傷だらけの令嬢 〜逃げ出したら優しい人に助けられ、騎士様に守られています〜

涙乃(るの)

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けれど、路地に逃げ込んだのが失敗だった。








  行き止まりだわ。







  引き返そうと踵を返したちょうどその時、路地へ入りこんで来た義姉とバッタリと鉢合わせをした。










  意図せず義姉と対峙する形になった。











  「ソフィア!!」









  「あ……お、お嬢様」








  「まさかとは思ったけど、やっぱりあなただったのね。まさかこーんな所で会うなんて。



  ソフィアのくせに、この私を走らせるなんて、随分と生意気になったじゃない。



  どうしてくれようかしら、ねぇ?あなた、まさかこの私から逃げおおせるとでも本気で思っていたの?



  あははは! 絶対に逃すものですか! 自分がどんな罪を犯したのか、分かっていないようね?


  あの時は、よくも恥をかかせてくれたわね! 」





  義姉の目は血走っており、憎しみの感情が込められている。






  怖い……。







  怯える私にズカズカと近づいて来たかと思うと、勢いよく肩を押された。





  「っ!!」





  突然のことで対処できずに、そのまま突き飛ばされて倒れ込んだ。





  「いいこと? これは、あの時あなたが私を突き飛ばした分。 いいえ、まだまだぜーんぜん、足りないわよ」







  私は思わず義姉の顔をきつく見上げる。









  「なによその顔は! あなた、自分の立場が分かっているの?」









  義姉は私を見下ろしながら、不適な笑みを浮かべる。








  「うふ、頭が悪くて分からないのね? 





  あの後、随分と捜させたのよ。





  なぜかお父様は放っておけとおっしゃるから、表立って動けないし。本当にお父様がうるさくて……。





  うふ、でも、偶然会うなんて、私は神様にも愛されているのね。あなたと違ってね、あははは!





  ねーえ、ソフィア? 逃げ出すなんて許される訳ないでしょ、ねぇ、そうでしょう? あなたは死ぬまで、一生私の奴隷なんだから」









  身体中に染みついた数々の痛みや恐怖が、フラッシュバックしてくる。








  「あ……あ……」








  早く逃げなければと思うのに、恐怖のせいで手足が鉛のように重く動かない。








  口元からは、ガチガチと歯がぶつかりあい音が漏れ出ている。全身が震えているせいだった。









  ただ黙って、義姉を見ることしかできない。










  義姉はそんな私の様子を見て、まるで楽しむように目の前を行ったり来たりする。







  「どうしてくれようかしら~?」と呟きながら。








  ふと、何か閃いた様子で立ち止まると、地面から小石を拾いあげる。私に小石を見せつけるように、手で弄びながら見せつけてくる。








  義姉がその手を動かす度に、目線で追ってしまう。








  ニタリと義姉が嫌な笑みを浮かべる。








  次の瞬間、ゴツンと鈍い音が頭に響く。








  「痛っ」









  コロコロと 小石が地面に転がるのが見えた。








  顳顬《こめかみ》から、生温かいものが流れ出てくるのを感じる。






  痛い……。






  また、こうやって義姉の癇癪の捌け口にされるのか……。







  幾度となく繰り返される暴力、浴びせ続けられる罵声。






  逃げても逃げても、こんな風に見つかってしまうなんて……。






  どうしてこんな酷いことをされるの?





  どうして……。






  既視感しか覚えないこの状況。






  やっぱり、私には抜け出すことはできないのかな……。






  義姉の言う通り死ぬまで一生……。






  この数ヶ月は、束の間の幸せだった。






  三日月亭で過ごした穏やかな日々。







  ダンさん、ルイーザさん……。まるで、本当の家族みたいだと思っていた。







  でも、大きな勘違いをしていた。









  私なんかが、 あんなに優しい二人の家族になんて、なれる訳がないのに──。








  きっと、幸せな夢を見ていただけなのね。







  近づいたら、消えてしまう蜃気楼《しんきろう》と同じ。






  自分の浅ましい願望が作り出した、分不相応《ぶんふそうおう》な夢だったんだわ。






  ダンさん、ルイーザさん……ごめんなさい……





  どうか、私のことは忘れてください。






  お礼も何もできなくてごめんなさい、最後まで心配かけて……。






  義姉に、ダンさんやルイーザさんのことを知られてはいけない。何をされるか分からない。






  絶対に巻き込みたくはない。そんなの耐えられない。





  私はどうなっても構わないから。







  とりあえず、動かなきゃ。





  立ち上がろうとしたものの、足に力が入らない。






  どうして、動かないの?





  早く、動いて、お願い!







  義姉が手を振り上げるのが視界に入る。






  叩かれる!






  歯を食いしばり、目を瞑りその衝撃に備えて身構える。






  まだなの……?






  襲ってくるはずの痛みが来ない。






  確認するつもりで、おそるおそる目を開けた。


 「⁉︎」



 目の前には、騎士服を纏った若い男性がおり、義姉の手を掴んでいた。







  「何をしている?」








  「ちょっと放して!」







  「言い分があるなら本舎で聞こうか」








  義姉は強引に手を振り解くと、男性を睨みつける。






  「は? 私を誰だと思ってるの⁉︎ は、家のよ。家のをどうしようとあなたには関係ないでしょ」







  「それとは?あなたは、人をまるで物のように言うのだな」







  「なんですってー!」





  怒りを露わにして、義姉が男性に掴みかかろうとする。






  「お嬢様!お捜ししました、さぁ、お嬢様、戻りましょう」





  「アン、放しなさい! 許せない!」






  「お嬢様、お嬢様、参りましょう、さぁ。し、失礼致します!騎士さま」







  侍女が勢いよく駆けてくると、義姉を抱き止める。






  義姉を探し回っていたのだろう。息も切れ切れの状態だった。




  慌てた様子で、男性に深々と頭を下げると、義姉を諭し強引に連れ帰っていった。








  義姉がいなくなり、ほっと胸を撫で下ろした。







  「もう、大丈夫だ」





  「?」





  放心状態で蹲る私に、男性は膝を折りそっとハンカチで血を拭ってくれた。






  私の手にそのハンカチを持たせると「ちょっと失礼する」とぐっと近づいてくる。




  何をされるのか分からず、思わずぎゅっと目を閉じる。





  「えぇ!?あ、あのっ、下ろしてください」




  抱き上げられたのだと分かり、ジタバタもがく。




  必然的に男性に密着した状態となっているので、羞恥心から両手で顔を覆い隠す。





  鍛えられた胸板の感触が伝わる。





  「手当てが必要だ」





  騎士様は、悶える私を気にも止めずに、そのまま歩きだした。






  「自分で歩けますからっ、お、降ろしてください」






  私は必死に懇願する。





  「この方が早い」






  断言されて、それ以上抵抗することもできなかった。





  男性との距離が近すぎて、恥ずかしくて鼓動が早くなる。





  心臓の音が聞こえてしまうのではないか、と心配になるくらいだった。










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