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第四話 泡沫の恋、空が濁る日
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セレスティアラは自室で黙々と、針を動かしていた。
(新しいものをお渡しします……なんて言った手前、バックれるわけには参りませんわ! それに、あんなに喜んでくれたのは、オーシャノス殿下だけでしたもの……)
ふぅ、と重いため息がこぼれる。スカイフォール様には、存在ごとゴミ箱にシュートされたからね。泣いてない、泣いてないわよ。
薄水色の布地に、ブルースターの花を刺繍する。花言葉は『信じあう心』。
そして中には、海辺に咲くハマナスの花弁と、アクアマリンの小石をそっと忍ばせた。
「よし、完璧! これなら海国の王子様への贈り物として、センス合格点のはずですわ!」
私は香り袋を握りしめ、オーシャノス殿下が滞在しているフロレスタ王城へと向かった。
現在、ゲームのシナリオ通りなら、ここ王城にはメインヒーローのスカイフォール様と、サブヒーローのオーシャノス殿下が揃い踏みしている。
つまり、本来ならヒロイン・アリシアを巡って火花を散らしている真っ最中なのだ。
(懐かしいわね……前世でスマホの画面をタップしまくっていたあの頃……。今はそのド修羅場の真っ只中にいるわけだけど!)
王城の中でも、最も海に近い庭園。そこに彼はいた。
潮風にたなびく海色の髪。太陽を反射して煌めく琥珀色の瞳。
……美しすぎて、もはや背景から発光している。
「あの……えっと……! 昨日お約束した、香り袋を持って参りました!」
恐る恐る差し出すと、殿下はパァァッ!と顔を輝かせた。
「作ってくれたの!? 僕のために!? こんなに素敵なものを!」
「あ、あまり上手くはないので……もしアレでしたら、その、メルカリ……じゃなくて、捨ててくださって結構ですので!」
少し照れながら言う私に、彼は信じられないという顔をした。
「どうして捨てるのさ! この香りはハマナスだね。刺繍もブルースターだ。……ふふ、なんだか故郷のマリナリスにいるみたいだよ」
嬉しそうに話す彼が、なんだか寂しがっている大型犬のように見えてしまった。
王太子としての責任を背負い、慣れない陸国で頑張っている彼。
気づけば私は、つい殿下の頭を「よしよし」と撫でてしまっていた。
「はっ……!! も、申し訳ありません!! オーシャノス殿下がとても可愛く見えてしまって、つい……! 王太子の頭を撫でるなんて、打ち首獄門級の不敬ですわ! さあ、私の首を差し出します!」
鮮やかなスライディング土下座をかます私を見て、殿下は吹き出した。
「ふふ、顔を上げてよ。そんなことで怒らないよ。……『可愛い』と言われるのは不服だけどね?」
「本当にすみません……」
「気にしないで。君のおかげで、心が安らいだ。ありがとう、セレスティアラ。大切にするね」
その笑顔が、どこか切なげに見えた。
けれど、自分が心を込めたものを大切にしてもらえる喜びは、何物にも代えがたかった。
私は殿下と別れた後、久しぶりにふんふん♪と鼻歌を歌いながら廊下を歩いていた。
(よし、せっかくお城に来たんだし、スカイフォール様にご挨拶して帰りましょう!)
ルンルン気分でスカイフォール様の自室に向かった私だが、扉の近くで足が止まった。
中から、楽しそうな男女の声が聞こえてくる。
「殿下ぁ♡ いつ、セレスティアラ様とは別れてくださるの? 私をエリアルの王妃にしてくれるのでしょう?」
「もちろんだ。アリシア、君こそが僕の隣にふさわしい。父上にもそう伝えた。近いうちに、セレスティアラとは婚約破棄になる」
(えっ……?)
