋様を負ひし者に告ぐるも、花仕舞師の定めにて候」
「されど……まだ緋美には……」
紅花は必死に清を止めようとする。
「花紋様、今や緋色に染まり、いずれ枯れゆくは時の問題……今こそ告ぐべき時なり……紅花殿」
「……心得ておるが……」
清はふっと笑う。
「怖きことでござるか? 身の裡より震え、骨の髄まで貫き候や? されどそれは、偽りの面を付けし親の顔に過ぎぬ。先に緋美殿を救わんとし、重き口を開かれしはそなたなり。それを覆さんと? 何が父母ぞ……片腹痛し」
あまりも冷酷な言葉を繋げる清。
「お待ちくだされ、清殿……! 父母を愚弄なさること、わらわ赦しませぬ。母上さま……緋美は大丈夫にて候。いかなる告げも受け入れる覚悟なり。さあ、清殿……花紋様の痣とは何か……しかとお示しくだされ」
緋美は立ち上がり、清を睨んだ。そこにあるのは怒りではない、覚悟であった。
「あい分かり申した……花紋様、それは左手の甲に現れし死を告ぐる印……そしてそれは、緋美殿、まさにそなたの手に浮かびおる」
「な、なんと……」
左手の甲を慌てて見る緋美。しかし、そこには何もない。
「何も……何も見えませぬぞ……清殿」
「然り……それは花仕舞師にのみ見ゆる痣。今や緋色に燃え映え、刻はもはや寸毫も残さず。徳を積み、舞をもて安らかなる旅路に花を手向く……これぞ花仕舞師の本懐にて候」
言葉をなくす緋美。
「……緋美は……死すと申されるか」
「はい、それは如何なる時も、逃れ得ぬ運命にて候」
緋美は目を閉じ息を吸う。
「……げに、恐ろしきこと……されどなお……」
緋美は紅花に力強く顔を向けた。
「母上さま……稽古の御指南、なにとぞ賜りたく、伏して願い奉り候……短き命なれど、芸を極めとうございます……それこそが芸者の道なれば……」
紅花は緋美の、演者として極みの言葉に黙って頷き、心を役者にする。そして清に振り向き告げた。
「清殿……かたじけのうござる。花仕舞師の立ち振る舞い……しかと心得申した。死仕舞師を演じし折より、足りぬと感じておりしもの……今ここに補われ申した──」
緋美と紅花は対峙し、稽古が始まる。先ほどまでと違い、緋美の演技、心内まで秋姫と重なりはじめる。それは秋架の心。
「げに見事……気品高く、優しさ滲み出るその姿……まるで秋姫、秋架殿の御心映すが如し」
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