悪役令嬢の妹は自称病弱なネガティブクソヒロイン

音無砂月

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第1章 婚約破棄

Ⅹ.三つ巴②

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 「セシル」
 邸に帰ると鬼の形相をした母がズカズカと歩いてきました。
 些か伯爵夫人の品位を落とす歩き方です。

 うわぁ、面倒くさいのが来たな。

 母親のルーシアは私の目の前に来ると何の説明もなく腕を振り上げた。
 あ、これは打たれるなと冷静に考えて母を見つめたが結果から言うと私は打たれずにすんだ。
 なぜなら私の傍には一緒に帰って来たジークが居たから。
 彼が私に向かって振り下ろされようとしていた母の手を掴んで止めてくれた。

 「何をするの、ジーク!放しなさいっ!」
 「お嬢様に暴力を振るわないと約束してくださるのであれば」
 「私に逆らおうと言うの」
 「私の主人はお嬢様です。あなたではありません」
 「あなたは伯爵家の執事でしょう!」

 母のその言葉にジークは呆れた表情をしながら母の手を放し、私を庇うように立つ。

 「本当にあなたは何もご存じではないのですね」
 「何のことよ!執事の分際で随分言うじゃない」

 「お母様、一体何をそんなに怒っていらっしゃるの?」

 私も打たれるのは嫌なのでジークの後ろから顔だけ出した。
 今日は学校もあったし、孤児院の慰問や自分が経営しているお店を見て回ったりして正直疲れたのだ。
 できれば早く部屋に入って休みたい。

 「グロリアのことよ」
 「グロリアがどうかした?」
 「まぁ。白々しい。
 純粋なあの子と違ってお前は何と太々しく育ったのでしょうね」
 「申し訳ありません。
 母の言う既に健康体でありがなら病弱を武器に学校をサボり、社交界やお茶会などの令嬢の義務も果たさず、勉強もしないことが純粋であるのならば、そのような無駄なものは持ち合わせがございませんね」

 キーィッと母はいきり立つ。
 両手でに持っている扇が真っ二つに折れてしまいそうだ。

 「あんたって本当に慈悲の心もないのね。
 あの子の病弱が嘘だって言うの?
 あの子がどれだけ可哀想なのか。
 体が弱いせいで社交界にも学校にもまともに行けないのに。
 それを憐れむのならまだしも、嘘だと言うなんてそれが姉の言うことですかっ!
 同じ双子なのに、あなたばかりが健康体で、そのような華美な服を着れて。
 それもどうせ主人に強請って買ってもらったのでしょうけれど。
 奥ゆかしいあの子ならそんなはしたない真似はしませんもの」
 「何か勘違いがあるようですがこれは正当な報酬で手に入れたものですよ。
 ああ、失礼。あなたみたいに怠惰に時間を過ごすことしかできない方には分からない話でしたね」

 事実、セシルも持ち物は全てセシルが自分で稼いだお金で買っている。
 勿論、中には父からの贈り物もあるがその殆どが自分で買ったものだ。
 それをグロリアは母からの贈り物だと、母は自分の夫が買い与えたものだと思っているのだ。
 少し調べれば分かることなのにそれをせずに決めつけで言う。
 実に愚かしいことだ。

 父と母は政略結婚だと聞いたがこんな女なら父に同情するな。
 このままいけば私とミハエル様も似たような、冷めた関係になるのだろうか。
 それともお飾りの夫人かな。
 私に夫人としての仕事を全てさせて、けれど愛はグロリアへ向く。
 グロリアは何もせずにただミハエル様に愛されるだけの人生。

 はっ。なんてくだらない人生だろうか。


 私の目の前でまだ母はきゃんきゃん吠えている。

 耳障りだ。

 「それで、結局グロリアがどうしたのですか?」
 私は再度同じ質問を母にした。
 「教室であなたに話しかけて来たあの子を、取り巻きを使って散々罵った後に『帰れ』と追い返したそうですね」

 事実とは無自覚な悪意によって幾重にも歪められるものだ。

 「何をどのように聞いたかは存じ上げませんが、授業が始まるまで10分も切っていましたわ。そんな段階で話があるから場所を移せと言われても無理ですし、非常識です。
 それとあの子が周囲から罵倒されたのは特進科を侮る発言をしたからですわ」
 「あなた、妹を貶めようというの?それが姉のすることなの?」

 は?
 いや、現在進行形で妹と母に私は貶められようとしているのですけどね。

 「何を騒いでいる」
 王宮で仕事をしていた父が帰ってきました。
 玄関先で揉めている私と母に顔を顰めています。

 母は味方を得たとばかりに喜色を浮かべ父の腕に纏わりついた。
 こういう時だけは父にいい顔をするのだから現金な女だ。

 「あなた、セシルを何とかしてくださいな。
 グロリアが可哀想ですわ」
 「今日、学校で会ったことなら既に聞き及んでいる。
 セシル、そのことで話がある。
 ジークすまないがグロリアも呼んできてくれ。
 私の執務室だ」
 「はい」
 「畏まりました」
 「あなた!」

 無視されるのがお気に召さなかったようで強い目の口調で父を呼び、序に絡みついている腕を引っ張る。
 母の抗議に父は眉間に皺を寄せながら母を見た。

 「セシルを叱って下さい」
 「現時点でセシルを叱る理由はないが」
 「学校でのことを聞いているのでしょう。だったら分かるはずです」
 「ああ。だからセシルは何も悪くないと言っている」
 「あなたはセシルに甘すぎます」
 「同じ言葉そのままお前に返してやろう。
 お前はグロリアを甘やかしすぎている」
 「あの子は体が弱いんです。当然でしょう。
 まるで私のお腹の中でセシルがグロリアの生きる力を全て奪ったみたいだわ。
 セシルはあんなに元気なのに、グロリアは・・・・・ぐすんっ」

 涙ぐむ母。
 けれど父の顔に同情の色は浮かばない。

 「それは昔のことだ。今はもう何も問題はない。
 医者もそう言っている。
 未だにグロリアを病弱だと言っているのはお前とグロリア自身だ。
 学校も社交界もあの子は人並みにできるだけの体力がある。
 だが内向的な性格と自信の無さが社交界に対して苦手意識を持たせ、病弱だからしなくていいのだという考えに逃げているだけだ」

 「あなた、なんてことを」
 「兎に角、義務を果たせない奴に叱ることはあれど褒めることはない。
 ヴァン、ルーシアを自室へ。
 お前は少し頭を冷やせ」

 命じられたヴァンは「頭を冷やせ」と言われたルーシアを無理やり引っ張って部屋を連れて行った。

 「セシル、話がある。来なさい」
 「はい」
 私は父に連れられて父の執務室へ行った。
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