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第一章

11.【王城に行きます】●

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 ギルドから出て暫しの距離を行った先。大通りの裏手に佇む宿の一室に移動したフェリシアは冒険者ギルドの会長を名乗る男に事情を説明した。
 尤も。だからといって理解や納得が得られる話ではない。

「──その、カンってやつ以外に確証は無く。
 んでもって洗脳されたかどうかも未遂だから分からずじまい。
 相手が騎士団の一員ってのも確認取る方法は無い。
 騎士団に狙われるような賞金首でもなく、犯罪歴も無いと来てる……お前さんそれなんて言うか知ってるか?」

「えっと……?」

「どうしようもないって奴だよ」

 壮年の男、ギルド・王都本部会長のアルバート・ギリングズは呆れた顔をして宿のベッドに背中から飛び込んだ。
 部屋は彼が込み入った話をする為だけに借りたのだが、このまま今日は泊まるらしい。曰く「金がもったいねえ」とのことだった。
 アルバート会長は精神干渉の魔法による後遺症から回復した様子のフェリシアが困り顔を浮かべてるのを見て指を差す。

「ウチは自警団も兼ねてる。だからお前さんの母親の家も把握してるよ、素性も知れてるし嘘をつく奴じゃないってのも分かってる。
 なんせ一度は宮廷書記官の試験を受けられる切符を手にしてるんだ、だったら宮廷の書記官に知人がいるから後で問い合わせりゃ一発でお前さんが『大丈夫なヤツ』か分かる。
 だから問題はそこじゃねぇ、仮に騎士団が本気でお前さんにちょっかい出してるとすりゃ理由があるのは明白だ。
 俺からのお勧めは相手がまだ穏便なうちに城に出頭する事だね」

「いや、でも……」

「私もそう思うよ、フェリシア」

 主観では間違いなく騎士団と王国はフェリシアに何かを隠している。だが、それを分かって貰う術はないのも事実だ。
 警戒を露わにしているフェリシアに対してアルバート会長は眉を顰める。その一方でレインはフェリシアの傍で壁に背を預けたまま目を閉じて言った。

「洗脳なんて、君が油断してる時でないと意味は無いもの。今回のは小手調べのつもりだったのかも」

「つうか精神干渉の魔術やら魔法は奇跡によるモンが多いって相場が決まってる。効くなら効くし、元から効き難いってんなら効かない不安定なモンだ。なんだって坊ちゃんはそこんトコロ平気な顔して『僕は効きません』って言い切れてんだ?」

「フェリシアだからね」

(やめてそうやって僕の評価上げようとするの!)

 思わず内心でレインに抗議するが、心の声は当然届くモノではないので届かない。
 フェリシアはアルバートとレインの二人を交互に見てから、暫し考え込むように腕を組んで俯いた。
 シン、と部屋の中で静寂が流れる。

「……アルバートさん」

「会長って言え」

「うっ、はい。僕は構わないんですが、もし出来ればレインに依頼の報酬を渡して貰いたいんです」

「はぁ?」

 ベッドの上で体を起こしたアルバート会長が顎髭を軽く撫でてから怪訝そうに目を向ける。

「なんだお前さん。ウチの依頼受けてんのか」

「ええ、でも登録とかしてなくて。審問官による記録と照合が必要になってしまったんです」

「悪く思うなよ。ここ二年くらいの間で魔物の数が例年の数十倍に跳ね上がってるんだ、それでいてどういうわけウチのルールを破る馬鹿も増えて来てる。それこそ殺し合いに発展するような問題がんでな」

「構いません。それで……どうですか?」

「見てみねーとな。んじゃ、そういうことなら悪いが頭見とくぜ?」

「えっ」

 フェリシアが一瞬、アルバートが紡いだ詠唱に妨害を試みようかと手が動きそうになって止まる。
 先の洗脳魔法と異なって。彼の眼前に展開された魔法陣は一瞬で消えてしまったのだ。
 不意打ちとはいえ反応する間もなかった事に驚いているフェリシアは、アルバート会長が口を開くのを待った。

「今のは記憶を探るとか真偽を確かめるような魔法じゃない。教会の審問官にはマニュアル《手順》って物があるだろうが、俺はこれで大体の審査は済ましちまってる」

 レインが壁際に寄りかかったまま欠伸をする様がフェリシアに伝わる。困惑しながらも警戒は緩めない彼はベッドに腰掛けたままのアルバート会長の動作を観察する。
 ──落ち着いてはいるが、その実。彼は終始フェリシアではなくレインを警戒している節が垣間見えた。その理由が思い当たらなかったフェリシアだったが、次いでアルバート会長が彼と目を合わせて来た事で意識がそちらに傾く。

「フェリシア。お前さんは俺に嘘をつかねーもんな?」

「つかないよ」

 反射的に応えてから、数拍して。フェリシアが少し驚く。
 妙に先ほどよりもアルバート会長が親しい間柄の人物に思えてしまってるのだ。

「……これ、もしかして仲良くなる魔法だったりしますか?」

「まぁ近いな。具体的にいやぁ魔法に掛かった奴にとって都合がいい方向に成る──分かり易く言えば、今の俺の問いに少しでも嘘をつこうとすりゃ答えたくないとか何とか言って返答を拒否する」

