狙われたシーズン

紫 李鳥

文字の大きさ
1 / 3

しおりを挟む
 

 台風13号は、九州北部を直撃した。――


「はい。予約の電話はあったのですが、いらっしゃいませんでした」

 老舗旅館、〈静風〉の女将、狩野日斗美かのひとみは、聞き込みに来た藤堂とうどうに不可解な顔を向けた。

「本人からん電話ね?」

「と思います。金田猛かねだたけしやとおっしゃってましたから」

「一人ね?」

「いいえ。2名になってます」

 30代前半だろうか、深緑の付け下げに黄金色こがねいろの袋帯をした日斗美は、袖口から出した細い人差し指を予約者名簿に置いた。

 藤堂は、メモを取っている相棒の吉岡よしおかと目を合わせると、憮然ぶぜんとした。

「連絡先になってる携帯に電話したんですが、何度電話しても出なくて。――」


 猛威もういを振るった台風13号は、大きな爪痕を残し、死者2名、行方不明者3名を出した。

 3日後、〈静風〉から程近い土砂崩れを起こした山道から金田の遺体が発見された。死因は脳挫傷のうざしょう。崖から滑り落ちた時の傷と見られ、台風による事故死ということで決着した。

 だが、藤堂は納得していなかった。予約では二人となっていた。もう一人は誰だ?それに、台風が直撃しているのになぜ、わざわざ旅館まで歩きで行ったんだ?普通ならタクシーを使うか、もしくはキャンセルするはずだ。


 藤堂は、金田の身辺を調べることにした。元右翼の金田猛(42)は無職で、東京の町田に住んでいた。近所の話によると、挨拶どころか、ろくに口も利かなかったとのことだった。

「――なんだか、胡散臭うさんくさい人でしたよ。昼間からウロチョロしてて。目付きが怖くて、誰も近寄りませんよ」

 隣部屋の主婦は顔をしかめた。

「越してきたのは最近ですか?」

「いえ、2年近くになりますかしら。それまでは新宿に居たって聞きましたけど」

「一人住まいでしたか」

「住んでたのは一人でしたが、昼夜ひるよる構わず人の出入りがありましたね。何か悪い組織のアジトかしら、なんて主人と話してたんですよ」

「出入りするのは男だけ?」

「いえ、女の人も何人か居ました。昼間からいやらしい声がしてましたもん。ホステスか売春婦じゃないですかね」

「顔とか見ましたか」

「ええ、何度となく。私が知ってるのは4~5人ですかね。皆、20代の似たようなタイプで、派手な服に、きんきらきんのアクセサリーをチャラチャラさせてました」

(20代か……)

 見当をつけた回答ではなかったことに、藤堂は意気消沈した。


 藤堂は町田署と合流すると、金田の前住所の新宿に赴いた。――だが、聞き込みの結果は、町田での情報収集と然程さほどの違いはなかった。新宿のマンションを引き払ったのは、家賃滞納が理由の夜逃げだった。転居先がなぜ町田なのかは不明だった。また、生活費は情婦からのピンはねやパチンコ、麻雀や競馬などのギャンブルで稼いだ金を充てていたことが、金田をよく知るパチンコ店の店員からの情報で判明した。

 金田の関係者や、情婦とされる数名を取り調べたが、×日に九州に行った形跡はなかった。

 ……ったく、予約の連れというのは、女なのか男なのか?それと、金田の死は事故なのか事件なのか、どっちなんだ?

 折角上京したにもかかわらず徒労に終わった藤堂は、悔しがりながらも“殺し”とする刑事の勘を払拭ふっしょくできなかった。


 最初からやり直すつもりで、もう一遍、〈静風〉の女将から話を訊くことにした。

 日斗美は、【和服の似合う美人女将】という宣伝文句どおりに、前回同様、老舗の旅館に威厳とはなを添えていた。

 ところが、藤堂と目が合った途端、嫣然えんぜんとした表情から一変して、顔を強張こわばらせた。

 ……どうしたんだ?余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった具合に、平然と受け答えをしていた前回とは別人のようだ。

 だが、日斗美はすぐに表情を変え、作り笑いをすると、お辞儀をした。


「――失礼ですが、こちらにいらっしゃる前はどちらに?」

 単刀直入に訊いた。

「新宿です。東京の」

 日斗美は覚悟を決めたかのように即答した。

「金田猛はご存じでしたか?」

「いいえ」

 日斗美は、瞬き一つない目で見た。その目はまるで、ボロを出すまいと、必死に踏ん張っているように見えた。

(日斗美は金田と面識がある)

 藤堂は直感した。

「新宿では何を?」

「歌舞伎町の〈アンジュ〉というクラブに勤めていました」

 明確に物を言う日斗美の、膝に載せた両手はギュッと握られていた。それはまるで、わずかでも力を抜くと震えてしまうことを知った上での身構えのように藤堂には思えた。

「当時のお住まいは?」

「大久保通りにある、〈コーポ星野〉です」

「こちらにいらしたのはいつですか」

「2年前です」

(!……2年前?金田がまだ新宿に居た頃だ。益々、金田との繋がりが濃厚になった。さて、どうする。もう一度上京して、日斗美の当時を調べるか……)

 藤堂は、硬直した日斗美の体をほぐしてやるかのように腰を上げた。途端、ホッと息を抜く音と共に、ドンと肩の荷を下ろす音が、テーブルを挟んだ日斗美の方から聞こえた気がした。

「あっ!台風の×日、何をなさってました?」

 藤堂は振り向き様に、鋭い眼光を放った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

処理中です...