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そよよ
第13話
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インターフォンが鳴る頃、ミコは、じゃあね、と笑顔で手を振ってから、トイレの中へ消えていった。僕は少し唖然としながら、無言で、閉められた扉に小さく手を振った。
2回目のインターフォンで我に返って、僕はロビーのオートロックを外した。
玄関のドアを開けると、笑顔で佇む有香の息は、白かった。僕は、外は寒いね、とか、雪が降るかもね、とか、とりとめのない話をしながら、彼女を部屋の中に招き入れた。有香は、誰もいない部屋に向かって、おじゃましま~す、と呟きながら、靴を脱いだ。
「あ」有香が言った。「今日は片付いてるんだ」
前は散らかってたっけ?
僕は彼女の言葉に微笑しながら、彼女からコートを受け取り、ベッドに腰かける様に仕草で指示した。有香は、シンプルな図柄のエコバッグ、それは大きく膨らんでいるが、を、置き場所に迷う様に数度顔をあちこちに振ってから、フロアに置いた。
「最近も、何か曲を作ってるの?」
有香は、テーブルの上の、起動したままのPCに目を遣り、訊いて来た。僕は、ああ、シャットダウンしてなかったっけ、と言いながら、そうだよ、と答えた。
「タイトルは?」
有香が言った。
「そよよ、かな」
「歌詞は?」
「まだだよ」僕はわざとらしく笑顔を作った。「君が考えてくれる?」
有香も笑った。
「歌詞はないのに、タイトルだけ決まってるなんて、変なの」
でも、僕は、大抵の場合、先にタイトルだけ決めてるな。
「曲はできてるの?」
「大体ね」
「じゃあ、聴かせてくれる?」
僕は首肯すると、Cubaseを起動し、楽曲ファイルが開いたのを確認してからスピーカの音量を上げ、スペースバーを押した。
有香は、小さく体を揺らしながら前奏に聴き入ると、メロディを、まるで聴いた事があるかのように、ハミングで辿り出した。僕はそれで、驚いてしまったが、表情に出さないようにした。
「…きれいな旋律」有香が言った。「明るい曲なのに、なんだか寂しげにも聴こえるね」
有香は、フロアに立っている僕の顔を見上げながら、言った。僕は、無言で頷いた。
僕達の間で、楽曲がBGMになった頃、有香は思い出した様にエコバッグに手を入れると、ワイングラス2つと、ワインボトルを1本取り出した。
「準備がいいね」僕が言った。「ワイングラスなんて持ってないから、助かったよ」
僕の言葉に、有香は目を細め、歯を見せて笑った。
「あ、いけない」有香が言った。「前言撤回して。栓抜き忘れちゃった」
僕はキッチンへ行き、食器類を無造作に突っ込んだ抽斗を開けると、コルクスクリューを探した。少し錆びた、缶切りと一体になっている物が見つかったので、それでコルクを抜く事にした。
「お酒、強いんだっけ?」
僕が訊いた。有香は、ううん、と言いながら、かぶりを振った。
「普段はあまり、というか殆ど飲む機会はないかな」
「じゃあ、このワインはどうしたの?」
有香は、恥かしそうに頬を染めながら、笑顔を作った。
「笑わないって、約束できる?」
そんな話?
僕は首肯した。
「去年の、わたしの誕生日にね…」有香が言った。「先輩のタルパと飲もうと思って…」
ああ…自分で買ったって事か…。
僕は、彼女を少し哀れに思ったが、中高生の少女の様に、無邪気で屈託のない笑顔を見せる彼女に、同時に妙な安堵感も覚えた。
僕はコルクを抜くと、ボトルを有香に渡した。有香は、抜いたコルクを鼻に近づけると、香りを嗅いで見せた。何か意味のある行為なのかな。それからボトルを傾けると、グラスに少量だけ注いで、匂いを嗅いだり、口に含んだりした。
「うん、このままで大丈夫そうだね」
有香が言った。僕は、感心する様な表情を彼女に向けた。
「有香って、ワイン詳しいんだ…」
有香は少し慌てるようにしながら、首を横に振った。
「うん…でも、先輩よりは詳しいかもね」
言いながら、有香は、2つのグラスにワインを注いだ。赤ワインの、酸味と渋みを合わせたような香りが広がってくるのが解った。
「じゃあ」有香が、グラスを持って言った。僕もグラスを持った。「乾杯っ!」
「あ、待って」僕は彼女を制した。有香は一瞬、キョトンとした表情を見せた。僕は笑顔を作った。「誕生日、おめでとう…だよね?」
有香は、僕の言葉に、満面の笑みで以て答え、それから、うん、と言った。そして、僕等はグラスを合わせると、ワインを飲んだ。僕は、目を閉じてワインを飲む有香を見て、漠然と、そういえば有香が飲食するのを見るのは、再会してから初めてな気がするな、と思った。
2回目のインターフォンで我に返って、僕はロビーのオートロックを外した。
玄関のドアを開けると、笑顔で佇む有香の息は、白かった。僕は、外は寒いね、とか、雪が降るかもね、とか、とりとめのない話をしながら、彼女を部屋の中に招き入れた。有香は、誰もいない部屋に向かって、おじゃましま~す、と呟きながら、靴を脱いだ。
「あ」有香が言った。「今日は片付いてるんだ」
前は散らかってたっけ?
