仄暗い部屋から

神崎真紅

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第二章

act 5 狂った果実

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「あた「喋るな!」」 

え…?
 何をそんなに怒ってるの…?

 「一言でも声を出すなよ」

 賢司の豹変ぶりに、ただ戸惑うだけの瞳。
 一体あたしが何をしたの?
 理解出来ないのは当たり前。
 全ては賢司の頭の中で創られた、妄想に過ぎないのだから。

 「瞳、メシ」
 「は??」
 「腹減ったよ。食い物ねぇのか?」
 「…ないよ?」

かれこれ一週間は買い物にも出かけていない。
 無論冷蔵庫は空っぽだ。

 「仕方ねぇな、メシ食いに行くか」
 「あたしまだ…無理だよ」

 瞳は一度眠らないと食べ物を受け付けない。

 「ドリンクバーでも頼んだらいいだろ?少しは腹に入れねぇと食えなくなるぜ」

ふたりは近くのファミレスに行く事にした。

 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

ウェイトレスが水とおしぼりを持って来た。

 「取りあえず生ビール「あたしも」」
 「生ビール二つですね」
 「それから生ハムのサラダ、イタリアンハンバーグ、ほうれん草のソテー、チョリソー。瞳は?」
 「…コーンスープとドリンクバー」
 「かしこまりました」

ウェイトレスが下がったのを、見計らって瞳は聞いた。

 「賢司どうしてそんなに食べられるの?」
 「あ?そりゃあキャリアが違うからよ」

あたしは…、水分しか受け付けない。

 「瞳は寝ねぇと食えねぇもんな」
 「ん…」

 疲れはてていた。
ゆっくり眠りたい…。

 「賢司あたし…「判ってるよ。眠剤飲んで寝ろ」」

ほ…。
 賢司の言葉に安堵している自分に気付いた。

 「お待たせ致しました」

 程なくして注文の品が運ばれて来た。

 「あ~、腹減った」

 賢司は注文した物を、片っ端から胃に送り込む。
そんな姿を見ているだけで吐きそうになる。

 「…あたしドリンク取って来るね」

 何を飲もうかな?
ホットは普段と違って、熱くて飲めない。
 瞳は野菜ジュースをグラスに注ぎ、席に戻った。

 「瞳、生ビール来てるぜ」

あ、忘れてた。
 賢司と一緒に頼んでたんだっけ。
 一先ずジュースは置いといて、瞳は生ビールを一口飲んだ。
…流石に酔いが廻るのが早い。

でもこれで眠剤飲めばぐっすり眠れそうかも。
 向かい合った席で、賢司は次々と食べものを胃に流し込んでいる。
…見てるだけでお腹一杯になってくる。

それより早く帰って眠りたい。
 瞳はもう意識が遠退きそうだった。

 「瞳、眠いんだろ?」

 賢司がからかう様に言う。

 「…そりゃ眠いに決まってるでしょ?」
 「ま、そりゃそうだな」

そう言って賢司は欠伸をしながら答えた。

 「そろそろ帰るか」

 伝票を手にレジへむかう。
 慌てて賢司の後について歩く。
 少しふらつく…。

 当たり前か。
 何日もまともに食べてないし、睡眠も取ってない。
 生きてるのが不思議に思える時が、ある。
 部屋に着いたらシャワーぐらいはしてから寝たい。
この独特の匂いのする汗を流したい。

 「賢司、あたしシャワー使うよ」
 「あぁ、好きにしろ」

 冷蔵庫からチューハイの缶を取り出しながら、答える。
まだ呑むんだ…。

 半ば呆れながらも瞳はバスルームに消えた。
 少し熱めのシャワーを浴びてから、処方されている睡眠薬を飲んだ。
流石に効き目が早い。
 瞳はふらつきがら、辛うじてベッドに横たわった。
そのまま深い意識の底に沈んでいった…。

 賢司もまた缶チューハイを飲んでいたが、やがてそのままソファーで眠ってしまった。
 何時だろう・・・?
 瞳はふっと目を覚ました。
そのまま携帯のディスプレイで時間を確かめる。
まだ4時前だ。
 ひどく寝汗をかいていた。
Tシャツの襟元が、ぐっしょりと濡れていた。

ぞくり・・・。
 濡れたTシャツが身体に纏わり付いて気持ちが悪かった。
そのままバスルームに駆け込んだ。

 「ふぅ・・・」

 熱いお風呂に浸かって、瞳は生き返った気分だった。
 途端にお腹が減って来た。
 何か、食べる物はあったかしら?
 食べたい物…って、何だろう?

 何日も食べていないと、人は食べる事も忘れてしまうのか?
 瞳は、先ず喉の渇きを取るべく冷蔵庫からビールを取り出した。

プシュッ!!
ゴクリ…。
 一口、美味しい!
こんなにビールが美味しいなんて、初めてじゃないかしら。

さて、と…。
 何を食べようかしら?
と、言っても何も作る気力がなかった。

 手頃に出前でも頼もうかと、幾つかのお店のお品書きを眺めていた。温かい物は、食べられない。
 不思議だけど、いつもなら普通に食べている物が、やけに熱く感じるのだ。

 「ざるそば…かなぁ」
 「瞳?」
 「きゃっ!びっくりした。起きたの?」
 「喉が渇いてな。お前何やってんだ?」
 「お腹空いたから何か頼もうかと思ってね。賢司は?何か食べる?」
 「あぁ、そうだな…」
 「じゃ、お蕎麦でいい?」
 「あぁ…」

 ?何だろう?
 様子が違うみたいだけど…?
 瞳は注文の電話をかけた。

 「…はい、じゃお願いします」

あれ?
 賢司の姿がない。
お風呂かな…?

 「賢司?」

 呼んでみたけど、返事は返ってこなかった。
 出掛けたのかしら?
 未だ睡魔の抜けない賢司は、ベッドで鼾|(いびき)をかいていた。
 瞳もまだ、身体がだるくて眠かった。
いつになったら、元に戻れるんだろう?

 何年経っても、判らない。
それどころか、どんどんだるさは増していた。

…長くは生きられないだろう。
 最近瞳の脳裏を木霊の様に、ぐるぐる巡る、ひとつの思いだった。
 長くは生きられない…。
それでもいいの?
 否!

あたしは普通に生きていたいの。じゃあ、賢司と別れるの?
それも無理。
 何て優柔不断なんだろう?
しっかりしろ!瞳!
あなたの人生じゃないの?

 賢司の手によって、あたしの静脈に針が刺さる。
 身体中を駆け巡る熱と快感。
それに溺れてしまう…。

 瞳は迷っていた。
これでいい筈が、ない。
けれど、断ち切れない…。

 賢司は全てを理解した上で瞳を覚醒剤の中毒者に仕上げたのだ。
でも、あたしはそんな物に負けたくない。
 自分自身を亡くしたくないの。

だったらどうすればいい?
答えは簡単だ。
 警察に保護して貰えばいいのだ。
けれど瞳は戸惑っていた。
それが本当に解決への道なのだろうか?
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