「そんな魔法もあるんだ……それで、今の僕の答えは大丈夫なのかな……」

「お前さんみたいに言うなら、俺の勘が大丈夫だろってサインしてくれてるな。まぁいい、審査と報酬の計算はこっちでやっとく──で、どうすんだ坊ちゃん」

「王城に行きます」

「──そうかい」

 フェリシアの様子を見ていたアルバート会長が表情を固めたが、すぐに飄々とした雰囲気に戻して興味なさげに答える。
 彼はそうして、直ぐに腰から何らかの魔道具らしき円盤を取り出した。懐中時計にしては平たく、大きい。羅針盤のような印象を与える物品だった。
 カチカチ、と鳴らして彼は円盤に指を乗せたまま内部を回転させている。
 フェリシアはアルバート会長がそうする間に話が終わった事を確認すると、後ろにいたレインの手を緩く取って部屋を退室して行った。

「またな」

 閉じた扉の向こうで彼がそう言ったのを、フェリシアはしっかりと聞いていた。





 フェリシア達が退室したのを見計らい、アルバートは独りベッドに倒れ込んだ。

「……なんだ、アイツは」

 彼は見逃さなかった。
 たったの一問答しかアルバートの魔法は保てず、何の変化も感じさせないレベルで静かにフェリシアが精神干渉の魔術を解除したのだ。
 驚いた様子を見せたのは一瞬で、直後には安堵した姿。アルバートの見立てが正しければ今日初めて見た魔法をすぐに理解して紐解かれたようにしか思えない。
 離れ業ではない。成し得ない事をやり遂げたのだから、それはまさしく神業だった。
 だから、アルバートは動揺を抑えて彼に最後言ったのだ。また会おう──と。

「王国に目を付けられてるにしては急すぎる……ただの一度も王都から出た事のない民衆のガキ相手に、精神干渉の魔術が使える騎士を送り込むだと? 馬鹿な、何をやったらそんな事になる」

 自問自答しながら、アルバートは部屋にくぐもった笑い声を響かせる。
 表情だけは昏いまま。鋭利な刃でも見つめるような冷たさを孕んだ眼で。
 彼の、冒険者としての勘はフェリシアをかつてないほどの化け物として訴えていた。

「あれに近付き過ぎれば、何人死ぬか分かったもんじゃねえな」

 ──ともすれば自分も。
 そう結論付けたアルバートは静かに瞼を閉じる。一日の終わりが近い時に限って舞い込んだ出会いを彼は密かに危惧しながら。
 まさかそれが、あったかもしれない世界本来の時間軸で自らが辿った運命と同じだなどとは知らずに。

「……陛下に今度伺ってみよう。フェリシアアレが無事だったなら、つまり奴が神託の────可能性があるって事だ」





 日が暮れて、夜を迎えてしまった王都の大通りメインストリートを歩きながらフェリシアはレインに謝った。

「今日はありがとう。次はいつ会えるか分からないけど、良かったら今日の報酬金は君が受け取っておいてほしい」

「いいの? 私持ち逃げしちゃうかも」

「するのかい」

「しなーい。ふふん」

 二人の視線は陽が落ちて薄暗くなった大通りの先に向いていた。
 レインも同じかは分からないフェリシアだが、彼は僅か2日程度の時間を思い返していた。
 青い髪の少女──レインと呼ぶ事にした彼女はきっと、フェリシアの身に何が起きているのかを知っている。
 だが彼女は話そうとしない。
 寧ろフェリシアを見る目はいつも寂しそうで、何かに期待し、そして。

「……ごめんよ」

「んー、どうかしたの。謝ってばかりだとすり減っちゃうよ~?」

 ほんの数歩、フェリシアよりも前を少女は往く。
 華奢な肩が上下するたびに揺れる、青い髪が視界に入る。

(……地元では見た事ない、水色の髪の毛)

 思えば想うほどに、フェリシアは心を締め付けられるようだった。
 ルシール、ノエル。
 そしていつかの日に犯した過ちと後悔の日々。
 忘れたい事はあっても忘れられず。そして忘れるべきではないと魂に刻んだ筈の記憶。
 レインという少女は、彼がそうして抱え込んだ内から零れ落ちた記憶なのではないかと考えていた。
 そうでもなければ説明がつかなかった。
 レインが時折、自分へ垣間見せるあの目は──深い絶望の色に染まっていたのだから。

(……凄く、綺麗な肌)

 分からない。
 勇者となってからフェリシアが頼りにして来た勘というものは、外れた試しがない。勿論その超感覚はコントロールするものではないが故に機会は常に不定期で不安定だ。
 それをもしも集中して勘に頼ろうとするなら、体感で2日か3日掛ければ或いはといったところで。レインに関してそれが働いたのは……殆どが関係ない所ばかり。
 フェリシアはレインが分からない。
 どうすればいいのか、どうしたら彼女を救えるのか。


