本当はあなたを愛してました

涙乃(るの)

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第ニ部

再会 ③

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ルーカスの藍色の瞳の中には、物欲しそうな顔をした私が映っていた。全てのしがらみを捨てて、あなたの胸に飛び込めたら…

ううん、強引にでも連れ去ってくれたら…

そんな邪な考えを持った醜い自分が映っていた。なんて愚かな人間だろう。

透き通ったルーカスの瞳の中に映る醜い自分の姿から目を逸らす。

『ルーカスは…どうしてここへ?』

正直、もしも偶然に出会うことがあったとしても、こんな風に普通に話しが出来るとは思ってもいなかった。別れ話の時以来、ずっとまともに口を聞くこともなく、逃げるように辞めたから。


「ああ、出店の交渉に来たんだ。リナと来たのは…6年前か…」

『…』

そっか。そういえば交渉の時期なのね。

あの時は全く会話することもなかったよね。本当につらい思い出…


「あれから毎年交渉役として訪れてる。リナは…あ、いや…なんでもない」


『…』
「…」

私達はお互いに知りたいこと、確かめたいことが沢山あるのに、口に出すことは憚られた。

言葉にしてしまうと、何かが変わってしまうのではないかという不安がお互いの頭にあった。

だから、敢えて核心の質問はせずに察することしかできなかった。

ルーカスは私がこの街に住んでいるのか尋ねようとしたのかもしれない…

私は交渉役として誰と一緒に来たのか気になっているけれど…

私にそっくりなカオリは…誰の娘なのか、私が誰と結婚したのか尋ねたいかもしれない。
恐らくエミリオと予想はしているだろうけれど、そのことを口に出すそぶりはなかった。


私は、後ろめたさが大きかった。


『みんな…元気にしてる…?』

当たり障りのない質問をする。

「あぁ、商会の皆は変わりないよ。
リナ…」

『うん?』

昔から口数の少ないルーカスが、何かを話し出した時はこうしてゆっくりと続きを話してくれるのを待っていた。
今の私はルーカスにどのように映っているのだろう。
裏切り者の、自分を捨てた、白状な人間と思われているだろうか。

「どうして…そんな不安そうな顔をするの?」

『それはっ…私そんな顔してる?』

「あぁ」

私達はケーキに夢中なカオリに聞こえないように、テーブルに少し身を乗りだしお互いの距離を縮めた。




「さっきも…」

先程泣いていたことを言っているのだろう。

『ごめん。困らせるつもりはなかったんだけど。自分ではどうしようもなくて…
だって、ルーカ…ルークが…』

カオリの耳に聞こえた場合に備えて名前を誤魔化す。
内緒話をするように声を低めてルーカスに続けた。

『私を…守ろうとしてくれたこと……』

これ以上言葉に出してはいけない気がした。ルーカスはハッと顔を強張らせた。

「そっか…知ってたんだ」

『うん…』


「ごめん…」


ルーカスの表情を見ると先程疲れているように感じたけれど、少し痩せたのではないだろうか。やつれたようにも見えて心配になる。

『謝らないで』

謝られるとどうしたらいいのか分からない。
あなたを無神経に責めてしまいそうになる。

どうして何も言ってくれなかったの。

謝るくらいならどうして私を突き放したの。

どうして私の気持ちを聞いてくれなかったの。

私は、あなたのことを忘れたことなんて一度もないのに…と


黙ってルーカスが話してくれるのを待つ。

思い出は美化されるというけれど、目の前にいるルーカスは思い出よりも遥かに愛おしく思えた。



「!」


ルーカスが驚いていた。私は無意識にルーカスの頬を触っていた。自分でもビックリして慌てて手を放す。

『ルーカス…少し痩せたね。ちゃんと食べないとダメだよ』

私に触れられた頬に一瞬手を当てて、ルーカスは目を閉じて深呼吸をしていた。

「リナ、声をかけるつもりはなかった。
ただ…泣いてるリナを見て、どうしてもほっとけなかった。

今更…散々ひどい言葉を吐いた僕がリナに話しかけるなんて、リナを…困らせるだけなのに。

でも…元気な姿を見れて…ほっとした。

僕なんかと…無駄な時間を過ごさせて、

ひどい言葉を言って、

ごめん。」

あぁ、ルーカスは…ルーカスもずっと気に病んでいたんだ。

私はずっとルーカスを苦しめていたのね。
自分のことしか考えられずに逃げてしまったから。

サラお嬢様との婚約発表の後、勇気を出してもう一度ルーカスと、きちんとお別れの挨拶をすれば良かった。

そうしたらこんなにもルーカスを苦しめることはなかったかもしれない。


今だから向き合えているけれど、あの頃は冷静に話しはできなかったかもしれない。

それでも話しをする機会を作ろうと行動していたら…


『無駄だなんて思ったことない。ルー…
あなたと過ごした日々は私の生きた証でもあるわ。ずっと、ずっと一緒にいるのが当たり前だった。

私は…

当たり前の事なんてないのに、そういう大切なことに気づかずに、あなたに甘えていたの。

とても素敵な時間をありがとう』


「リナ…」


私は目が潤んでいるのを感じてハンカチをそっと当てる。

「お母さん、誕生日のケーキは?」


突然カオリに横から話しかけられて、今日の目的を思い出す。

『今食べたのに帰ってからも食べられるのかな?』

「うん。だってお父さんと一緒にみんなで食べるでしょ。」

カオリは席を立とうとしていた。

ルーカスが私の前に手を差し出した。
「リナ…それ」

『あ、ハンカチ。ごめん、洗って返…』

す。 とは言えなかった。

返すということはもう一度会う約束をすることになる。それはお互いにとって良くないことだとルーカスは分かっている。

ハンカチをこのまま私が持って帰ってしまったとしても、いらぬ誤解を招くだろうということも。

ルーカスの優しさは変わらない。

「ありがとう」

ハンカチを両手でそっとルーカスの手のひらに乗せた。ギュッと一瞬私の両手を包んでくれた。

「僕は失った後から後悔したこともあるけど…

リナは、

今の生活を大切にね」


ルーカス。

私は…


「お母さん早く!」

カオリは痺れを切らしたのか私のスカートを引っ張り始めた。

『待って。カオリ。お兄さんにさよならして』

「ルークお兄さんありがとう。バイバイ!」


元気良く手を振るカオリにルーカスも微笑む。


私達はお互いに見つめ合っていた。それぞれの瞳の中に映る自分の姿を見つめて、過去に区切りをつけようとしていた。


『さよなら。』

ルーカス。

私はカオリに手を引っ張られながらケーキが並ぶショーケースの前に連れて行かれた。


振り返るとルーカスの姿は見当たらなかった。


去り際にルーカスは独り言を呟いていた。

「リナ 幸せに出来なくてごめん」

その言葉は私の耳には届かなかった。





















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