上 下
10 / 30
第一章

9.【きみ何?】●●

しおりを挟む



「ギルドカードをお出しください」

「えっ」

 王都に戻ってから『狂化の呪詛』について調べようと思っていたフェリシアはいきなりつまずいていた。
 傍らで並び立っている青い髪の少女の方へ視線が向く。
 助けを求めるような目を向けてくるフェリシアに少女は不思議そうに小首を傾げると、ニコッと笑って言った。

「私、知らないよ? あっちの張り紙を勝手に貰って行っただけだもの」

「……あの、僕の友人はそう言ってるんですが」

「張り紙を勝手にって、貴女だったのね! 今朝張り出したばかりなのにいきなり無くなってて、大変だったのよ!?」

「うわぁ!? すいません! すみません!」

 困惑している様子の青い髪の少女を見てフェリシアが謝る。
 如何にも怒り慣れていない様でぷんすかと抗議してくるカウンターテーブルの向こうで立つ女性は、冒険者ギルドの職員だ。
 取り急ぎ青い髪の少女と一緒に依頼書の緊急性が高い順に討伐を行ってきたフェリシアは。彼女と別れる前にまずは食事でもしようと、ギルドで報酬を受け取りに来た事が発端だった。
 しかしフェリシアは一度も冒険者のギルドというものに属したことは無く、同時に関りを持った事もなかった。知識不足なのはいいとして、まさか依頼を受ける所から手続きがあるとは思わなかったのだ。

 勇者だった彼がギルドに許可を得るまでもなく活動していたのが原因なのだが、当の本人はしょんぼりと気落ちする。
 それを見たギルド職員は小さく溜息を漏らしてから背筋を伸ばした。

「ハァ、次からはきちんと受付を通して下さいね。
 ──仕方ないので貴方達の事はゲスト登録として記録しておきます。依頼を達成されたのはお兄さんとお嬢さんのお二人でいいわね?」

「あっ! いえ、この子は僕の知り合いってだけで……依頼は僕が一人でやりました」

「あらそうなの。それじゃ、貴方のお名前と今回受けてくれた依頼について書いて貰うわね。筆記は出来る?」

「はい。依頼の詳細については彼女が取って来てしまった依頼書をお渡しすればそちらで処理できますか?」

「問題ないわ──まぁ、三枚もあるの? 随分早いわね……えーと、依頼想定シナリオは確か……」

 青い髪の少女がフェリシアとギルド職員が交わすやり取りを傍から覗き、渡された書類へ書き記されていく文字を眺めて頷いている。
 フェリシアはそれを特に気にしてはいなかったが、知らず知らずのうちに耳が赤くなっていたようだ。途中で職員から「分からないところは?」と訊かれて互いに首を傾げる羽目になってしまった。
 フェリシアが記入を終えた書類を返すと、職員の女性が不機嫌そうに顔を顰めた。

「これ……レベルが随分高い想定の依頼だったのだけど。あなた本当に依頼を完了したのかしら?
 言っておくけれど虚偽の申請や報告は騎士団から罰せられるのよ」

「えっ、そんな。えぇ……っと、依頼の一件は漁村の長からサインを頂いてますけど……もしかしてそういうのでは確認になりませんか?」

「あー……そう、なの」

 フェリシアが自身なさげに答えた瞬間、職員の女性がギルドの詰め所をチラと一瞥して。それから軽く片手を上げた。

(──警戒されちゃったな)

 職員の女性の呼吸が浅く、カウンター越しで見えないがテーブルの下で何らかの器具か装備に手を伸ばしてるのがフェリシアには分かった。
 王都でも大きな建物なのが冒険者ギルドの詰め所だが。日が傾き、広い宿舎には大勢の人々が雪崩れ込んで来ている。雑踏の中で混ざる人の気配を読むのは一苦労だが、フェリシアは背後から感じた視線と魔力の揺らぎに反応して気づいた。
 ある程度の心得の様な物がありそうな男が二人、フェリシアと青い髪の少女の後ろに近づいて来ていたのだ。
 恐らくは冒険者のギルドにおける後ろ盾か何かの存在。
 フェリシアは内心申し訳ないなぁ、といった気持ちで隣の青い髪の少女に目を向けた。

