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第Ⅳ章 それぞれの行く先
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最近はよくマリアナが来ている。近くに宿を取っているようだ。
公爵家の噂はちらほら私の耳にも入ってきている。財政難の上に社交界からも爪弾きにされているらしい。
伯母様の情報網はよく分からない。どこから仕入れてくるのか、楽しそうに公爵家の噂をいろいろ話してくれる。
私が早く隣国になじめるようにお茶会もたくさん開いてくれた。そこで何人か婿候補になりそうな人を紹介された。
もちろん、強制ではない。あくまで選択の一つとして与えられたに過ぎない。
「さて、どうしたものか」
「エマ様?」
アンナの問いかけに私は視線だけで示す。アンナは私の視線を追って窓の外を見る。すぐに彼女の眉間に深い皴が刻まれた。
「毎日、ご苦労なことね」
「何しにいらしているんですか?」
「意地悪な伯母様に虐められている哀れなお姉様を救いに来ているの。ご丁寧に正面から堂々と。門前払いされると分かってね。馬鹿ね。学習能力がないのかしら。普通、途中で作戦変更をするでしょう。裏口から入るとか。何かしらの手を打つべきよね。もし、本当に『最愛のお姉様』を救いたいのなら」
伯母様は何でもないと誤魔化していたけど、日を開けずに来ていれば嫌でも私の耳に入って来るのだ。マリアナが私を訪ねて来ていることが。使用人たちもうんざりしているようだし。お世話になっている身で伯母様に迷惑はかけられない。
伯母様は何も言ってはこないし、気にするなって感じだけど、それに甘えるわけにはいかないのだ。本来なら伯母様には関係のないこと。
「ジル、アンナ。一緒に来て」
「畏まりました」
「分かった」
私はジルとアンナを連れて階下へ降りた。外に出ると門の外でマリアナが使用人に食って掛かっているのが見えた。
これが公爵家の跡継ぎ。本当に終わったわね。
「マリアナ」
「お姉様」
私の顔を見た瞬間、マリアナはパァッと花が咲いたような顔で笑った。
使用人たちは私の登場に困ったような表情をする。多分、私とマリアナを会わせないように伯母様からきつく言われているんだろう。
伯母様はマリアナをとても嫌っていらしたし。気持ちは分からなくもないけど。
「お久しぶりです、お姉様」
「あなた、こんな所で何をしているの?」
呑気に挨拶をしてくるマリアナは相変わらずのマイペースさだ。久しぶりにこれを相手にするのは疲れそうだ。
「何ってお姉様に会いに」
「いけませんか」と瞳を潤ませるマリアナ。イラっとする。
「伯母様にも彼らにも迷惑をかけないで欲しいのだけど。それに、ちょっと礼儀がなっていないんじゃないの。まず、手紙を書いてお伺いを立ててから会いに来るものでしょう。それをいきなり来て、会わせろだなんて。侮辱していると捉えられても文句は言えないわよ。実質、そうなんでしょうけど」
「違います!確かに多少、強引だったことは認めますし、謝ります。使用人の方々も迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
マリアナはぺこりと頭を下げた。
「お姉様には何度もお手紙を書きました。けれど、お返事がなくて」
「手紙なら届いているわ。返事を書かなかったのは必要性を感じなかったから。あなたの手紙はいろんなことが書かれていたけど、どれも戻って来いというものばかりだもの。私は自分の意志でここにいるの。なのに、なぜあなたに命令されないといけないの?」
「私たちは家族です。一緒に暮らすのは当然のことです」
「お願い、分かって」とでも言いたげに胸の前で手を組み、祈るようにマリアナは私を見る。
「私はあなたのことを、あなたたちのことを家族だと思ったことないわ」
目を見開き、大粒の涙を零すマリアナ。私の言葉にとても傷ついたようだ。それを見て、もっと傷つけばいいのにと思う私はやはり最低の人間なんだろう。
「私たちの何が不満なんですか!私たちはいつだって、お姉様のことを想っています」
いつ!?いつ、あなた達が私のことを想った?ただ、そうやって想ったふりをして、くだらない家族ごっこをしていただけでしょう。
一番むかつくのは本気でそう言っていること。
「自分の母親を殺した人間をよく家族として迎い入れろなんて言えたわね。馬鹿じゃないの」
私はマリアナを睨みつける。殺意を込めて。さすがのマリアナも私の冷たい視線に気づいたのか、息を飲む。
「お母様を奪い、家族の中での私の居場所を奪い、お父様を奪い、婚約者も奪った。奪うばかりで、更にまだ寄こせと言うあなた達には不満しかないわ。帰って。私はあなた達と家族ごっこをする気もなければ、地獄と分かって赴くつもりもないのよ。さようなら、マリアナ。あなた達と過ごした時間は私にとって苦痛なだけだったわ。もういいでしょう。私の持っていたものは全て、あなた達母娘に渡したわ。今の私は何も持たないただの小娘よ。あなたが欲しがるものなんて何もないわ。だって、強欲なあなた達が全て奪っていったから」
踵を返す私にマリアナは「誤解です」と縋りつこうとした。けれど、アンナとジルがマリアナを止める。
「アンナ、ジル、そこを退いて」
マリアナのいつにないキツイ声に、けれど二人は従いはしない。
「どうして、あなた達はお姉様の使用人なのに、お姉様の為に動けないの」
背後で訳の分からないことをマリアナが叫んでいた。良かったね、マリアナ。二人が大人で。でなければ、平手打ちだけではすまなかったでしょう。二人とも無感情にマリアナを止めているけど、きっと心の中は荒れ狂う嵐になっているだろう。
