7 / 7
第六話 深海に灯る、琥珀色の誓い
しおりを挟む
マリナリス王宮、最深部。
そこは、海国の王族にしか立ち入りを許されない聖域である。
オーシャノスは、腕の中で意識を失っているセレスティアラを、真珠色に輝く美しい貝殻のベッドへとそっと横たえた。
陸の服は、魔法で柔らかな海国の衣へと変えてある。
月光を反射する群青の髪、長い睫毛に縁取られた瞼。
彼はその白い頬を、壊れ物を扱うような手つきで愛おしげになぞった。
「……もう、誰にも渡さない。君は、僕だけのものだ」
琥珀色の瞳が、昏い情熱を帯びて細められる。
ずっと昔から、僕は「余り物」だった。
エリアル王国のスカイフォール、フロレスタのアリシア。幼馴染だった三人の仲で、水のない陸の生活に馴染めず、いつも体調を崩していたのは僕だ。
アリシアは優しく看病してくれた。彼女は僕の光だった。
けれど、スカイフォールは僕を「体の弱い哀れな王子」と見下すようになり、二人は僕を置いて恋の駆け引きに耽るようになった。
二人の幸せのために身を引こう。そう決めてマリナリスへ一時帰還していた間に、二人の仲は決定的なものになっていた。
(胸が張り裂けそうだった。……あの日、彼女に会うまでは)
セレスティアラ・オーシャンブルー。
高飛車でプライドが高く、人を見下す悪女。それが巷の噂だった。
だが、僕には分かっていた。彼女の瞳の奥に、僕と同じ「孤独の匂い」が混じっていることを。
彼女は優秀すぎた。
スカイフォールが王太子として恥ずかしくないよう、厳しい妃教育も淡々とこなし、彼に苦言を呈した。アリシアに対しても、一国の姫としての礼儀作法を厳しく説いた。
スカイフォールは彼女を「嫉妬に狂った悪女」と呼び、アリシアは泣いて僕に助けを求めた。
けれど、僕は彼女を責める気にはなれなかった。彼女の言っていることは常に正論で、そこには誰かを貶めようとする悪意など微塵もなかったからだ。
むしろ、彼女が二人の恋の「壁」になったことで、スカイフォールたちは悲劇の主人公気取りで燃え上がった。
婚約者がいる身で他の女に溺れる男と、それを承知で突き進む女。
そんな醜い恋のために、なぜ彼女が犠牲にならなければならないのか。
あの日、僕が死にかけていた時……君が命を繋いでくれた瞬間、僕の中の海が叫んだんだ。『この人だ』と。君こそが、僕の運命の人だと。
それからというもの、僕の目に映るのはアリシアではなく、セレスティアラ、君だけになった。
スカイフォールに振り向いてもらおうと不器用に頑張る君が、たまらなく愛おしかった。
彼が君の香り袋を払いのけた時、僕は怒りでその顔を殴り飛ばしたい衝動を、必死で抑え込んだ。
君が僕のために作ってくれた香り袋。
ハマナスの香りとブルースターの刺繍。君に頭を撫でられた時、今まで否定され続けてきた自分の存在すべてが肯定されたような気がして……不覚にも、心臓が跳ねた。
なのに、あの人たちは君を泣かせた。
スカイフォールとアリシアが口づけを交わすのを見て、君が流した真珠のような涙。
「……僕なら、君を泣かせたりしないのに」
あの時、決めたんだ。
君を奪い去り、自由にしてあげようと。
案の定、君は謂れのない罪を着せられ、すべてを失った。
けれど君は絶望の中でも、生きるために走った。あんなに高い崖から、海へ飛び込むほどに。
「おかえり、セレスティアラ。ここはもう、君を傷つけるものは誰もいない」
オーシャノスは、眠る彼女の額にそっと唇を落とした。
幸せになるために生まれてきたはずの君が、これ以上一滴の涙も流さなくていいように。
これから君が綴る物語のすべてを、僕が幸せだけで満たしてみせる。
「愛しているよ。僕の、唯一の女神様……」
静かな王宮に、主の歓喜に呼応するように穏やかな潮騒が満ちていった。
そこは、海国の王族にしか立ち入りを許されない聖域である。
オーシャノスは、腕の中で意識を失っているセレスティアラを、真珠色に輝く美しい貝殻のベッドへとそっと横たえた。
陸の服は、魔法で柔らかな海国の衣へと変えてある。
月光を反射する群青の髪、長い睫毛に縁取られた瞼。
彼はその白い頬を、壊れ物を扱うような手つきで愛おしげになぞった。
「……もう、誰にも渡さない。君は、僕だけのものだ」
琥珀色の瞳が、昏い情熱を帯びて細められる。
ずっと昔から、僕は「余り物」だった。
エリアル王国のスカイフォール、フロレスタのアリシア。幼馴染だった三人の仲で、水のない陸の生活に馴染めず、いつも体調を崩していたのは僕だ。
アリシアは優しく看病してくれた。彼女は僕の光だった。
