トキノクサリ

ぼを

文字の大きさ
40 / 42

人形山 -7-

しおりを挟む
 全ての燐光石の浄化が終わった。
 ウミは瞳を閉じて…安らかな表情だった。刹那、僕は、ウミが死んでしまったのではないか、と思ったが、そんな僕を察してか、ウミは口許を少し緩ませると、小声で、ぴーす、と言った。ああ、そうなんだ。もし、ウミが充分に元気であれば、きっと、あのいつもの、にひひ、という笑い方をして、ピースサインをしていたに違いないんだ。
 僕は、神主の表情を伺った。神主は、無言でゆっくりと頷いた。
「よし、行こう」
 僕はウミの背中に手を回した。もう両腕ともなかったので、できるだけ僕が前かがみになって、少しでもウミの体重が僕の背中にかかるように、背負った。ウミは…恐ろしい程に、軽くなっていた。

 僕は、ウミに負担をかけないように慎重に、しかし、できるだけ早く、山頂を目指した。念のために…何が念のためか解らないが…僕は、リュックと猟銃を、港に向かう時とおなじ様に持っていた。
 暫く歩いたところで、例の子ガラスがやってきた。背中にウミがいるので、いつものように僕の肩やリュックに落ち着くことができず、周りを飛び回っていたが、やがて、僕らを先導するかのように山頂に向かって飛び始めた。まさか、僕の意志が通じたとは思わない。けれど、以前、巨石に連れて行ってくれた時と、同じ状況だ。僕は、早足にカラスを追いかけた。
 
 やがて、山頂に到着した。
 巨石は、前回来た時と同様に、まるで小宇宙然として輝いていた。そして、空は…まさに、満点の星で埋め尽くされていた。
 僕は、巨石のトンネルの入り口のところまでくると、地面に腰を下ろした。それから、ウミを、鳥居の方が良く見えるように僕の胸部を背もたれにして、座らせてやった。僕は、ウミがまだ生きているか不安だったけれど…ゆっくりと息をしているのが解った。
「ウミ、着いたよ。見える?」
 ウミは、ふう、と、大きく息を吐いた。
「なんだか…暖かい…ね…ここ…は…。ユウくん…の体温…? それとも…。ここは…人形…山…?」
「そうだよ。人形山の山頂。そこに鳥居があるの…解るかな?」
「とりい…。そうなんだ…なんとなく…わかる…よ」
「鳥居の向こうに、星空が…広がってるんだ。突き抜けるような星空が…」
「ほしぞら…」ウミの薄っすらと開いた目から、涙が零れるのが見えた。「わたし…ここから…なら…ほしに…なれるのかな…。鳥居の…巫女…だもん…ね…」
 それから、暫く、ウミは肩を震わせて、泣いた。
「ごめん、ウミ…ごめん。もう、無理してしゃべらなくていいよ。自分の時間を、大切にしてくれ…。僕なんかの為に使っちゃだめなんだ」
「ユウ…くん…。わたし…ユウくん…が…そばにいてくれて…今…家族や…友達の事…思い…だせてる…よ…。ありが…とう」
 ああ、ダメだ、ダメだ、ウミが死んじゃう。ウミが…死んでしまう…。
「ウミ…死なないで…」僕は、ウミを抱きしめた。「死んじゃダメだ…。そうだ、しりとりだ。しりとりをしよう。ウミ、考えて。僕からね。じゃあ、ウミの『み』。『み』だよ」
「み…。み…。みらい…かな…」
「『い』ね、ええと…いかのさしみ…また『み』だ」
「ユウくん…いじわ…る…。じゃあ…みかん…」
「ウミ…お願いだ、終わらせないで…。もっと続けなきゃ…」
「…『ん』で…はじまる…ことば…あるんだった…よね…」
 ああ、そうだった。いくつかあるんだ…。ええと…。
「ええと、なんだっけ…なんだったっけ…」ぽろぽろと涙が落ちるのが、自分で解った。「なんで思い出せないんだろう。こんな時に…なんで思い出せないんだろう…情けないなあ…ウミが待ってるのに…」
「いつまでも…つづく…なんて…たいへん…だね…」ウミが言った。「ユウくん…の…なみだ…あたたかい…なあ…」
 ウミはそれから、大きく深呼吸をすると…それきり、動かなくなった…。
 僕は、何度も、ウミ、ウミ、と呼びかけた。頬を何回か叩いてみたり、首筋で脈をとったりしてみた。けれど、無駄だった…。
 鳥居に切り取られた星空は、空しくなるくらい、綺麗だった…。

