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しおりを挟む――果たして、松崎という刑事は、母を犯した松崎の父親なのだろうか……。それと、柴田だ。松崎と友達だったら、父親が刑事だということを知らないはずがない。なのに、そんな話は一度もなかった。自分の潔白が証明されればそれで良かったのか……。純香の頭は混乱して、収拾がつかなかった。だが、松崎刑事の息子と、柴田の友人の松崎が同一人物とは限らない。純香は自分の目で確かめることにした。
翌日、美音が友達の家に遊びに行くと、越中中島に向かった。――駅前で尋ねた〈松崎産婦人科〉は、駅裏の路地を入った雑居ビルの二階にあった。待合室には、お腹を抱えた若い妊婦が一人居るだけだった。
「柴田さーん」
看護婦に呼ばれた純香は、恐る恐る診察室に入った。そこに居たのは、柴田と同年輩の、医者らしくないスポーツ刈りの男だった。
「はい、どうぞ。初めてやけ?」
「え?」
「うちの病院ですちゃ」
ペンを動かしていた松崎は、純香を視た途端、目を丸くした。
(私に母の面影でも見たの?)
この瞬間、この医師が柴田の友人の松崎だと、純香は確信した。
「あ、はい。この近くに用事があって。帰る途中、すごく汗をかいたので、なんだか心配になって。この病院が見えたので、診てもらおうと思って」
「……初めてやけ?」
「え?」
「出産経験ですちゃ」
「え」
松崎は聴診器を腹部に当てると、落としていた視線を徐々に上げ、純香の横顔を見つめていた。不意を突いて純香が顔を向けると、松崎は慌てて目を逸らした。今度は逆に純香の方が松崎の横顔を見つめた。
(この男が母をレイプしたのか……。雅人の名前を出したらどんな反応をするだろう。岩瀬浜の話でもしてみようかしら……)
「岩瀬浜に行ったら駄目でしょうか」
「えっ?」
咄嗟に松崎が驚いた顔を向けた。
「海辺を散歩したくて」
「……まだ、危険な時期ですさかい、やめた方がいいですちゃ。順調ですよ、お腹の赤ちゃん」
松崎はそう言って、聴診器を耳から外した。――帰り際、松崎の鋭い視線を背中に感じていた。松崎は必ず、父親とコンタクトを取るはずだ。
だがそれは、以外な方向に向かっていた。
――数日後、柴田は会社に、美音は学校のプールに行っていた。郵便受けを開けると、〈柴田純香様〉と書かれた差出人のない一通の手紙があった。その、切手を貼っていない封書は、魑魅魍魎が潜む、闇に包まれた深い森を連想させた。封筒の中を覗くのが怖かった純香は、封筒の端をハサミで丁寧に切ると、逆さにしてその中身をテーブルの上に出した。
出てきた四つ折りの一枚の紙を広げると、封筒の宛名同様に、ワープロで打たれた短い文章があった。
【あなたの母親の自殺の原因はレイプではない。
あなたの父親が原因だ。あなたの父親には他に女がいた。
そのことを悩んで、あなたの母親は自殺した。】
この手紙の内容は、果たして事実なのだろうか……。そして、これを郵便受けに函れたのは誰だ?予想はつく。私の住所を知り、且つ、審らかな情報を提供できる立場にある人物。つまりは、松崎刑事しかいない。
松崎刑事に直接会って確かめるしかない。だが、どうやって。……アッ! 今日は土曜日だ。診療は午前のみだ。美音のために昼食の作り置きをすると、純香は越中中島に急いだ。――松崎産婦人科の前の物陰に隠れると、松崎医師が出てくるのを待った。
間もなく、ライトブルーのポロシャツを着た松崎医師が出てきた。純香はストローハットを目深に被ると、後を追った。松崎医師は定期で改札を抜けた。純香は急いで終点までの切符を買った。松崎医師のアイボリーのメッシュシューズを目印にすると、帽子の鍔で隠した視線をその目印に据えた。
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