「──難しいこと、考えてるね」

「……え?」

「ありがとう。綺麗って、言って貰えることは素直に嬉しいから」

「あ、あれ? 僕、声に出てた……かな」

「まるで心でも読まれてるみたいでしょ。ふふん、出てないって言ってあげたらどう思う?」

「やっぱり出してなかったよね、僕。君のそれって一体何なんだ?」

「言いたくないなら言わなくてもいいって、フェリシアが言ってたもんね」

 悪戯っぽく笑って、レインがフェリシアの胸板を小突いて押し返す。
 もうすぐ夜の帳が下りてしまう。
 そう気づいたのはレインの青髪がより深く、濃い空の色になっていたからだ。フェリシアは思わず突き放されてしまったようで悲しい顔になる。

「────大丈夫だよ、そんな顔をしないでフェリシア。
 君はよくがんばった。がんばってるからさ……急がなくてもいいと私は思うんだよ。
 だって、君のやりたい事はずっと終わらないんだもの。終わらせていい物かも君は分かってない。
 だったら……私は君にゆっくりと、幸福を求めて欲しいなって思ってたりする」

 ほんの瞬きの間。
 フェリシアが見失う筈のない隙間、一瞬を経て青い髪の少女は彼の目の前から消える。
 だが気配は消えてない。
 遠くにも、行ってない。

(……こんなに静かで寂しい魔法が、あるのか)

 痕跡を残さず身を隠せる魔法。それとも、目の前の人物から自身を消す魔法か。
 フェリシアは街往く人々の影と背中を一瞥してから、レインに答える。

「まだ僕は、どうしていいのか決まり切ってない。ぼんやりとしか先の事が見えなくて、怖くて──つらいから」

「あっははは。変なの、みんなそうだよ?」

「……でも、僕は君が思ってるような幸せは求めてないよ」

「ならどんな事を求めてるの?」

「僕は……」

「じゃあ、約束しようよ。まずは順番……君がしたいことをちゃんと決めて、それを私に教えてくれたらその時は私も教えてあげる」

 離れて行く。
 柔らかい気配は次第に離れ、雑踏の彼方に至るまでフェリシアが目を凝らそうと見つける事が叶わない。
 声だけが確かにフェリシアに届いて。先ほどまで一緒に歩いていた少女はその場から消えてしまった。


 気づけば。

「……」

 フェリシアは城下町を抜けて王城の砦門の前にまで歩き着いていた。
 魔王と戦った日から僅か二日余り。それがどうしてこんな事になっているのだろう。
 迷いはあっても、なお進んでしまうのは何故だろう。そう考えながらフェリシアの身体は自然と動き、迷いなく突き進んでしまっていた。
 砦門の周囲に人の気配が集まる。
 そこには敵意ではなくある種の統一された意思を感じる。彼等の中では最初からフェリシアが来ることは決まっていたのだ。
 
「行ってきます」

 思い返せば、魔王の城も王国の城も──いつも同じ思いだったとフェリシアは気づく。
 彼にとってはどちらも敵ではなく、畏怖の対象だったからだ。

(ああ……情けないな、僕は)

 独りで敵の中に入っていく事はいつだって、怖い。
 白銀の鎧を纏いし騎士達が列を成して道を開ける最中を、勇者は往く。





 王城に入って行くフェリシアを遠くから見ていたレインは、暗がりから浮かび上がるように出て来た銀髪の女性を二人従えて歩き出す。

「────いかがでしたか」

「子供みたいに怯えていたわ」

「本当に奴がフローレンスを……?」

 慣れない様子でよたよたと歩きながら首を傾げる銀髪の女は、装いを検めるように自ら手で撫で回して何かを整えるように揉んでいた。
 一方でそんな自分と同じ容姿の女を見て睨み、あからさまに不機嫌そうに息を吐いた銀髪がレインに一歩歩み寄る。

「私が彼に近づきましょうか」

「……そんな事をしなくても、彼なら思い出してくれるよ」

「何を悠長なことを! 貴女様に残された時間は無いのですよ? こうしている間にも奴らは……ッ」

「お、お母さま……どうか落ち着いて」

「やめて。お願い」

 レインが二人のうち片方の衣服に手を掛けた瞬間、夢や幻のような曖昧な姿だったレインが突然大通りの中心に現れる。同時に彼女の手先には何もない衣服だけが残され、僅かな水音だけを奏でてその場には二着分の布が散乱してしまう。
 不自然に誰も外に見なくなった王都の中で。レインは濁ったように星も見えない曇天の夜空を見上げた。


「私はただ……彼に思い出してほしい────それだけだってば」





 崩れ落ちそうになる少女は暫く天を仰いだまま。
 その身に纏う衣装や髪と同じ色の、冷たい雫を伝い流して声を漏らすのだった。

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