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サンタの存在証明
第8話
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僕も驚いた。こんな偶然って、あるだろうか? 確かに、このアーティストの楽曲に関しては、高校時代に有香と共有していた話題のひとつだった。日本のアーティストにしては珍しいアイリッシュ系の楽曲で、ファンタジー系のラノベなんか読むのに似つかわしそうな曲調は、特に当時厨二病だった僕等の心を捉えたものだ。大学に進学して、僕は一旦離れたものの、社会人になって再度聴いてみると、ある種の郷愁で以てより客観的に味わう事ができて、改めて気に入ったのだ。それで、折角東京に転勤になったのだから、と、今日、コンサートを聴きに来た。だから、可能性としては確かに0ではないのだけれども、それでも、この広い東京において、示し合わせた訳ではなく、同じ会場の隣同士に偶然居合わせ、気付くというのは、ちょっとした奇跡と言って良いかもしれない。
「そんなロマンチックな物でもないと思うよ」ミコが、わざとらしく、ぶっきらぼうに言った。「キミがこの時代に人間として産まれ落ちた確率と比較すれば、そんなの偶然じゃなくて、必然のレベルだからね」
こういう時、ミコは非常に尤もらしい事を言う…。まあ、僕の無意識の知識なんだけれど。
「1人で来たの?」
僕が有香に訊いた。有香は、少しだけ考えるように、柔らかな唇に指を当てると
「ううん、1人じゃないよ」
と言った。
「あ、じゃあ、ここに座ったらまずかったかな?」僕は、ちょっとだけ慌てて言った。有香は、ゆっくりとかぶりを振った。「じゃあ、他の席に座ってるの?」
僕の言葉に、また有香は少しだけ俯いて考えるようにすると、笑顔で僕と視線を合わせて来、うん、と首肯した。一緒に来ているのに、他の席に座ってるって、どういう関係?
でも、僕はそれ以上訊かない事にした。訊いても詮無いと思ったから。
「人妻問題は解決してなかったもんね」
反対の隣から、ミコが肘で僕を小突きながら言って来た。
でも、夫婦なのに別々の席に座るなんてあるかな? だって、僕の席は空いていたんだぜ。それに…指輪をしていない。
「まあね」ミコが言った。「そのうち、解ると思うよ」
なんだなんだ? なんでミコまで、そんな意味深な事を言うんだ?
僕の心の声に、ミコは、キシシ、と笑った。からかっているだけだろうか。
開演まで、僕等はとりとめのない話をした。前回有香に手伝ってもらった楽曲が、動画サイトではあまり伸びてない事や、でもお陰でスランプからはなんとか立ち直れた事とか。
やがてアーティストが狭い通路から登場すると、演奏が始まった。僕等が高校時代にCDとかで見たアー写から比較すると、随分と老けてはいたが、初めて眼前にするのは、なんだか感動的だった。元々、その妖精の様な声、というとあまりにもありきたりな表現だけれど、でもその形容以外にみあたらないような透き通った声は、恐らく50歳を過ぎている筈だが、顕在だった。
全てのアーティストがそうだ、という訳ではないと思うが、こういうコンサートの場合、大抵、1曲目は挨拶もなにもなしに始まる。その方が観客の立場として入り込みやすいので、個人的にはありがたいのだけれど、でもこれは一重に、やはり音楽で自己表現をするような人種は、それが自分に傾倒する観客に対してであろうとも、コミュニケーションをとる事に抵抗を感じているからではないか、と思う事がある。曲が終わって何かマイクで喋るにしても、そんなに気の利いた事は言えない。でも、観客はわざとらしく賛同するし、敢えて笑う。一見すると酔狂に伴うお追従ともとれるけれど、でも実際は観客自身が、アーティストとのコミュニケーション手段は音楽である事を理解しており、それはまた、自分の中の、その音楽と共感をしている一部、つまりは自分自身とのコミュニケーションであり、それを円滑にこの場で行う為には、アーティストの力を最大限に発揮できる環境づくりが必要で、そのために彼らも一体感を出そうと必死なのだ。
今回も、ミコがいきなり立ち上がり、それこそアーティスト本人の横に立って、ライトの明かりの許、調子に乗って歌いだすのではないか、と思ったが、それはやらなかった。というのも、楽曲が非常に異質だったからだ。例えば、13拍子の伴奏と7拍子のメロディをポリリズムで演奏し、91拍目で出会うようにする、とか。流石にここまでくると、旋律自体が、破綻はしないものの捉え難く、ほぼ現代音楽の領域だった。で、ミコの方を見ると、だらしなく口をぽかんと開けて、ほえ~、と小さく呟いていた。