 暫くそうしていたが、やがて、ウミの温もりは失われた。僕には、まだ仕事があった。
 僕は、ウミを鳥居のそばの土の上に寝かせると、リュックから折り畳み式のスコップを取り出した。それから、鳥居の真下の土を掘り始めた。黙々と、掘った。ウミを…埋葬するんだ。この、最も空に近く、もう、誰にも邪魔されない、この人形山の山頂に…。
 かなり掘り進めた時だ。スコップでかき出す土の中に…光る石のような物が見た。僕は、背筋が凍った。まさか…まさか、燐光石がまだ残っていたのか? いやもしかすると、ただ掘っていなかっただけで、人形山のどこでも、土を掘り返せば、燐光石がまだまだ出てくるのかもしれない。でも、もう浄化の巫女は…ウミはいない…。
 僕は、半ば絶望的な心境で、その光る欠片を手にとった。それは…。それは、骨だった。骨だが…動物の骨じゃない。まさか…人の…骨…?
「悪霊め!」
 僕は、一人、叫んだ。
 それから、ウミの躰を、掘った穴に収めた。その躰は、ぼんやりと発光を続けており、ともすると、まだ生命を宿しているかのようでもあった。
 暫く、横たわるウミを眺めていたが、それでもいつまでもグズグズはしていられない。僕は、ウミの上から土を被せた。
 そして、全ての土を戻し、平になった地面の上に、うつ伏せになって寝ころんだ。ウミは今、僕の真下にいる…。なんだか…その土は、少し暖かいような気がした…。

「起きなさい。おい、起きなさい」
 どうやら、そのまま眠ってしまっていたらしい。気が付くと…あたりは、朝だった。ここは…人形山の山頂…だ。
 僕は、慌てて上体を起こした。そして、声がした方を振り返った。
 そこには…大仰な防護服に身を纏った、二人の大人が立っていた。自衛隊員か…?
「ここは立ち入り禁止の筈では? なぜ、人がいるんだ…?」
 僕は呟くように、二人に向かって言った。が、二人はその言葉を無視した。
「君は、この岩が何かを知っているのか?」
 一人が訊いて来た。僕は、かぶりを振った。
「よく…知りません」
「それでは、あの娘は? どうした?」
 言われて、僕は鳥居の下を指差した。
「あそこに…埋めました」
 言うと、二人は何度か頷いた。
「そうか…。君は、もう山を降りなさい。長居すべき場所じゃない…」

 その日…学校は、普段通りだった。浄化が終わったとか、何か危機が去ったとか、そういう話は一切なかった。でも、それは仕方がなかった。そんな事、皆、本当の意味では知らないのだ。ウミが死んだ、という事は、担任の教師から告げられたが、誰もそれ以上は触れようとしなかった。
 アメリは、学校を休んでいた。野辺に理由を訊いたところ、どうやら昨日、あの後、神主は首を吊って自殺を図ったのだそうだ。たまたま発見が早かったから命は助かったが、意識状態は良くないらしい。でも…その気持ちは、とてもよく解る気がした。この島のしきたりに縛られ、古杜の家系に縛られ、人を見殺しにしなければならなかった。僕はずっと、浄化は僕とウミだけで行っている物だと考えていたが、実際は神主を始めとした、多くの人が、その試練に耐え、やり遂げたのだ。
 けれど、恐らく、もう一ヵ月もすると、誰も噴火の事や、浄化の事なんか、気にしなくなるだろう。ウミの存在だって、殆どの人々の記憶から消え去っていく。そして、次の噴火の時には、もしかすると、また同じ苦しみが繰り返されるのかもしれない。人は、嫌な事を忘れられるから、生きていける。でも、忘れたから、奪われる命だってある。

 僕には、これからまだ、為さなければならない大きな仕事がある。この、永遠の鎖を断ち切るために…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...