「やっつけるの?」

「気づいてたの……あ、いやいや。そんな事しないよ? なんでやっつけるのさ……」

「ひひひ」

「ひひって君ねぇ……」

 良かった、不穏な空気はあまり出てない。
 そんな微妙にズレた感想を抱いてから気持ちを落ち着かせたフェリシアは、改めてギルド職員の女性に向き直った。

「こういう時、確認の仕様があるんですよね? 多分……ですけど」

「確かにあります。まずこちらの二件における魔物を討伐した証明に、遺骸の一部の納品が認められており──または記録媒体の提出も認めているのです。
 そちらが全て不足されている場合は当ギルドのメンバーを複数同席させていただいた上で、神聖教会から審問官を招いて精神干渉を行う運びとなります」

「神聖教会から……ですか。わかりました、今の話を聞いた感じだと僕では証明が難しいので、よろしくお願いします」

「……はーぁ。ややこしい事になってきたわね、じゃないの」

「お姉さんお疲れ様」

「ありがとうお嬢さん。あなたのお洋服キレーね、どこで売ってるのか是非聞きたいから暇な時にでも教えてよ」

「ふふん、これ自作なの」

「ええ!? すっごい……!」

 フェリシアが困った表情のまま審問を申し出ると、ギルド職員の女性は僅かに肩の力を緩めながら安堵の息を吐いた。
 冒険者のギルドは騎士団と違い、王都での滞在資格や住民証明さえあれば誰でも組員メンバーとして登録する事が出来る。しかし、やはりそれでも他国や他領の住民が紛れ込めばトラブルが起きる事は自然。時には荒事が必要な場面も増えるのだから仕方ない。
 そしてそれすら知らないような田舎者や世間知らずが来る事があるのも仕方ない。
 そんな事を思いながら青い髪の少女と会話する職員の女性を見遣りながら、フェリシアは苦笑交じりに背後に立っていたギルドメンバーの男達に振り向く。

「……なんだか大変ですね。こういうギルドって」

「あぁん? あー、そうだなぁ。わかっちゃう? そーなのよ、優秀な奴が使い倒されちまう世知辛い世界なんだわー」

「おいやめとけよ」

「平気だって! うちのリナリアさんが何を心配に思ったか知らんけどよ、こーんな真面目そうなガキとどう見ても貴族関係の娘っ子だぜぇ? 戦ることにはなんねーだろ」

「……ムゥ。確かにそうだが」

「あはは……」

 長身の筋肉質なスキンヘッドの男が意気揚々と語る一方。寡黙か口下手か、細身の長剣を背負った同じくスキンヘッドの仲間が険しい表情でフェリシアを見てくる。
 なるほど騎士団の面々とは少し違う。冒険者とは『悪心の呪詛』の影響を受けた者にさえ出会った事がなく、かつての仲間以外に会話したこともなかったフェリシアには新鮮に思えた。



(こんな感じだったのかな)

 だが、どこかかつての仲間────戦士のノエルに近い空気を感じる。
 懐かしくも頼もしい、在りし日の仲間の姿を想って。小さくフェリシアが笑う。

「おーい、お二人さん! 仕事終わったって聞いたから迎えに来たぞ、早くウチの店に来なよ!」

「あぁん? わりーなノエル。俺たちは今仕事追加されてんだよ、残業ってやつだ」

「残業~~?? また何かやったの」

「やってねぇえよ!」

(……う、うそ。ノエル……!?)

 不意に聞こえて来た声。振り向いたフェリシアとスキンヘッド達の前に現れたのは。

「お? きみ何? 新人君かい」

 ギルド職員と同じ制服を着た、かつての仲間のノエルだった。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

英雄が嫌われ魔女に恋をしちゃった話

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:491pt お気に入り:69

猫耳幼女の異世界騎士団暮らし

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,210pt お気に入り:390

命を狙われている王女の他国逃走劇

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:15

こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:965pt お気に入り:409

処理中です...