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第十九章 理研協約
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一九四五年八月十五日
玉音放送が流れたあの日、
国民は「戦争が終わった」と感じたが、
実際にはまだ講和交渉は始まってもいなかった。
放送の内容を正確に理解した者は少ない。
「新たなる科学の力を得たり」
その一節の真意を知る者は、皇居と理化学研究所の一部にしかいなかった。
だが結果として、日本は“使わずして終わらせた国”となった。
連合国は全面占領を避け、
「科学管理条項」を含む限定的な監視体制を敷いた。
この条項こそ、後に“理研条項”と呼ばれるものである。
終戦から数カ月後。
東京・駒込。焼け跡の理化学研究所には、
米国から派遣された科学顧問団が訪れていた。
豊橋少佐が案内を務め、仁科と通訳の美鈴が同席する。
案内を終えたあと、
ストーン博士が一枚の紙を取り出した。
それは、宮内庁経由で理研に届けられた“複写”だった。
和紙に墨で、わずか一行。
> 「原子兵器、使用を見合わせる。」
署名はなかったが、筆跡は確かに天皇のものだった。
ストーンは静かに言った。
「本物です。米軍の通訳が陛下の記録係から確認を取りました。」
仁科は目を閉じ、深く頭を垂れた。
「陛下が……止められたのですね。」
「Yes. He stopped it himself.」
その瞬間、豊橋は悟った。
玉音放送の“あの言葉”――
〈これをもって、いかなる国土の破壊にも用いず〉――
それは、科学者でも軍でもなく、
天皇自身の決断だったのだ。
一九四六年、理研は国際管理下で再建された。
仁科は理研原子力部門の責任者として残り、
美鈴は翻訳官として、各国科学者との協議にあたった。
豊橋は軍を辞し、文筆業に転じて「戦後科学の証言者」となった。
ある日、仁科の机の上に木戸内府からの封書が届いた。
中には、あの複写と同じ文字が記された短冊。
筆跡は同じで、日付が添えられていた。
> 「昭和二十年八月十四日夜」
仁科はしばらく見つめ、
静かにその紙を引き出しの奥にしまった。
「豊橋君、これをどうする?」
「公表は……しない方が良いでしょう。」
「なぜだ。」
「“陛下が止められた”と書けば、
また別の誰かが、“止めた理由”を求める。
それは論争になるだけです。」
仁科は頷いた。
「では、残す。いつか、理解される時のために。」
その小さな短冊が、後に「理研協約」草案の第一行となる。
一九五三年。
東京国会議事堂。
「理研協約」が可決される日、
仁科は傍聴席の一角にいた。
議場で朗読された第一条。
> 「科学知識の目的は、人の生と共存に限る。」
その一文を聞いた瞬間、仁科は静かに微笑んだ。
天皇の書かれた「見合わせる」という言葉が、
八年の時を経て“法”になった瞬間だった。
豊橋は隣で小声で言った。
「これでようやく、あの夜の決断が報われましたね。」
「いや、違う。」仁科は首を振った。
「報われるのは未来だ。
私たちは、その入口に立っただけだ。」
一九五五年。
京浜第一原子力発電所が点灯した日。
美鈴は制御室で計器の針を見守っていた。
豊橋が隣に立つ。
「発電、安定しています。」
「“止めた国”が、ようやく動き出しましたね。」
「ええ。でも、動かすことより、
また止められる国でありたい。」
豊橋は笑った。
「仁科先生の口癖ですね。」
「ええ。」美鈴は頷いた。
「止まる勇気を、国が持てたのは、
あの夜の一行があったからです。」
外では白い蒸気が立ち上り、
風に流されていった。
それは、かつて爆風になるはずだった空気の、
穏やかな帰結だった。
一九六〇年。
仁科芳雄、永眠。享年七十。
葬儀のあと、美鈴と豊橋は理研の庭に立った。
花の中に、仁科の机の引き出しから見つかった短冊が供えられていた。
> 「原子兵器、使用を見合わせる。」
「結局、陛下も博士も、同じことを選んだんですね。」
豊橋が言った。
「何を?」
「止まるという選択です。」
「止まることで、国を動かしたのよ。」
美鈴はそう言って、花を手向けた。
春の風が吹き抜けた。