けれど、スカイフォールは僕を「体の弱い哀れな王子」と見下すようになり、二人は僕を置いて恋の駆け引きに耽るようになった。
二人の幸せのために身を引こう。そう決めてマリナリスへ一時帰還していた間に、二人の仲は決定的なものになっていた。
(胸が張り裂けそうだった。……あの日、彼女に会うまでは)
セレスティアラ・オーシャンブルー。
高飛車でプライドが高く、人を見下す悪女。それが巷の噂だった。
だが、僕には分かっていた。彼女の瞳の奥に、僕と同じ「孤独の匂い」が混じっていることを。
彼女は優秀すぎた。
スカイフォールが王太子として恥ずかしくないよう、厳しい妃教育も淡々とこなし、彼に苦言を呈した。アリシアに対しても、一国の姫としての礼儀作法を厳しく説いた。
スカイフォールは彼女を「嫉妬に狂った悪女」と呼び、アリシアは泣いて僕に助けを求めた。
けれど、僕は彼女を責める気にはなれなかった。彼女の言っていることは常に正論で、そこには誰かを貶めようとする悪意など微塵もなかったからだ。
むしろ、彼女が二人の恋の「壁」になったことで、スカイフォールたちは悲劇の主人公気取りで燃え上がった。
婚約者がいる身で他の女に溺れる男と、それを承知で突き進む女。
そんな醜い恋のために、なぜ彼女が犠牲にならなければならないのか。
あの日、僕が死にかけていた時……君が命を繋いでくれた瞬間、僕の中の海が叫んだんだ。『この人だ』と。君こそが、僕の運命の人だと。
それからというもの、僕の目に映るのはアリシアではなく、セレスティアラ、君だけになった。
スカイフォールに振り向いてもらおうと不器用に頑張る君が、たまらなく愛おしかった。
彼が君の香り袋を払いのけた時、僕は怒りでその顔を殴り飛ばしたい衝動を、必死で抑え込んだ。
君が僕のために作ってくれた香り袋。
ハマナスの香りとブルースターの刺繍。君に頭を撫でられた時、今まで否定され続けてきた自分の存在すべてが肯定されたような気がして……不覚にも、心臓が跳ねた。
なのに、あの人たちは君を泣かせた。
スカイフォールとアリシアが口づけを交わすのを見て、君が流した真珠のような涙。
「……僕なら、君を泣かせたりしないのに」
あの時、決めたんだ。
君を奪い去り、自由にしてあげようと。
案の定、君は謂れのない罪を着せられ、すべてを失った。
けれど君は絶望の中でも、生きるために走った。あんなに高い崖から、海へ飛び込むほどに。
「おかえり、セレスティアラ。ここはもう、君を傷つけるものは誰もいない」
オーシャノスは、眠る彼女の額にそっと唇を落とした。
幸せになるために生まれてきたはずの君が、これ以上一滴の涙も流さなくていいように。
これから君が綴る物語のすべてを、僕が幸せだけで満たしてみせる。
「愛しているよ。僕の、唯一の女神様……」
静かな王宮に、主の歓喜に呼応するように穏やかな潮騒が満ちていった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
いつか優しく終わらせてあげるために。
イチイ アキラ
恋愛
初夜の最中。王子は死んだ。
犯人は誰なのか。
妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。
12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
【完結】断罪された占星術師は、処刑前夜に星を詠む
佐倉穂波
恋愛
星は、嘘をつかない。嘘をついていたのは——わたし自身だった。
王宮の卜部に勤める十七歳の占星術師リュシア・アストレアは、ある日、王太子妃候補の婚儀に「凶」の星を読んだ。星が告げるままに報告したに過ぎなかったのに、翌朝には牢に入れられていた。罪状は「占星術を用いて王家を惑わせ、王太子暗殺を画策した」こと。
言いがかりだ。
しかし、証明する術がない。
処刑は五日後の朝と告げられ、リュシアは窓もない石の牢に閉じ込められた。
そこで彼女は気づいてしまう。占いが外れ続けていた本当の理由に。
道具も星図もない暗闇の中で、生まれて初めて、星の声を正しく聞いた。
瞼の裏に広がる夜空が、告げる。
【王太子が、明後日の夜に殺される】
処刑前夜に視た予言を、誰が信じるというのか。それでも、若き宰相クラウス・ベルシュタインは深夜の牢へ足を運び、断罪された少女の言葉に耳を傾けた。
二人の出会いは、運命をどう変えていくのかーー。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる