愛と憎しみのバラード

紫 李鳥

文字の大きさ
2 / 3

しおりを挟む
 

 萌絵と関係ができたのは、自然の成り行きだった。“秘蔵っ子”が形を変えて、“男”になったまでのことだ。人前で呼ぶ“先生”が、ベッドの中で“モエ”に変わるだけのことだ。

 母親の裸体を想像しながら、萌絵の豊満な乳房を掴んだ。まるで、乳を欲しがる乳飲み子のように……。

 ――一次審査で初めて萌絵を視た時、俺を棄てた母親を彷彿ほうふつとさせた。

 俺の腕の中で乱れ狂う萌絵を見下ろしながら、母親を抱いているような錯覚を覚え、喚きたいほどの絶頂感に興奮した。


 歌の方は売れ行きも順調で、テレビにラジオにと出演依頼が殺到し、文字で埋まったマネージャーのスケジュール帳には立錐りっすいの余地もなかった。


「えー、本日のゲストは、『秋色のバラード』の黒木譲さんです。お忙しいところをありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます」

「いやぁ、カッコいいですね。同性の僕から見ても惚れ惚れする」

「ハハハ……ありがとうございます」

「では、早速、黒木譲さんへのおハガキをご紹介しましょう」

「あ、はい。お願いします」

「えー、ペンネーム、ミズホさんから――」

(……!?)

「『秋色のバラード』のヒット、おめでとうございます。あなたと初めて会ったのは、神奈川県の△町にある小さなお寺でしたね。あの日は雨が降っていた。あれから二十年近くになるんですね。テレビで見る度、当時のことを懐かしく思い出しています。益々のご活躍を願っています」

 それは紛れもなく、脅迫状だった。

「黒木さん、ご出身は神奈川ですか?」

「……ええ」

「では、ご近所にお住まいの女性かもしれませんね?」

「えっ?ああ。そうかもしれないけど、……誰かな?」

「謎めいてて、ミステリアスですね。では、現在、ヒットチャート独走中の『秋色のバラード』をお聴きください」


 “ミズホ”は、女の名前なんかじゃない。「松岡瑞穂」俺を養子にした住職の名前だ。……目的は金だろう。俺が捨て子だったことを強請ゆすりの材料にするつもりか。

 瑞穂に金をやれば、俺が「松岡たけし」だと認めることになる。それに一度でも金をやれば、味を占めて生涯、無心に来るに違いない。さて、どうする。……そうか、萌絵だ。萌絵に相談しよう。自分の歌を歌う売れっ子の、つ、“男”の過去を暴かれて困るのは、むしろ萌絵の方だ。


 ――その話をした時、萌絵は余程の驚きでか、目ん玉が飛び出んばかりに愕然がくぜんとした顔で俺を見つめていた。

「……分かったわ。私に任せて」

 萌絵のその言葉は、一任できるだけの力強さがあった。


 その翌日、包丁で背中を刺された瑞穂が、庫裏で倒れているのを檀家の一人が発見した。

 犯人は萌絵か?俺を護るために、いや、自分の地位と名誉のために瑞穂を殺ったんだ。

 俺の心配事は一瞬にして解決した。萌絵様のお陰で。だが、俺はそのテレビのニュースに触れなかった。萌絵との友好関係を続けるには、知らない振りをした方が得策だと判断したからだ。
 

 だが、逮捕されたのは萌絵ではなかった。第一発見者の檀家の一人だった。動機は痴情のもつれ。

 ま、どっちにしても、邪魔者は消えた。萌絵の手が汚れなかっただけでも儲けもんだ。



 ところが、脅迫は続いた。ファンレターの一枚に、

〈ツバメのおうちに早く帰っておいで〉

 と、あった。それは、紛れもなく尚美からだ。……ったく。邪魔しないって約束したじゃないか。これも萌絵に打ち明けるか。嫉妬も絡んで、萌絵は快刀乱麻の切れ味でスパッと断ってくれるに違いない。


 抱いた後、そのことを寝物語のように聴かせると、

「……もう、また?手を焼かせる問題児ね、あなたは……」

 萌絵はそう呟きながら、俺の髪を梳った。尚美がしたように。


 その後、尚美からの脅迫めいたものは一切なかった。“四海波静か”と言った具合に、穏やかな日々が続いている時だった。俺に好きな女ができた。ファンの一人で、名前を阿川由布子と言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

寄生虫の復讐 ~美咲の冷徹な一刺し~

スカッと文庫
ミステリー
「お前みたいな寄生虫はゴミだ」 10年尽くした夫・雅也から突きつけられたのは、離婚届と不倫相手。 彼は知らない。私が家を飛び出した「サカモト・ホールディングス」の令嬢であることを。 そして明日、彼が人生を賭けて挑む調印式の相手が、私の実父であることを。 どん底に叩き落とされたサレ妻による、容赦なき「経済的破滅」の復讐劇。

処理中です...