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そよよ
第9話
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僕は、ミコに引かれて、闇の隙間の中に足を踏み入れた。
そして、すぐに、その横幅数十センチの道筋は、奥の建物の壁面で以て行き止まりとなっている事に気づいた。つまり、奥行きはそんなにない。それから、真昼間にも関わらず吸い込まれるような暗がりの中に、小さな提灯が幾つも吊り下げられており、煌々としているのが解った。
進んだのは、ほんの数歩だったかもしれない。すぐに、その人ひとり分の肩幅くらいしかない通路の奥の左壁面に、狐の石像が一対、つまり、稲荷神社がある事に気づいた。壁面は朱に塗られ、賽銭箱も設えてある。
僕は、ミコと並んで、稲荷と対峙した。妙な印象だった。小路の方を見遣ると、対照的に両壁面に切り取られて明るく、あちらの方が別世界の様に思われた。鳥居も何もあった物じゃない。ほんの数メートルの異世界への入口。
ミコは、どこから取り出したのか、十円玉数枚と五円玉を賽銭箱に放り投げると、願い事をし始めた。僕も、いそいそと財布を出すと、適当に小銭を放り投げた。ところで、何の神様なんだっけ?
「恋愛だよ」ミコが言った。「だからボクは、四十五円を入れました~」
いつの時代の住民だよ。思わず突っ込まずにはいられなかった。
神社等を散策する時は、僕は必ず、下げられている絵馬に目を通す事を習慣としている。単純に、そこに錯綜する他人の人生を想像する事に趣を感じる、という事もあるが、一番の目的は、絵馬を見る事でその神社の縁や来歴を偲ぶ事が出来るからだ。しかし、当然、この小さな稲荷神社には、絵馬などはない。
僕は、もう少しだけ、この大都会のマヨイガに逗留したく思ったが、なんだか本当に現世に戻れなくなるような妙な感覚を覚え、明かりの方に出る事にした。
小路に出て、僕は小さく溜息をついた。
「なにが、気さく、だよ」
僕が言った。ミコはキシシ、と笑った。が、何も答えなかった。
どう考えても、僕がここに来るのは始めてだ。似た様な場所を過去に経験した、という記憶もない。デジャヴ的錯覚もない。じゃあ、なんでミコは僕をここに連れてくる事が出来たんだろう。原則、僕の脳内にある情報以外の事をミコは知らない。それこそ、フロイトかユングが言うような、人類共通の原始記憶のような反駁の難しい思想を無分別に肯定しなければ、説明ができない。
有香との記憶で、神社は何か関係あっただろうか? 初めて手を繋いだ場所とか…違う。告白されたとか、したとか…という訳でもなかった筈。
「あ」僕は、不意に声に出して呟いてしまった。「そうか。思い出した」
僕の言葉に、ミコは、微笑みで返した。僕は、小さく一度、頷いた。
高校時代、有香と初めてキスをしたのは、学校近くの神社か何かではなかっただろうか。裏に山を抱えた大きな神社だった筈だけれど、キスをする時は、こそこそと狛犬とか石垣とか、そういう物の隙間に潜んだような記憶がある。つまり、同じようなイメージの場所で僕等はキスをした訳で、その印象をミコの手に依って辿っている、という事だ。
「意外と、忘れているもんだね」僕が言った。「あの時は、大切な思い出だったんだろうけれどね」
「大丈夫だよ」ミコが言った。「キミが忘れても、ボクは覚えているもの」
そして、すぐに、その横幅数十センチの道筋は、奥の建物の壁面で以て行き止まりとなっている事に気づいた。つまり、奥行きはそんなにない。それから、真昼間にも関わらず吸い込まれるような暗がりの中に、小さな提灯が幾つも吊り下げられており、煌々としているのが解った。
進んだのは、ほんの数歩だったかもしれない。すぐに、その人ひとり分の肩幅くらいしかない通路の奥の左壁面に、狐の石像が一対、つまり、稲荷神社がある事に気づいた。壁面は朱に塗られ、賽銭箱も設えてある。
僕は、ミコと並んで、稲荷と対峙した。妙な印象だった。小路の方を見遣ると、対照的に両壁面に切り取られて明るく、あちらの方が別世界の様に思われた。鳥居も何もあった物じゃない。ほんの数メートルの異世界への入口。
ミコは、どこから取り出したのか、十円玉数枚と五円玉を賽銭箱に放り投げると、願い事をし始めた。僕も、いそいそと財布を出すと、適当に小銭を放り投げた。ところで、何の神様なんだっけ?
「恋愛だよ」ミコが言った。「だからボクは、四十五円を入れました~」
いつの時代の住民だよ。思わず突っ込まずにはいられなかった。
神社等を散策する時は、僕は必ず、下げられている絵馬に目を通す事を習慣としている。単純に、そこに錯綜する他人の人生を想像する事に趣を感じる、という事もあるが、一番の目的は、絵馬を見る事でその神社の縁や来歴を偲ぶ事が出来るからだ。しかし、当然、この小さな稲荷神社には、絵馬などはない。
僕は、もう少しだけ、この大都会のマヨイガに逗留したく思ったが、なんだか本当に現世に戻れなくなるような妙な感覚を覚え、明かりの方に出る事にした。
小路に出て、僕は小さく溜息をついた。
「なにが、気さく、だよ」
僕が言った。ミコはキシシ、と笑った。が、何も答えなかった。
どう考えても、僕がここに来るのは始めてだ。似た様な場所を過去に経験した、という記憶もない。デジャヴ的錯覚もない。じゃあ、なんでミコは僕をここに連れてくる事が出来たんだろう。原則、僕の脳内にある情報以外の事をミコは知らない。それこそ、フロイトかユングが言うような、人類共通の原始記憶のような反駁の難しい思想を無分別に肯定しなければ、説明ができない。
有香との記憶で、神社は何か関係あっただろうか? 初めて手を繋いだ場所とか…違う。告白されたとか、したとか…という訳でもなかった筈。
「あ」僕は、不意に声に出して呟いてしまった。「そうか。思い出した」
僕の言葉に、ミコは、微笑みで返した。僕は、小さく一度、頷いた。
高校時代、有香と初めてキスをしたのは、学校近くの神社か何かではなかっただろうか。裏に山を抱えた大きな神社だった筈だけれど、キスをする時は、こそこそと狛犬とか石垣とか、そういう物の隙間に潜んだような記憶がある。つまり、同じようなイメージの場所で僕等はキスをした訳で、その印象をミコの手に依って辿っている、という事だ。
「意外と、忘れているもんだね」僕が言った。「あの時は、大切な思い出だったんだろうけれどね」
「大丈夫だよ」ミコが言った。「キミが忘れても、ボクは覚えているもの」
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