戦争を終わらせたのは、爆発ではなく、
人間が初めて下した“停止”という決断だった。
玉音放送が流れたあの日、
国民は「戦争が終わった」と感じたが、
実際にはまだ講和交渉は始まってもいなかった。
放送の内容を正確に理解した者は少ない。
「新たなる科学の力を得たり」
その一節の真意を知る者は、皇居と理化学研究所の一部にしかいなかった。
だが結果として、日本は“使わずして終わらせた国”となった。
連合国は全面占領を避け、
「科学管理条項」を含む限定的な監視体制を敷いた。
この条項こそ、後に“理研条項”と呼ばれるものである。
終戦から数カ月後。
東京・駒込。焼け跡の理化学研究所には、
米国から派遣された科学顧問団が訪れていた。
豊橋少佐が案内を務め、仁科と通訳の美鈴が同席する。
案内を終えたあと、
ストーン博士が一枚の紙を取り出した。
それは、宮内庁経由で理研に届けられた“複写”だった。
和紙に墨で、わずか一行。
> 「原子兵器、使用を見合わせる。」
署名はなかったが、筆跡は確かに天皇のものだった。
ストーンは静かに言った。
「本物です。米軍の通訳が陛下の記録係から確認を取りました。」
仁科は目を閉じ、深く頭を垂れた。
「陛下が……止められたのですね。」
「Yes. He stopped it himself.」
その瞬間、豊橋は悟った。
玉音放送の“あの言葉”――
〈これをもって、いかなる国土の破壊にも用いず〉――
それは、科学者でも軍でもなく、
天皇自身の決断だったのだ。
一九四六年、理研は国際管理下で再建された。
仁科は理研原子力部門の責任者として残り、
美鈴は翻訳官として、各国科学者との協議にあたった。
豊橋は軍を辞し、文筆業に転じて「戦後科学の証言者」となった。
ある日、仁科の机の上に木戸内府からの封書が届いた。
中には、あの複写と同じ文字が記された短冊。
筆跡は同じで、日付が添えられていた。
> 「昭和二十年八月十四日夜」
仁科はしばらく見つめ、
静かにその紙を引き出しの奥にしまった。
「豊橋君、これをどうする?」
「公表は……しない方が良いでしょう。」
「なぜだ。」
「“陛下が止められた”と書けば、
また別の誰かが、“止めた理由”を求める。
それは論争になるだけです。」
仁科は頷いた。
「では、残す。いつか、理解される時のために。」
その小さな短冊が、後に「理研協約」草案の第一行となる。
一九五三年。
東京国会議事堂。
「理研協約」が可決される日、
仁科は傍聴席の一角にいた。
議場で朗読された第一条。
> 「科学知識の目的は、人の生と共存に限る。」
その一文を聞いた瞬間、仁科は静かに微笑んだ。
天皇の書かれた「見合わせる」という言葉が、
八年の時を経て“法”になった瞬間だった。
豊橋は隣で小声で言った。
「これでようやく、あの夜の決断が報われましたね。」
「いや、違う。」仁科は首を振った。
「報われるのは未来だ。
私たちは、その入口に立っただけだ。」
一九五五年。
京浜第一原子力発電所が点灯した日。
美鈴は制御室で計器の針を見守っていた。
豊橋が隣に立つ。
「発電、安定しています。」
「“止めた国”が、ようやく動き出しましたね。」
「ええ。でも、動かすことより、
また止められる国でありたい。」
豊橋は笑った。
「仁科先生の口癖ですね。」
「ええ。」美鈴は頷いた。
「止まる勇気を、国が持てたのは、
あの夜の一行があったからです。」
外では白い蒸気が立ち上り、
風に流されていった。
それは、かつて爆風になるはずだった空気の、
穏やかな帰結だった。
一九六〇年。
仁科芳雄、永眠。享年七十。
葬儀のあと、美鈴と豊橋は理研の庭に立った。
花の中に、仁科の机の引き出しから見つかった短冊が供えられていた。
> 「原子兵器、使用を見合わせる。」
「結局、陛下も博士も、同じことを選んだんですね。」
豊橋が言った。
「何を?」
「止まるという選択です。」
「止まることで、国を動かしたのよ。」
美鈴はそう言って、花を手向けた。
春の風が吹き抜けた。
戦争を終わらせたのは、爆発ではなく、
人間が初めて下した“停止”という決断だった。
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