「ちょっと、なんだよ~」ミコが僕の視線に気づくと、慌てた様に言った。「べつに、この拍子についていけない訳じゃないからね、インスト曲だから歌えないだけなんだから」
言いながら、ミコは腕と足を組みなおした。
「そんなロマンチックな物でもないと思うよ」ミコが、わざとらしく、ぶっきらぼうに言った。「キミがこの時代に人間として産まれ落ちた確率と比較すれば、そんなの偶然じゃなくて、必然のレベルだからね」
こういう時、ミコは非常に尤もらしい事を言う…。まあ、僕の無意識の知識なんだけれど。
「1人で来たの?」
僕が有香に訊いた。有香は、少しだけ考えるように、柔らかな唇に指を当てると
「ううん、1人じゃないよ」
と言った。
「あ、じゃあ、ここに座ったらまずかったかな?」僕は、ちょっとだけ慌てて言った。有香は、ゆっくりとかぶりを振った。「じゃあ、他の席に座ってるの?」
僕の言葉に、また有香は少しだけ俯いて考えるようにすると、笑顔で僕と視線を合わせて来、うん、と首肯した。一緒に来ているのに、他の席に座ってるって、どういう関係?
でも、僕はそれ以上訊かない事にした。訊いても詮無いと思ったから。
「人妻問題は解決してなかったもんね」
反対の隣から、ミコが肘で僕を小突きながら言って来た。
でも、夫婦なのに別々の席に座るなんてあるかな? だって、僕の席は空いていたんだぜ。それに…指輪をしていない。
「まあね」ミコが言った。「そのうち、解ると思うよ」
なんだなんだ? なんでミコまで、そんな意味深な事を言うんだ?
僕の心の声に、ミコは、キシシ、と笑った。からかっているだけだろうか。
開演まで、僕等はとりとめのない話をした。前回有香に手伝ってもらった楽曲が、動画サイトではあまり伸びてない事や、でもお陰でスランプからはなんとか立ち直れた事とか。
やがてアーティストが狭い通路から登場すると、演奏が始まった。僕等が高校時代にCDとかで見たアー写から比較すると、随分と老けてはいたが、初めて眼前にするのは、なんだか感動的だった。元々、その妖精の様な声、というとあまりにもありきたりな表現だけれど、でもその形容以外にみあたらないような透き通った声は、恐らく50歳を過ぎている筈だが、顕在だった。
全てのアーティストがそうだ、という訳ではないと思うが、こういうコンサートの場合、大抵、1曲目は挨拶もなにもなしに始まる。その方が観客の立場として入り込みやすいので、個人的にはありがたいのだけれど、でもこれは一重に、やはり音楽で自己表現をするような人種は、それが自分に傾倒する観客に対してであろうとも、コミュニケーションをとる事に抵抗を感じているからではないか、と思う事がある。曲が終わって何かマイクで喋るにしても、そんなに気の利いた事は言えない。でも、観客はわざとらしく賛同するし、敢えて笑う。一見すると酔狂に伴うお追従ともとれるけれど、でも実際は観客自身が、アーティストとのコミュニケーション手段は音楽である事を理解しており、それはまた、自分の中の、その音楽と共感をしている一部、つまりは自分自身とのコミュニケーションであり、それを円滑にこの場で行う為には、アーティストの力を最大限に発揮できる環境づくりが必要で、そのために彼らも一体感を出そうと必死なのだ。
今回も、ミコがいきなり立ち上がり、それこそアーティスト本人の横に立って、ライトの明かりの許、調子に乗って歌いだすのではないか、と思ったが、それはやらなかった。というのも、楽曲が非常に異質だったからだ。例えば、13拍子の伴奏と7拍子のメロディをポリリズムで演奏し、91拍目で出会うようにする、とか。流石にここまでくると、旋律自体が、破綻はしないものの捉え難く、ほぼ現代音楽の領域だった。で、ミコの方を見ると、だらしなく口をぽかんと開けて、ほえ~、と小さく呟いていた。
「ちょっと、なんだよ~」ミコが僕の視線に気づくと、慌てた様に言った。「べつに、この拍子についていけない訳じゃないからね、インスト曲だから歌えないだけなんだから」
言いながら、ミコは腕と足を組みなおした。
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