隙間から覗いた先には、ソファで固く抱き合う二人。
「愛しているのは、君だけだ」
「ふふ、私もですわ」
……そのまま、二人は深く口づけを交わした。
頭を殴られたような衝撃だった。
わかっていた。シナリオ通りなのはわかっていたけれど、やっぱり私の「推し」への恋心は、ズタズタに引き裂かれた。
私は声も出せず、ただ脱兎のごとくその場を走り去った。
視界が涙で歪んで、足元がおぼつかない。
ポロリとこぼれた真珠のような涙が、床に落ちる。
それを、そっと指ですくう影があった。
オーシャノスは、懐にセレスティアラの香り袋を大切にしまい込み、暗い情念を瞳に宿して彼女の背中を見つめていた。
「……僕なら、君を泣かせたりしないのに」
彼は指先に付いた彼女の涙を、愛おしげに見つめる。
「今すぐにでも、あの男から君を奪い去りたい。……いや、もうすぐだ。もうすぐ、君は自由(僕のもの)になる」
その声は、深海の底のように、暗く、重く、どこまでも冷徹だった。
(新しいものをお渡しします……なんて言った手前、バックれるわけには参りませんわ! それに、あんなに喜んでくれたのは、オーシャノス殿下だけでしたもの……)
ふぅ、と重いため息がこぼれる。スカイフォール様には、存在ごとゴミ箱にシュートされたからね。泣いてない、泣いてないわよ。
薄水色の布地に、ブルースターの花を刺繍する。花言葉は『信じあう心』。
そして中には、海辺に咲くハマナスの花弁と、アクアマリンの小石をそっと忍ばせた。
「よし、完璧! これなら海国の王子様への贈り物として、センス合格点のはずですわ!」
私は香り袋を握りしめ、オーシャノス殿下が滞在しているフロレスタ王城へと向かった。
現在、ゲームのシナリオ通りなら、ここ王城にはメインヒーローのスカイフォール様と、サブヒーローのオーシャノス殿下が揃い踏みしている。
つまり、本来ならヒロイン・アリシアを巡って火花を散らしている真っ最中なのだ。
(懐かしいわね……前世でスマホの画面をタップしまくっていたあの頃……。今はそのド修羅場の真っ只中にいるわけだけど!)
王城の中でも、最も海に近い庭園。そこに彼はいた。
潮風にたなびく海色の髪。太陽を反射して煌めく琥珀色の瞳。
……美しすぎて、もはや背景から発光している。
「あの……えっと……! 昨日お約束した、香り袋を持って参りました!」
恐る恐る差し出すと、殿下はパァァッ!と顔を輝かせた。
「作ってくれたの!? 僕のために!? こんなに素敵なものを!」
「あ、あまり上手くはないので……もしアレでしたら、その、メルカリ……じゃなくて、捨ててくださって結構ですので!」
少し照れながら言う私に、彼は信じられないという顔をした。
「どうして捨てるのさ! この香りはハマナスだね。刺繍もブルースターだ。……ふふ、なんだか故郷のマリナリスにいるみたいだよ」
嬉しそうに話す彼が、なんだか寂しがっている大型犬のように見えてしまった。
王太子としての責任を背負い、慣れない陸国で頑張っている彼。
気づけば私は、つい殿下の頭を「よしよし」と撫でてしまっていた。
「はっ……!! も、申し訳ありません!! オーシャノス殿下がとても可愛く見えてしまって、つい……! 王太子の頭を撫でるなんて、打ち首獄門級の不敬ですわ! さあ、私の首を差し出します!」
鮮やかなスライディング土下座をかます私を見て、殿下は吹き出した。
「ふふ、顔を上げてよ。そんなことで怒らないよ。……『可愛い』と言われるのは不服だけどね?」
「本当にすみません……」
「気にしないで。君のおかげで、心が安らいだ。ありがとう、セレスティアラ。大切にするね」
その笑顔が、どこか切なげに見えた。
けれど、自分が心を込めたものを大切にしてもらえる喜びは、何物にも代えがたかった。
私は殿下と別れた後、久しぶりにふんふん♪と鼻歌を歌いながら廊下を歩いていた。
(よし、せっかくお城に来たんだし、スカイフォール様にご挨拶して帰りましょう!)
ルンルン気分でスカイフォール様の自室に向かった私だが、扉の近くで足が止まった。
中から、楽しそうな男女の声が聞こえてくる。
「殿下ぁ♡ いつ、セレスティアラ様とは別れてくださるの? 私をエリアルの王妃にしてくれるのでしょう?」
「もちろんだ。アリシア、君こそが僕の隣にふさわしい。父上にもそう伝えた。近いうちに、セレスティアラとは婚約破棄になる」
(えっ……?)
隙間から覗いた先には、ソファで固く抱き合う二人。
「愛しているのは、君だけだ」
「ふふ、私もですわ」
……そのまま、二人は深く口づけを交わした。
頭を殴られたような衝撃だった。
わかっていた。シナリオ通りなのはわかっていたけれど、やっぱり私の「推し」への恋心は、ズタズタに引き裂かれた。
私は声も出せず、ただ脱兎のごとくその場を走り去った。
視界が涙で歪んで、足元がおぼつかない。
ポロリとこぼれた真珠のような涙が、床に落ちる。
それを、そっと指ですくう影があった。
オーシャノスは、懐にセレスティアラの香り袋を大切にしまい込み、暗い情念を瞳に宿して彼女の背中を見つめていた。
「……僕なら、君を泣かせたりしないのに」
彼は指先に付いた彼女の涙を、愛おしげに見つめる。
「今すぐにでも、あの男から君を奪い去りたい。……いや、もうすぐだ。もうすぐ、君は自由(僕のもの)になる」
その声は、深海の底のように、暗く、重く、どこまでも冷徹だった。
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