キング・オブ・アウト ~半分が裏社会に呑み込まれた世界で法則の力『則』と法則のを超えた力『則獣』を駆使してマフィアの頂点を目指す!!

NEOki

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第117話 時間以上に大切な事

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(あれッ、朝だ……何時に間に寝てたんだろう……)



 ディーノは目を開けた瞬間飛び込んで来た光に起床早々驚かされた。

 彼の中では寝落ちしたという実感は無く、目が疲れたので数秒間の長い瞬きをして目を開けたら6時間経過していた様な感覚である。

 本当に疲労の限界に到達してからの睡眠は殆ど気絶と同じで、自分が寝たという実感すら無いのだ。

 しかし若干疲れは取れたのか両肩が少し軽くなった様な気がする。



「よし、やるか」



 そう呟くとディーノは地面に転がっていたコマと小皿を手に取り、再び修行を開始した。

 前日に6時間近くぶっ通しで打ち込んだにも関わらず、起床してから1分後には背伸びすら挟む余地を作らずコマ回しを再開した。

 既に一番最初に行った時の様な真新しさや感動はなくなり、揺らぎが一切無い目で手元を見詰める。

 しかし、そんな事気にも止めず只管コマを回し続けた。

 楽しいとか嬉しいとか関係無いのだ、モチベーションとかコンディションとかの問題では無いのだ、そういう無駄な理由付けの外側に到達しているのである。

 労力と時間を消費する事に理由は求めない、考える間もなく身体が動く。



 楽しいという気持ちを原動力にすると、楽しくない時にサボる理由を生んでしまう。

 成長を楽しみにしてしまうと、成長が緩やかな時に足が止まってしまう。

 モチベーションやコンディションが悪化するのは必然であり仕方の無い事だ、だからその二つを鑑みてしまうと必ず手を抜く日がやって来る事になる。

 だから、自分の身体との対話を拒絶するのだ。

 完全に心を無にして只管時間を積み重ねる、只管労力を積み重ねる、只管削った命を積み重ねる、失った笑顔を積み重ねる。



「凄い、もう30分に到達したのかッ」



 地面に落下したコマを手に取ろうとした時、意識の外側から声が飛んできて身体がビクンと跳ねた。

 そして声の方向を振り向くと優しい表情をしたフーマの姿が目に入る。

 30分間コマが回り続けた事を知っているという発言から、かなり序盤から見ていたという事を察せる。しかしコマ回しに集中していたディーノは彼の存在に全く気が付いていなかった。

 というより、そんなことに気づける心を残していては此処まで打ち込めていないだろう。



「あ、フーマ来てたのか! 本当は昨日の内に30分を超えたかったんだけど、寝落ちしちゃってさ。此れが初めての30分オーバーだよッ」



 そう言いながら表情が戻って来て、日の光の様なキラキラとした笑顔をフーマに向けた。

 修行中はどんな良いスコアが出ても悪いスコアが出ても表情に表さないが、現在の様な小休止の時間ではしっかりと喜べる様だ。

 自分の感情と修行を完璧に切り離している。



「例え此れが初めてだったとしても充分素端らしい結果だよ。普通の人間じゃ一日で30分を超えられるレベルにまで到達するなんて不可能だからね」



「へへッ、そうかな? ちょっと元気出てきたよ!!」



 そう言ってディーノは人懐っこく笑った。

 今まで多くの悲劇に見舞われたが、其れでも多くの人間に囲まれて愛の溢れる環境で過ごしてきたディーノは本物の笑顔を持っている。

 こういう人物が将来人を引き付け時代を動かす英雄となる、フーマはそう思った。



(他人からの賞賛を素直に受け取り一番相手が欲しがっている反応を無意識で返す、本当にこんな人間がこの世に存在したんだな。正にカリスマ性の結晶だ)



 滅多に出会える存在では無い本物の天才を前にして素直に嬉しく思うのと同時に、フーマは嘗ての自分と比較して少しナイーブな気持ちになる。

 彼は幼い頃から全くと言って良い程何一つ光るモノを持っていなかった。

 だがそれでも、只管に努力し続ければ見上げる山の頂に立てるという幻想も持っていた。そして努力の量だけなら誰にも負けないとう微かな自身も。

 しかし目の前のディーノは100人が見たら100人が天才だと言う程の才能をもっていながら、自分を遙かに上回る努力を行っているのだ。



(努力すれば天才にも敵うと思っていたが、やはり間違いの様だ。努力する凡人じゃ努力する天才には敵わない……ディーノは1年と掛らず僕の20年を超えるぞッ)



 此処まで圧倒的な差を見せ付けられるともう嫉妬心など湧いてこない、感じるのは唯純粋に憧れの感情のみ。

 責めて非才の我が身で、少しでもこの天才に助力したいと感じてしまった。



「ディーノ……少しアドバイス良いかな?」



「ん? アドバイス?? ああ、何でも言ってくれ!! 俺も何か足りないんじゃ無いかと思っていた所だったんだ!!」



 そう言ってディーノは身を乗り出した。



「じゃあ言わせて貰うと、少し視覚に頼りすぎかな。視覚は一番分かりやすく重心の状況を伝えてくれる感覚だけど、一番使いやすいが故に頼りきってしまう事がある」



「視覚に頼りすぎか、確かに……」



「回転音の変化を耳で感じ取ったり、指に伝わって来る回転の様子や重さを感じ取る事で視覚じゃ得られない重心の変化に気付く事ができる。その感覚を掴む為にも、一度両目を閉じて視覚以外の感覚だけで挑戦してみると良いかもね」



