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第Ⅱ章

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 夏休みになった。
 その前に喫茶店で七夕祭をした。
 夜の二一時までで、お客様には事前に予約をしてもらい、店内の電気は消して(完全に消すと危ないので足元にランタンを幾つも置いている)透間さんの知り合いが自宅でもできるプラネタリウムの装置を持っていたのでそれを借りて、天井に映し出し、音楽は私が持っていたクラシックの中で比較的緩やかな音程の物を選んで流した。
 客層としてはカップルが多かった。
 やはりムードを求めてくるからなのかもしれない。
 今までにない忙しさになるので私はみどりに、店長はホスト仲間に頼んで、後何故か東雲さんも来て手伝ってくれた。
 猫の手も借りたい忙しさに目が回る思いをしたが、それでも無事に七夕祭を終えて、翌日はシャノワールを休業にした。

◇◇◇
 夏休みの宿題は五教科のワークのみ。
 小学生の方が宿題の量って結構多いのかも。
 私はそれを一週間で終わらせた。
 後はもうバイト三昧の日々だけど一つだけ楽しみがある。
 それは・・・・。

 「海だーっ!」
 ついた瞬間に明菜さんが叫んだ。
 そう、私は今、シャノワールメンバーで海に来ている。所謂慰安旅行ってやつだ。
 「叫んでないでキャンプの準備するぞ」
 「はぁい」
 荷物を透間さんが運転してくれた車から出し、男メンバーはテントを立てる。
 女性用と男性用の二つだ。
 女性用と言っても私と明菜さんしか居ませんが。
 私と明菜さんはキャンプの管理者の所に行って火を起こす為の牧を貰ったり、簡易テーブルやパラソルの準備だ。
 「私、キャンプって初めてです」
 「私も初めて」
 小学生の時は父と母が毎年、由利を連れて行っていた。
 私は祖父母に預けられ、三人の帰りを待っていた。
 だから今回が初めてのキャンプになる。
 私のことを気遣ってくれてか天気的にあまり日差しの強くない日を選んでのキャンプとなった。
 私は焼けないようにしっかりと日焼け止めを塗り、長袖長ズボンに、つばの大きめの帽子を被ることになるがそれでも初めての海は嬉しかった。
 「焼くぞー!焼いて夏の女になるぅ」
 「まぁた、明菜が馬鹿言ってる」
 「元気があっていいじゃないの」
 「柚利愛、紫外線大丈夫か?」
 「基本的に日陰に居るので大丈夫です」
 「日焼けはこまめにぬっておけよ」
 「はい」
 店長と透間さんに言われ、私は苦笑した。
 「海だぁー、泳ぐぞぉ!」
 キャンプの準備ができると明菜はもう一度叫んで海に走って行った。
 「明菜、お前泳げないだろうがぁっ」
 赤いチェックの水着を着て海に向かって走って行く明菜を浮輪を持って昇が追いかけて行った。
 「若者は元気だねぇ」
 「言葉がおじさんくさいぞ、透間」
 「若くないからいいよ。おじさんくそくて」
 「あっそ。柚利愛、どうする?少し泳ぐか?」
 「私は近場を散策します」
 「じゃあ、俺もそうするよ」
 「泳がないんですか?」
 「あまり得意ではないからね」
 「それは意外です」
 「そう。俺結構スポーツ系は苦手だよ。だから一緒に散策しよう」
 「はい」
 「透間はどうする?」
 「俺はハンモックで寝てる」
 「分かった」
 ということで透間さんはテントの近くに、明菜と昇は海に、私と店長は海辺を散策することになった。
 砂浜の横には道路が通っている。徒歩三〇分の所に小さなスーパーがある。
 車の通りも少ない長閑な場所だ。
 暫く私と店長は何も話さず、ただ砂浜の横の道路を歩いていた。
 波の音が鼓膜を揺さぶり、吹き抜けていく海風が肌を撫でる。
 「高校生活はどう?もう慣れた?」
 ある程度歩いてから店長が楽しそうに海辺で遊んでいる人を見ながら穏やかな声で会話を始めた。
 「ええ。それなりに楽しくやらせてもらってます」
 「そう。それは良かった」
 「店長はどんな高校生だったんですか?」
 あまり他人に興味がないからそういうことを聞いたことは今までなかったけど、話の流れと言うか、何と言うか、元ホストだけあって店長が放つ雰囲気が独特なので店長の高校生姿が想像できず、聞いてみた。
 「俺か。俺は。別にぐれてたわけじゃないけど真面目な生徒には程遠かったな」
 「そうなんですか?」
 「ああ。あ、でも、生徒会長をしてたな」
 「一番真面目な人がしそうな役柄な気がしまが」
 「そうだな。他薦だったんだけどな。他になり手がいなくてそのまま俺に決まった」
 「人望があったんですね」
 「どうだろうな」
 そういう店長は少し照れているみたいで新鮮だった。
 「付き合っていたことかはいたんですか?」
 「いなかったな」
 「モテそうですけど、いなかったんですか?」
 「あん時は女の子と付き合うっていうよりも男同士でつるんでる方が楽しかったからな」
 場所が違うからか、旅行という開放感からか、普段なら聞かないようなことを聞いて、今まで知らなかったお互いのことを話して楽しい時間を過ごすことができた。
 「夜になったら早、足だけでも海に浸かってみない?」
 店長がそんなことを提案して来た。
 紫外線が強すぎて肌が焼けてしまうかもしれないので海に入ることを躊躇っていたのに気づいて、気を遣わせてしまったのかもしれない。
 「夜の海も素敵かもですね」
 「ああ」
