星のテロメア

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第6話:シュレーディンガー

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「桜くん、精確な計算結果が出たよ」
「そ、それで…。間に合っているんでしょうか? あたしの時間は、無駄じゃなかったのかな…」
「安心していいと思うよ。計算が確かならば、まだ過ぎてはいない。間に合ってよかったねえ」
「わあ! よかったぁ! うえ~ん、ほっとしたよ~」
「人の幸福の場面に関わることができるのは、幾つになっても悪い気分ではないね。私も嬉しいよ」
「先生、何から何まで、ありがとうございます。こんな話、誰に話しても、なかなか真面目に取り合って貰えなくって…。でも、先生に出会えて良かったです」
「ふふふ。君のような若い少女に、そこまで言って貰えると、頑張った甲斐があったねえ」
「えへへ。若い…ですか」
「若いでしょう。こんなに長い間、恋人からの連絡を待ち焦がれているのだから」
「それは…そうですね。…それで、いつ、どこで待てばいいでしょうか?」
「時間は、2ヶ月後。カレンダーで言うと…この日の午後9時41分。場所はどこでもいいけれど、視界ができるだけ開けていて、空が広い場所がいいと思うよ。学校の校舎の屋上なんかいいんじゃないかな」
「2ヶ月後…。受信は? 受信は、どうすればいいでしょうか?」
「なにしろ、7世代も前の通信プロトコルだからねえ…。探すのに苦労したし、だいぶ修理したけど、受信アンテナと模倣サーバは用意できてるよ。受信したメッセージの表示は、この端末を使うといい」
「わ…懐かしい…。すごく懐かしいですね、この端末のモデル」
「君にとっては『懐かしい』なんだね。ふふふ。私にとっては、歴史の遺産の骨董品だけれどね」
「骨董品ですかあ…。あ、そうだ先生。こんなナゾナゾ、知ってますか?」
「なぞなぞ? 急だねえ。私に出題してくれるのかい?」
「ええ、先生に。だって、あたし、何年考えてもわからなかったんですもの」
「それは難問だ。どうぞ、出題してみて」
「ええっとですねえ。『1時間に50%の確率で爆発する爆弾と一緒に、1匹のネコを箱に入れたとします。1時間後、このネコは生きているでしょうか、それとも、死んでいるでしょうか』だったかな。どうですか?」
「ああ、それはシュレーディンガーの思考実験だね」
「シュレーディンガー? 先生、ご存知なんですか?」
「まあ、量子力学の有名な問題だからね」
「量子力学の…。そうだったんだ…。それで、先生? 答えはどっちなんですか? 猫は死んでいるのか、それとも生きているのか」
「桜くんは、どっちだと思ったんだい?」
「それがわからないから、先生に聞いてるんじゃないですか~」
「それはそうだけどね。でも、正解はわからなくても、どっちかを考えることはできるんじゃないかな?」
「むう…。そうですね。今まで、何回も、何回も考えてきたもんな」
「それで?」
「そりゃあ…生きててほしい、って思います」
「ふふふ。桜くんらしい回答だね。うん、私もそう思える人生の方が、ステキだと思うな」
「で、正解はどっちなんですか?」
「正解はね」
「うんうん」
「正解は『どっちでもない』だよ」
「え? どっちでも…ない? 先生、それって、回答になってません」
「そう思うのも無理はないよね。でも、どっちでもないんだ。別の言い方をすると『蓋を開けるまで、わからない』」
「蓋を開けるまでわからない…か。なんだか騙されたような気分」
「この問題の本質は、猫が死んでいるか生きているか、ではなく、猫の生死が確定したのがいつなのか、にある」
「え? だって先生。死んだのであれば、爆弾が爆発した時だし、生きているのであれば、いつ確定したかなんて…」
「誰だって、そう思うよね。でも、この問題では『蓋を開けて中身を観測した時に、猫の生死が確定した』と考える」
「わかるような、わからないような」
「でも、私にはわかったよ。このなぞなぞを桜くんに出題した人物が。これは、その人物が君に送ったメッセージなんだね。ふふふ。桜くん。そして君はまさに、その蓋を開けようとしているんじゃないのかい?」
「あたしが…ですか? そうですね…。えへへ。そうなのかも」
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