「……視覚以外、か」



 そう言うとディーノの表情から感情が消えて修行用のスイッチが入った。直ぐに受け取ったアドバイスを生かしてみたくて仕方が無くなったのである。

 そして成れた手付きでコマを回し、人差し指に乗せた瞬間両目を閉じた。



(やってみると以外に難しいな。聞いた時は音や指先の感覚で簡単にコマの状況がわかると思っていたけど、想像以上に変化が小さいッ)



 視覚を封じられて真っ暗な空間に閉じ込められると、感覚に妄想が入り交じり始める。

 目が見えなく成ると外の世界を脳は勝手に妄想で補おうとして、実際には僅かなブレでしか無いのに大きなブレに感じさせた。

 加えて耳から入ってくる回転音の変化は恐ろしく微弱で、耳が明らかに回転が弱っている音と感知した時には既に落下寸前であったのだ。

 結局ディーノは予想の何倍も早くコマを落下させる事となった。



 ゴトンッという音と共にディーノは目を開ける。



「何分ッ!!」



 目を開けたディーノは突然馬鹿みたいな大声を上げ、フーマに待ちきれないと言った様子でタイムをせがんでくる。

 その様子にフーマは苦笑いしてタイムを読み上げてくれた。



「残念、32秒だ」



「嘘だろッ!? 何分どころか、1分の半分も持ち堪えられなかったのかよ!?」



 ディーノの想像では5分は保ったと思っていたのだが、その10分程度にしか満たないタイムを告げられて本気でショックな表情を覗かせる。

 本心を言えば自分の実力に自信を持ち始めていて少し調子に乗っていたのだが、見事に鼻っ柱を折られる結果となってしまった。 

 我武者羅に回数を重ねただけではどうやら五感全てを鍛えられていなかった様だ。



「良いかいディーノ、時間っていうのは掛ければ良いって訳じゃない。大切なのは目標を達成した時の自分と今の自分の何が違うのかを明確にイメージする事、そしてゴールへの道筋を明確にイメージする事だ」



 フーマが発した諭すような発言に慌ててコマを回そうとしていたディーノが手を止め、身体を彼の方に向けて耳を傾けた。

 直感的に今から話される話は同じ時間の練習より何倍も価値があると感じていたのだ。



「険しい山を登るときはただ真っ直ぐ登れば良いという訳ではない、正しいルートを選択しなければ壁にぶつかり進む方向を見失う。でも、しっかりと自分の位置を理解してゴールを示す地図を持っていれば迷う事はない筈だよ」



 そう言い切った瞬間、口を半開きにした表情で自分を見上げるディーノの顔が目に入る

 その顔は何を考えているのか推し量るのが難しく、彼は急に格好付けた比喩を用いて偉そうに教鞭を垂れた事が恥ずかしくなってきた。



「まッまあ、今回の件に関して言えば僕が始めにちゃんと五感を使えってアドバイスしておけば良かっただけの話なんだッ……」



「いやッ、言わないでくれて助かった」



 そう言ってディーノは満面の笑みを向けた。

 想定外の反応を見せたディーノにフーマは少し驚いた表情になる。



「始めに口で言われて言葉として知っているよりも、失敗がくっついた実体験として覚えていれば何倍も忘れにくい筈だ。それにッ、一筋縄で上手くいっても面白く無い」



 それだけ言うとディーノは再びコマに向かい合った。

 先程の感情が抜け落ちた表情に戻って視覚を封じながらコマを回す修行を再会する。



 ディーノはプライドを完全にコントロールしていた。

 誰でもそれなりの期間を一つの物に捧げるとその時間と労力にプライドを持つ様になる。

 そしてプライドは上手く昇華できれば無限の向上心に成り誇りへ変化するが、取り回しを扱えば他者からの助言を拒み成長を妨げる足枷になってしまう。

 恐らくディーノも彼なりのプライドを持っているだろうが、其れを押さえつけて信頼する師匠達からの助言を素直に受け入れている。

 山に登ることは一人でもできる、だが山を登り切れるのは何時も多くの人間に支えられた者であると理解しているのだ。



(この課題を終えるまでは後二日もかからないだろうな。本格的な崩身修行の準備を始めておくか……)



 もう既に両目を瞑った状態で10分以上耐えられる様になったディーノを見てフーマはそう思った。

 何時もは才能に溢れて未来のある存在を見ると凄まじい嫉妬心を感じるが、ディーノには其れに加えてこの少年は何処まで行けるのかという興味が湧いてくる。



(他人に嫉妬以外の感情で目を向けたのは何時振りかな……)



 そう思い軽い笑みを浮かべ、フーマはディーノの集中を邪魔しないよう静かに立ち上がって部屋を後にした。

 彼が立ち去ってから数時間後、ディーノは目標であった1時間を突破する。

 そしてベッドの上での一週間生活が終了する頃には目を瞑った状態でも1時間コマを回せるレベルにまで到達していた。



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