 そんな楽しい話しをしていると「あれ、神山さんじゃない?」と言う声が聞こえた。
 男の知り合いはいない。クラスメイトの誰かだろうかと私は声がした方を向いた。
 「・・・・黒川君」
 黒川正人。中学の時の同級生。
 「誰?知り合い?」
 途端、少しだけ店長の機嫌が悪くなった気がした。
 どうしたんだろう?
 「・・・・中学の時の同級生です」
 「ふぅん」
 「久しぶり。元気にしてた?」
 「・・・・うん」
 黒川正人は一度店長の方を見たが直ぐに視線を私に戻した。
 「中学以来だよな」
 「・・・・・そうだね」
 「俺さ、中学の時の奴と集まってキャンプに来てるんだ。お前も混ざらない?」
 「私は良いよ」
 そこまで仲の良い人は中学の時にはいなかったし、何よりも彼と一緒に居たくない。
 「ええ、いいじゃん。折角久しぶりに会えたんだし」
 彼は私の隣に居る店長のことをどう思っているのだろうか?
 さっき一度視線を向けていたから存在には気づいているけど無視をしているのか店長のことには触れずずっと私に話しかけている。
 「付き合い悪いぞ、神山さん。ちょっと顔出すだけでもいいじゃん」
 「・・・・・」
 「悪いけど、柚利愛は俺の連れだから元同級生君は遠慮してくれるかな?」
 強引に私を誘う黒川正人にしびれを切らしたのか黙って成り行きを見守っていた店長が口を挟んで来た。
 そこで黒川正人はもう一度店長を面倒そうに見た。
 「神山さん、こいつ誰?彼氏?」
 「・・・・違うけど」
 「じゃあ、別にいいじゃん」
 「君は少し礼儀というものを学ぶべきだな。彼女が率先して君の所に行くというのなら俺も口を挟む気はなかった」
 ただ、行かせる気は朔にはなかった。
 「強引すぎる男はモテないぞ、ガキ」
 「なっ。年寄りに言われる筋合いないんだけど」
 その言い返しが既にガキ臭くて負けている。
 「柚利愛、お前は中学の時の同級生で誰か会いたい奴はいるか?」
 「いいえ」
 友達も居なかったし。虐められている黒歴史だし。
 「ということだ。本人の意志は尊重すべきだと思うが」
 「っ」
 「行くぞ、柚利愛」
 「はい」
 店長に連れられて元来た道を戻ろうとした時、黒川正人が嫌な感じの笑みを浮かべた。
 「いるはずないよな。そいつはぞっと虐めを受けてたんだから」
 「っ」
 一番知られたくないことを最悪な形で、しかも店長に暴露された。
 店長は黒川正人を睨みつけた後、私に視線を向けた。
 私は恥ずかしくて店長にどう想われたのか知りたくなくて俯いた。
 「お前みたいに他人を思いやれない最低な奴しか中学にいなかったってだけだろ。
 自分の母校の恥をさらして何を優越に浸っている。くだらない。
 だからお前はガキだと言うんだ」
 「なっ」
 「柚利愛」
 ビクッと体が震えた。
 「おいで」
 「・・・・」
 意を決して顔を上にあげると穏やかな笑みを浮かべたいつもの店長がそこに居た。
 店長は優しく私の背中を押して寄り添うように歩き出した。
 黒川正人が何を思って私を誘ったのか分からない。
 ただの気紛れかもしれない。中学の時に友達と来ていると言っていたけどもしかしたらそれは嘘で高校の友達と来ていて私を見世物にするつもりで誘ったのかもしれない。
 「・・・・店長」
 「ん?」
 「私は中学の時に虐められていました。アルビノだから、人と違うから。それが理由で虐められていました。
 彼は、黒川君は。彼だけは私に優しく接してくれてました。私は少しずつですけど、多分、彼に心を開きかけていました。
 でも、それが間違いだったと直ぐに気づきました。
 彼が私に優しくしていたのは私がアルビノで、珍しかったから。
 友人と私を堕とせるかの賭けをしていたんです」
 「前に誰も好きにならないと言ったのはそれが原因」
 「はい。高校になって私は中学の時のことが起きないように努めて明るく振舞って自分ではない他人を演じることで自分を守って来たんです。店長も、明菜さんも、昇さんも、透間さんもみんなを騙して。最低、ですよね」
 「どうして?それは処世術でしょ。
 最低だと言うのなら人と違うというだけで排除しようとする人だよ。
 俺は君のことを優しくて素敵な子だと思っている」
 そう言って店長は私を引き寄せ、その腕で抱きしめた。
 「俺はそんな君が好きだよ」
 「・・・・・っ。あ、あの、それは、その」
 「ああ、違うからね。店長とか、従業員でとかじゃないよ。男として、って意味だよ」
 唐突のことで頭がついていかない。
 「でも、私はアルビノで」
 「それは君を嫌う理由にはならない」
 「もしかしたらその、将来、子供にも遺伝するかも」
 「そうしたら君に似た可愛い子が生まれるだけだよ」
 顔に熱が溜まって、どうしようもなく熱い。
 逃げ道を塞がれて、追い詰められていくのになぜか安心している。
 「柚利愛、もう俺を拒む言い訳が思いつかないんじゃないか?
 それとも俺が信用できない?」
 「いいえ」
 店長は誠実な人だし、アルビノだからって差別しなかった。
 黒川正人とは違う。
 興味本位やステータスなんかじゃない。
 「柚利愛、俺は君が好きだよ。君は?俺のことをどう思っている?」
 見て見ぬふりをしてきた感情があった。
 それは許さないと店長の真剣な眼差しが言う。
 「私も、私も店長のことが。朔さんが好きです」
 だから決めた。もう一度だけ人を好きになってみようと。
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