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サンタの存在証明

第6話

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 先輩の部屋を出たのは、太陽が南中を過ぎた頃だった。冬の陽射しは頼りなく、とても寒く、僕等は体を縮めながら出発した。

 駅まで歩く道すがらでも、先輩の長い緑色のツインテールは目立ち、多くの人の視線を集めた。
「ここに本物がいるのに」ミコが、わざとらしく頬を膨らまして言った。「誰も気づいてくれないなんて」
 そこまでの責任は僕には負えないな、と思いながら、この言葉が僕の無意識の本心だとしたら、やっぱりタルパを他人と共有したいんだろうな。有香だったら、理解してくれるだろうか…。

 月島からだと、池袋は、大江戸線で新宿経由の山手線だ。自分の住んでいる大田区からでもそうだが、池袋は、ちょっと遠い場所、という印象が強い。電子楽器のお店が多いのと、最近はコスプレの街としての認知もされてきている、という話は聞いている。

 件のお店は、池袋からサンシャインを右手に見ながら、更に徒歩20分くらいだった。結構遠い。しかも、裏路地のビルの2階とかだから、知らなかったら誰も気づかないだろうな。こういうお店は、一部の人間から口コミで知れ渡って行く類なんだろう。

 僕は店の前で別れようかと思ったけれど、先輩が中に招き入れようとするので、仕方なしに入る事にした。

 店内は非常に落ち着いた雰囲気で、そんなに広くなく、10人も入ったら足の踏み場がなさそうだ。壁には一面に棚が取り付けられていて、ぎっしりと同人CDで埋め尽くされていた。先輩の言っていた事が理解できた。

 既に一組のレイヤーさんが来ており、先輩は店内に入るなり、その人たちに、おっつ~、と言いながら歩み寄って行った。レイヤーの繋がりは良くわからない。きっと、僕はカメコ側だと思われているんだろうけれど、カメラ持ってないから、そうでもないか。

 先輩が他のレイヤーさんたちと会話をしている間、店内をしずしずと歩き、並んでいるCDなんかを見て回った。視聴もできるようだったけれど、長居する事になりそうだったから、やめた。

 他のレイヤーさんが集まってきた所で、段々居心地が悪くなってきたので、先輩に挨拶をして、店を出た。慣れない場所には、やはり溶け込む自信がない。
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