僕は彼女の言葉に微笑しながら、彼女からコートを受け取り、ベッドに腰かける様に仕草で指示した。有香は、シンプルな図柄のエコバッグ、それは大きく膨らんでいるが、を、置き場所に迷う様に数度顔をあちこちに振ってから、フロアに置いた。
「最近も、何か曲を作ってるの?」
有香は、テーブルの上の、起動したままのPCに目を遣り、訊いて来た。僕は、ああ、シャットダウンしてなかったっけ、と言いながら、そうだよ、と答えた。
「タイトルは?」
有香が言った。
「そよよ、かな」
「歌詞は?」
「まだだよ」僕はわざとらしく笑顔を作った。「君が考えてくれる?」
有香も笑った。
「歌詞はないのに、タイトルだけ決まってるなんて、変なの」
でも、僕は、大抵の場合、先にタイトルだけ決めてるな。
「曲はできてるの?」
「大体ね」
「じゃあ、聴かせてくれる?」
僕は首肯すると、Cubaseを起動し、楽曲ファイルが開いたのを確認してからスピーカの音量を上げ、スペースバーを押した。
有香は、小さく体を揺らしながら前奏に聴き入ると、メロディを、まるで聴いた事があるかのように、ハミングで辿り出した。僕はそれで、驚いてしまったが、表情に出さないようにした。
「…きれいな旋律」有香が言った。「明るい曲なのに、なんだか寂しげにも聴こえるね」
有香は、フロアに立っている僕の顔を見上げながら、言った。僕は、無言で頷いた。
僕達の間で、楽曲がBGMになった頃、有香は思い出した様にエコバッグに手を入れると、ワイングラス2つと、ワインボトルを1本取り出した。
「準備がいいね」僕が言った。「ワイングラスなんて持ってないから、助かったよ」
僕の言葉に、有香は目を細め、歯を見せて笑った。
「あ、いけない」有香が言った。「前言撤回して。栓抜き忘れちゃった」
僕はキッチンへ行き、食器類を無造作に突っ込んだ抽斗を開けると、コルクスクリューを探した。少し錆びた、缶切りと一体になっている物が見つかったので、それでコルクを抜く事にした。
「お酒、強いんだっけ?」
僕が訊いた。有香は、ううん、と言いながら、かぶりを振った。
「普段はあまり、というか殆ど飲む機会はないかな」
「じゃあ、このワインはどうしたの?」
有香は、恥かしそうに頬を染めながら、笑顔を作った。
「笑わないって、約束できる?」
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僕は首肯した。
「去年の、わたしの誕生日にね…」有香が言った。「先輩のタルパと飲もうと思って…」
ああ…自分で買ったって事か…。
僕は、彼女を少し哀れに思ったが、中高生の少女の様に、無邪気で屈託のない笑顔を見せる彼女に、同時に妙な安堵感も覚えた。
僕はコルクを抜くと、ボトルを有香に渡した。有香は、抜いたコルクを鼻に近づけると、香りを嗅いで見せた。何か意味のある行為なのかな。それからボトルを傾けると、グラスに少量だけ注いで、匂いを嗅いだり、口に含んだりした。
「うん、このままで大丈夫そうだね」
有香が言った。僕は、感心する様な表情を彼女に向けた。
「有香って、ワイン詳しいんだ…」
有香は少し慌てるようにしながら、首を横に振った。
「うん…でも、先輩よりは詳しいかもね」
言いながら、有香は、2つのグラスにワインを注いだ。赤ワインの、酸味と渋みを合わせたような香りが広がってくるのが解った。
「じゃあ」有香が、グラスを持って言った。僕もグラスを持った。「乾杯っ!」
「あ、待って」僕は彼女を制した。有香は一瞬、キョトンとした表情を見せた。僕は笑顔を作った。「誕生日、おめでとう…だよね?」
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