後で二人を労おう。
「疲れた」
部屋に戻ると、久しぶりのマリアナの相手はかなり精神に負担をかけたようだ。安全地帯に入ったと確認できた途端、一気に疲れが押し寄せ来た。
公爵家の噂はちらほら私の耳にも入ってきている。財政難の上に社交界からも爪弾きにされているらしい。
伯母様の情報網はよく分からない。どこから仕入れてくるのか、楽しそうに公爵家の噂をいろいろ話してくれる。
私が早く隣国になじめるようにお茶会もたくさん開いてくれた。そこで何人か婿候補になりそうな人を紹介された。
もちろん、強制ではない。あくまで選択の一つとして与えられたに過ぎない。
「さて、どうしたものか」
「エマ様?」
アンナの問いかけに私は視線だけで示す。アンナは私の視線を追って窓の外を見る。すぐに彼女の眉間に深い皴が刻まれた。
「毎日、ご苦労なことね」
「何しにいらしているんですか?」
「意地悪な伯母様に虐められている哀れなお姉様を救いに来ているの。ご丁寧に正面から堂々と。門前払いされると分かってね。馬鹿ね。学習能力がないのかしら。普通、途中で作戦変更をするでしょう。裏口から入るとか。何かしらの手を打つべきよね。もし、本当に『最愛のお姉様』を救いたいのなら」
伯母様は何でもないと誤魔化していたけど、日を開けずに来ていれば嫌でも私の耳に入って来るのだ。マリアナが私を訪ねて来ていることが。使用人たちもうんざりしているようだし。お世話になっている身で伯母様に迷惑はかけられない。
伯母様は何も言ってはこないし、気にするなって感じだけど、それに甘えるわけにはいかないのだ。本来なら伯母様には関係のないこと。
「ジル、アンナ。一緒に来て」
「畏まりました」
「分かった」
私はジルとアンナを連れて階下へ降りた。外に出ると門の外でマリアナが使用人に食って掛かっているのが見えた。
これが公爵家の跡継ぎ。本当に終わったわね。
「マリアナ」
「お姉様」
私の顔を見た瞬間、マリアナはパァッと花が咲いたような顔で笑った。
使用人たちは私の登場に困ったような表情をする。多分、私とマリアナを会わせないように伯母様からきつく言われているんだろう。
伯母様はマリアナをとても嫌っていらしたし。気持ちは分からなくもないけど。
「お久しぶりです、お姉様」
「あなた、こんな所で何をしているの?」
呑気に挨拶をしてくるマリアナは相変わらずのマイペースさだ。久しぶりにこれを相手にするのは疲れそうだ。
「何ってお姉様に会いに」
「いけませんか」と瞳を潤ませるマリアナ。イラっとする。
「伯母様にも彼らにも迷惑をかけないで欲しいのだけど。それに、ちょっと礼儀がなっていないんじゃないの。まず、手紙を書いてお伺いを立ててから会いに来るものでしょう。それをいきなり来て、会わせろだなんて。侮辱していると捉えられても文句は言えないわよ。実質、そうなんでしょうけど」
「違います!確かに多少、強引だったことは認めますし、謝ります。使用人の方々も迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
マリアナはぺこりと頭を下げた。
「お姉様には何度もお手紙を書きました。けれど、お返事がなくて」
「手紙なら届いているわ。返事を書かなかったのは必要性を感じなかったから。あなたの手紙はいろんなことが書かれていたけど、どれも戻って来いというものばかりだもの。私は自分の意志でここにいるの。なのに、なぜあなたに命令されないといけないの?」
「私たちは家族です。一緒に暮らすのは当然のことです」
「お願い、分かって」とでも言いたげに胸の前で手を組み、祈るようにマリアナは私を見る。
「私はあなたのことを、あなたたちのことを家族だと思ったことないわ」
目を見開き、大粒の涙を零すマリアナ。私の言葉にとても傷ついたようだ。それを見て、もっと傷つけばいいのにと思う私はやはり最低の人間なんだろう。
「私たちの何が不満なんですか!私たちはいつだって、お姉様のことを想っています」
いつ!?いつ、あなた達が私のことを想った?ただ、そうやって想ったふりをして、くだらない家族ごっこをしていただけでしょう。
一番むかつくのは本気でそう言っていること。
「自分の母親を殺した人間をよく家族として迎い入れろなんて言えたわね。馬鹿じゃないの」
私はマリアナを睨みつける。殺意を込めて。さすがのマリアナも私の冷たい視線に気づいたのか、息を飲む。
「お母様を奪い、家族の中での私の居場所を奪い、お父様を奪い、婚約者も奪った。奪うばかりで、更にまだ寄こせと言うあなた達には不満しかないわ。帰って。私はあなた達と家族ごっこをする気もなければ、地獄と分かって赴くつもりもないのよ。さようなら、マリアナ。あなた達と過ごした時間は私にとって苦痛なだけだったわ。もういいでしょう。私の持っていたものは全て、あなた達母娘に渡したわ。今の私は何も持たないただの小娘よ。あなたが欲しがるものなんて何もないわ。だって、強欲なあなた達が全て奪っていったから」
踵を返す私にマリアナは「誤解です」と縋りつこうとした。けれど、アンナとジルがマリアナを止める。
「アンナ、ジル、そこを退いて」
マリアナのいつにないキツイ声に、けれど二人は従いはしない。
「どうして、あなた達はお姉様の使用人なのに、お姉様の為に動けないの」
背後で訳の分からないことをマリアナが叫んでいた。良かったね、マリアナ。二人が大人で。でなければ、平手打ちだけではすまなかったでしょう。二人とも無感情にマリアナを止めているけど、きっと心の中は荒れ狂う嵐になっているだろう。
後で二人を労おう。
「疲れた」
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