仄暗い部屋から

神崎真紅

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第二章

act 12 判決

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 賢司の公判の日の前日。

  瞳と賢司は梅田弁護士に呼ばれていた。
  裁判で、どう言うかなどの打ち合わせをしていたのだった。

  これが私選弁護士の力だ。検事が何を言って来るのか、前以(もって)判っているのだ。だから、それに合わせて瞳は答えを考える。
  賢司も同じように瞳との話に口裏を合わせる。

  ただ、それだけの事なのだが、裁判では、ほんの一言が全てを左右してしまう。
  賢司が執行猶予で出られるか、実刑になるかの瀬戸際なのだ。

  公判の日、瞳は情状証人に立った。
  梅田弁護士との打ち合わせ通りに、涙ながらに賢司がいないと生活が出来ないと語った。
  これが決定的になった。

  判決の日、賢司には執行猶予がついた。

 『主文、被告人を懲役一年三ヶ月に処する。但し、四年間執行を猶予する』

  涙が零れ落ちた。
  恐かったのだ。

  幾ら梅田弁護士が大丈夫と言っても、裁くのは判事。
  弁護士でも、検事でもないのだから。

  今、漸(ようやく)ふたりの戦いは幕を降ろしたのだった。

 「瞳、瑠花。帰ろうか」

  賢司の言葉に瞳が応えた。

 「あたし安心したらお腹空いちゃったよ」
 「そうだな....、何か食って行くか?」

  裁判に遅れない様に、今日は電車で来ていた。
  駅の構内にある、蕎麦やに立ち寄った。

 「あたし天ぷらうどん」

  瞳はうどんが好きだった。
  うどんだけでなく、麺類が好きだった。

 「相変わらずか、瞳は。俺はざるそばとかき揚げうどんにするかな。瑠花はざるそばが好きだもんな」

  相変わらず、瑠花には甘いんだなぁ....。
  うどんを啜りながら、瞳は思った。
  あたしだって、頑張ったと思うんだけど。

 「瞳、ありがとうな。お前のお蔭で執行猶予で出られたよ」
 「そんな事....」

  面と向かって言われると、照れるなぁ。

 「これでやっと自由だね、賢司?」
 「あぁ、そうだな....内心ヒヤヒヤしてたんだぜ。爆弾貰えて良かったよ」

  爆弾と言うのは、ヤクザ用語みたいなもので、執行猶予の事を指す。
  執行猶予期間中に、犯罪を起こしたら、即実刑になるだけでなく、執行猶予の期間も足されてしまうからだ。
  正に爆弾が弾け飛ぶ様に似ている。

 「ほら、瑠花お蕎麦だよ。あ~んして」

  デレデレじゃんか。
  ま、仕方ないけどさ。

 「瑠花だって淋しかったんだよね?パパが居なくてね」

  ....ちょっと嫌味かな?
  でも、賢司がしっかりしてくれないと、困るのはあたし達なんだし。

 「そろそろ時間かな?」

  賢司が言った。
  電車の時間が近付いていた。

 「やだ、もうそんな時間?あたしまだ食べ終わってないよ」

  慌てて残ったうどんを食べる瞳。


 「食い終わったか?そろそろ行くぞ」
 「待ってよ、もう相変わらず自己中なんだから」

  賢司は、瑠花の乗ったベビーカーを押しながら、改札口を抜けてゆく。
  瞳はその後を追って、走ってゆく。
  今度こそ、本当に賢司と一緒に帰って、賢司と一緒に生活が出来るんだ。
  今までの出来事が、全部悪夢だった様な気がする。

 「瞳、電車来てるぜ」
 「うん、判った」

  元気に頷いて、賢司の乗った電車に乗ってその手に掴まった。

 「もうすぐだね?マンションまで」
 「あぁ....、長かったな。留置所にいた一ヶ月はな」
 「あたし、本当に恐かったんだよ。もし賢司が実刑になっちゃったら....、って考えたらさ、眠れなくなっちゃって泣いてたんだ」
 「知ってるよ、瞳が泣いてた事」
 「えっ?ししし知ってた?」

  それ、恥ずかしいんだけど。
  何で知ってるのよ?

 「お前が夜、ベッドで寝付けなくて啜り泣いてた事くらい、気付いてたよ」

  ふっ....っと、微笑んで賢司はそう応えた。
  それから、照れ臭そうにこう言った。

 「さんきゅ、瞳。お前が居てくれて本当に良かったよ。愛してるよ」

  あ....愛してる?
  愛してる?
  ア・イ・シ・テ・ル。
  初めて素面で言われたかも知れないな。

 「賢司、録音するからもう一回言って?」

  携帯電話を差し出した。

 「バーカ、そんな事二度と言うか。瑠花ちゃんはご機嫌ですか~?」

  ぶっっっ....。
  親バ~カ。

 「ん?何か言ったか?」
 「いいえ、何も」

  くすくす笑いながら、瞳が言った。

 「さて、明日からは仕事だなぁ」
 「これでやっと普通の人に戻ったんじゃないの?」
 「普通の人?俺は元々普通の人だぜ」
 「あら、被告人でしょ?執行猶予期間中なんだからさ」
 「そうか....、瞳は俺を犯罪者扱いするんだな?」

  だって犯罪者じゃなきゃ、逮捕されないし。

 「でもよ、新宿で覆面に停められた時、デカの奴何て言ったと思う?」
 「さぁ?」
 「人相が悪いからだとよ。まぁ、中ちゃんは墨見えてたけどな。外見で判断するって、酷くね?」

  それを聞いた瞳は、弾ける様に爆笑した。
  涙を流しながらの大爆笑。
  どうやら、ツボに嵌まったらしい。
  いつまでも笑いこけていた。

 「瞳、お前笑いすぎだ」
 「だって....、人相で判断するって....笑えるから。しかも中野さん一緒だもんね。凶悪犯に見えたんじゃないの?」
 「ふざけるなよ、俺の何処が凶悪犯に見えるんだよ?」
 「そのまんま、じゃない?」
 「このイケメンの何処が凶悪犯に見えるんだよ?」

 『あぁ、俺があんまりいい男だったから、妬いたんだな』

 「やっぱりいい男は珠に損をするんだな、妬みでよ」

  賢司は何を言い出したんだろ?

 「誰が誰に妬まれるの?」
 「俺がいい男だったから、デカに妬まれたに決まってんだろ?」
 「バッカじゃないの?そんな事有るわけないじゃない」

  駅からタクシーに乗って、マンションに向かった。

 「判んねぇだろうよ、刑事だって人間だからな」

  ポケットから煙草を取り出して、ライターで火を付ける。
  紫煙を吐き出しながら、賢司は何かしら物思いに耽(ふけ)っていた。

  沈黙が流れた。

  瞳は、タクシーの窓越しに見える夜景に暫し視線を向けた。
  漸(ようや)く帰って来たんだ。
  もう、マンションまで5分も掛からないだろう。

  これで賢司は薬と縁を切ってくれる。
  瞳はこの時、本気でそう信じていたのだった。
  覚醒剤は、そんなに甘いものじゃない事に気付かずに。
  瞳はそれを判ってはいなかった。

  実際、賢司が釈放されてから、どれ位の期間賢司が薬に手を出さなかっただろう?
 凡(およ)そ1ヶ月と言う、短い期間で、賢司はまた覚醒剤に手を出してしまったのだった。
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