3 / 5
皆川兄妹の受難 樹編
しおりを挟む「美代子は絶対私立に行った方が良かったと思う。というか今でも思ってる。もっとレベルの高い授業でも余裕だったでしょ」
歩きながら1週間に一度は言ってしまう言葉が、今日もポロリと出た。でもこれは本当のこと。美代子は美しいだけでなく、中身も自分にべったりなことを除けば完璧だった。文武両道才色兼備の文字通りの人間なのだ。こんな中の中ランクの、平凡な高校に通うような人間ではないのだ。
「やだぁ、樹ったらお馬鹿さん。そんなとこ行ったら、樹のそばにいられないでしょ」
「いや、そばにいなくて良いんだけど」
「えーっ!こんなに美人が近くにいて何が不満なのー?」
「外見の問題じゃないよ。近すぎるし、そもそも常に人が近くにいたら疲れるでしょ」
「そう?私は樹なら全然!全く問題ないけど?」
「……そう」
言葉は違ったりするが、ここまでが大体セットで毎回の流れ通りである。
駅に着けば美代子には自然と周りからの視線が集まる。スラリとして美しい体に、透けるような白い肌。長い髪は染めず黒のままで天使の輪が光る。顔は小さく、色気の漂う垂れ目がちな目元と、スッと伸びた鼻筋、紅く艶のある唇。化粧をしなくても素材の良さで目を引く外見に、樹はわずかながら苦手意識を持っていた。なにせ、対する樹は黒髪の短髪に、目は大きくもなくどちらかというと小さめで、鼻もそんなに高くない。背だってギリギリ170センチあるだけ。本当によくいるタイプの平凡な男子だ。
幼少期は綺麗な女の子が幼馴染で嬉しかったのを覚えている。仲良く遊んだし、同じ布団でお昼寝もした。お泊まりをすると、夜に樹の布団に潜り込み一緒に寝ようとする美代子を、可愛いと思った時期もあった。でも小学校に入ってしばらく経つ頃、自分と美代子はどうも違う環境にいるべき人間だということに気付いた。
そこから素直に仲良くできなくなり、とにかく色々なことに現れる差が、樹の心に重くのしかかった。さらには、そんな自分より遥か上をいく存在が、自分にべったりで一緒にいたいと言って全く離れてくれないことが、混乱を生んだ。
(美代子は何を考えているんだろう)
「樹ぃ?」
声がして、ぼんやり宙をみていた視線を向けると、かなり至近距離に美代子の美しい顔があって、なんだかゾクっとした。
「うわ!びっくりした!!近いよ顔!!!」
電車内なので、小声で怒りつつ慌てて美代子から距離をとった樹を見て、美代子は美しい笑みを浮かべた。
「樹、何考えてるか大体わかってるけど、一応言っておくね。私はただ樹が好きで好きでしょうがなくて、ずっと側にいたいだけなの」
いつもと少し違う大人びた表情と言い方に、樹は驚いた。こいつ、いつもの話し方やめてこれぐらい落ち着いて話せば良いのに。そう思っていると、電車が学校のある駅に着いた。
「さ、早く降りないとドア閉まっちゃうよ~?」
ぐいぐいと腕にしがみついて、駅のホームへと引っ張る美代子は、普段の話し方にもう戻っていた。周りは同じ学校の生徒だらけで、恥ずかしい樹は慌てて振り払おうとするが、意外と力の強い美代子には勝てなかった。
「樹ぃ、ダメだよ。離れちゃ。変な奴が寄ってきたらどうするのぉ?」
「……確かに美代子は痴漢とかされそうだし、この間も改札のとこで告白されてたもんな。しょうがない。でも学校着いたら離れてよ」
「はぁい!」
嬉しそうに返事をする美代子は、さらに強い力で樹の腕にしがみついた。
(はぁ、しょうがない奴だなぁ)
内心ため息をつきつつ、諦めの境地を迎えた樹は美代子を引きずるように歩き出した。美代子はそんな樹を見つめて、幸せそうな表情を浮かべた。
(可愛い可愛い樹。私のこと本当は苦手なのに、優しいから断れないのね。はぁ、絶対絶対ぜーったい離さない。樹はぜーんぶ、私のものなんだから。他の女なんか、絶対近付かせないんだから)
樹は知らない。美代子がとっても裏表のある性格をしていることを。見た目は平凡でも、優しい性格でクラスの女子人気が上位なことを。他の女子からの好意は、美代子に完璧にブロックされていることも。樹は何も知らない。
0
あなたにおすすめの小説
番など、今さら不要である
池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。
任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。
その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。
「そういえば、私の番に会ったぞ」
※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。
※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる