2 / 3
2
しおりを挟む不意打ちに遭って吃驚したのか、日斗美はギョッとした目を上げた。
「え?ああ、一日中接客をしてました。前日から泊まっているお客様もおられましたので」
「……そうでしたか?では、失礼します」
藤堂のその言葉が終わるのと同時に、日斗美は結んでいた口を横にほどいた。
日斗美の言ったことは本当だろう。従業員や客と口裏を合わせるには、余程の頑丈な基盤が要る。寸分の違いもなく異口同音にするのは至難の業だ。ましてや、台風の最中に外出するはずもない。やはり、金田は事故死なのだろうか……。
藤堂は、白髪まじりの洗いっぱなしの頭を掻いた。
再び上京し、日斗美が働いていたクラブや住んでいたマンションの隣人に話を訊いたが、当時の住人はおらず、結局、金田との接点を立証することはできなかった。
うむ……、俺の“刑事の勘”て言う奴も鈍ってきたか。そんなふうに結論付けながらも、胃もたれのようにスッキリしない胃袋には、まだ消化されていない残滓があった。
翌日、肝心なことを忘れていたのに気付いた。度外視していた金田の出身地だ。藤堂の頭にあった、“旅行客”というのが、金田を長崎以外の出身にしていたのだ。調べた結果、案の定、金田の出身地は長崎だった。それも、5年前まで住んでいた。つまり、5年前に上京したことになる。
金田をよく知る暴力団の組長、堀内信也から話を訊いた。
「――右翼ばやってた頃は羽振りもよく、女も2~3人おったごたぁ」
革のソファにどっしりと体を沈めた堀内は、舎弟の点けたライターの火に煙草の先を向けた。
「なして東京に行ったと?」
「金策たい。右翼ん頃、金ば使いすぎてからに事務所ば閉めたばってんが、生活に困るまでになって。ギャンブルで稼いだっちゃ高が知れとったい。右翼を諦め切れんかったとやろ。東京の町田に住んどる右翼の知り合いに会いに行ったとばってんが、思うように工面できんかったらしか。何度となく電話ばもろて、そげん言うちょった。――」
なるほど。それで町田か。だが、その前に新宿に住んでいる。
「――右翼の知り合いはあっちこっちにおるけんで、手伝いばしながら、再出発の資金稼ぎばしとったとやろ」
なるほど。新宿にも右翼の知人が居たのか。
「金田の女だが、顔ば見たら分かるね?」
「よか女ばっかやったけんで、見たら分かるばい」
堀内は含み笑いをした。
だが、日斗美の顔写真に堀内は首を横に振った。
ったく。どこで繋がっているんだ、日斗美と金田は。それとも、全く関わりがないのかな?あー、さっぱり分からん。だが、どうしても、藤堂の中の“刑事の勘”と言う奴が、日斗美と金田を結び付けていた。
そこで、“現場百遍”を試みた。土砂崩れを起こした現場には、傾いた家屋があった。
廃屋か。なんでわざわざこんな山道を通ったんだろう……。
ガタッガタッ!
人一人入れるほどの戸口をもう少し開けようと手を置いたが、歪んだ枠に挟まった戸はびくともしなかった。横向きで入ると、日当たりが悪いせいか、じめっとした空気が覆った。
ガラスが割れた窓からは、なぎ倒された木の枝葉が見えた。土間の竈は泥を被り、板の間の板は反り上がっていた。
この時、ふと思った。もしかして、金田はこの家に居たのではないかと。なんのために?雨風を凌ぐためにだ。だが、土砂崩れが起きて、反射的に外に飛び出した。そして、災難に遭った。……こうなったら、鎌をかけるか。
再度の聞き込みにうんざりするかのように、日斗美は藤堂の顔を見るなり笑顔を消した。
「――金田を知る人が、あなたと金田の関係を喋ってくれましたよ」
その作り話に、日斗美は目を見開いた。
「金田猛を知っていますよね?」
藤堂は顔を近付けると、フロントに聞こえないように低い声で言った。
目を伏せたままの日斗美は、短い沈黙の後に徐に頷いた。
「――新宿のクラブで働いていた時、他のお客さんの連れだった金田と知り合いました。けど、金田は一度しか来なかったので、店側も、顔も名前も覚えてないはずです。私もヘルプで一度ついただけなので、金田との関係は誰にも知られることはありませんでした。
金田に口説かれた私は、一年ほど付き合っていた彼と別れたばかりの寂しさもあり、電話番号を教えました。それからは、部屋に来るようになり、恋人気分でいました。金田はおしゃれで、話も面白くて、私を夢中にしました。
……けど、間もなく本性を現しました。会う度に金を要求してきたんです。金田の目的は金だと知った私は、店を辞め、マンションを引き払うと逃げるように長崎に来ました。その時、数日泊まった〈静風〉の主人に見初められ、結婚しました。
そんな時、【老舗旅館の美人女将】という特集番組に出演してほしいと、テレビ局からの依頼がありました。テレビはまずい。金田が観ている可能性がある。
しかし、客を増やしたかった私は、金田が裏番組の野球中継を観る確率に賭けました。ところが、特集が放送される日、雨で野球が中止になってしまったんです。
不安と恐怖で、私の頭は真っ白になりました。野球がない時は、金田は決まって、特集番組やドキュメンタリーを観ることを知っていたからです。
もし、強請ってきたら、逆に貶めてやろう。それでも効果がない時は、主人と離婚して、この旅館から出ていけば済むことだ。
私は覚悟をすると、開き直りました。そして、予想どおりに金田から電話が来ました。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。
【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?
雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。
理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。
クラリスはただ微笑み、こう返す。
「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」
そうして物語は終わる……はずだった。
けれど、ここからすべてが狂い始める。
*完結まで予約投稿済みです。
*1日3回更新(7時・12時・18時)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる