仄暗い部屋から

神崎真紅

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第二章

act 16 裏切り者

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瞳は先ず《まず》信用出来る人と、出来ないだろう人とに分けた。

  信用出来る人は、賢司の幼馴染みの、翔。この人は絶対と言えるだろう。
  前回賢司が新宿で逮捕された時も、親身になって心配してくれた江野さん。この人も絶対的に、味方になってくれる人だろう。
  今回無償でお金を貸してくれていた岡田さん。
  不良債権を賢司がずっと肩代わりして支払っていたため、親身になってくれる笹本さん。
  取引先の社長である、山下さん。

  みんな口を揃えて、賢司を兄貴分の竹田から逃がしてやると言ってくれた人達だった。
  賢司が兄貴分から、酷い仕打ちを受けている事は、皆知っている。

  ヤクザに買い殺しにされ、また喰い物にされたり、罠に嵌められたりした。
  竹田という兄貴分が、どれだけ酷い人物だという事を知っている人達は、自然と賢司の肩を持ってくれていたのだ。

  反対に、今まで付き合って来た奴等は信用出来ないだろう。

  代表として多分和枝のスパイの様な存在の、夏樹。
  夏樹には、今まで疑いを抱いた《いだいた》事などなかった。
  しかし、竹田工務を辞めたと言っていた夏樹が、未だに会社の携帯電話を使っているのはかなりおかしな話しだ。
  夏樹自身、会社の携帯電話は返したと言っていたのだから。
  ならば、あたしの携帯からも削除するべきではないか?
  そうすれば、あたしの携帯には掛かって来なくなる。
  新しい携帯を持ったと言っていた夏樹が、その新しい携帯番号を教えなかった事こそが、縁切りの証拠ではないか?

  やはり、夏樹は信用出来ない人間の代表だろう。
  残念ながら・・・・。
  所詮、チャラ男でしかなかった訳か。
  それなら、それでいい。
  あたしは、あたしの信じた道を突き進むだけの事。

  それであたしが傷付くなら、それがあたしに与えられた試練なのだから。
  乗り越えて見せる。
  賢司を取り戻すためなら、あたしは強くなる。
  強くならなければ、守るものも守れないのだ。

  それでも瞳にとって、その選択肢は、棘《いばら》の道を歩く事になるだろう。
  今までずっと、賢司と共に歩いて来た人生だ。
  こんな試練など、幾度も乗り越えて来た。

  ただ・・・・。
  今回は、瞳独りで乗り越えなければならないかも知れない。
  賢司が、実刑は免れないからだ。

  賢司の帰りを、ただひたすらに待つだけの事なのだが、横やりが入らなければいいのだが。
  またくだらない理由で、和枝と賢司のお姉さんに呼び出されないとも限らない。
  そんな事になったら、瞳は間違いなく過呼吸の発作を起こすだろう。
  今までも幾度も同じ事を繰り返して来た。
  ただ・・・・、賢司がいつも一緒にいてくれた。
  でも今、瞳の傍に賢司はいない。
  募る《つのる》不安感。
  拭い切れない寂しさ。

  あたしは人間失格だ。
  賢司の手を決して離すんじゃ、なかったんだ。

 『僕の目をあげる
  君を見ないですむのなら


  僕の耳をあげる
  君の声を聞かずにすむのなら


  僕の口をあげる
  もう 誰とも話したくないんだ』


  とあるドラマのワンシーンの台詞だが、瞳はこの台詞が好きだった。
  人間失格。
  あたしの事を言っているみたいだな。
  賢司・・・・。
  会いたいよ。
  どうして傍にいないの?
  賢司の大きな手が、あの温かい胸が恋しいよ・・・・。
  淋しいよ・・・・。
  賢司がいないと、あたしは壊れそうだよ。

  携帯の着信音で目を覚ました。
  賢司のお姉さんからだ。

 「今夜話したい事があるんだけど、瞳うちに来られる?」
 「今夜、ですか?ちょっと今夜は用事があって・・・・」
 「瞳、誤解しないでくれる?あたしはあんた達の敵じゃないから。身内だから心配してるだけだよ」
 「それは、和枝さんは関係ないって事ですか?」
 「和枝は関係ないよ。もう縁を切ったんだから」
 「和枝さんは来ないんですね。・・・・判りました、明日は用事があるので、土日で良ければ行きます」
 「いいよ、夜来てくれれば」
 「判りました、それじゃ」

  電話を切って、瞳は深くため息をついた。
  何の話しだろう?
  また、発作を起こす様な話しじゃなければいいけど。

  肩凝りが酷い。
  頭痛がしそうだ。
  瞳は、筋弛緩剤を3錠飲んだ。

  2錠では効かないので、あまり深く考えずに3錠飲んでしまった。
  弛緩剤を飲んで、一時間後辺りで、睡眠薬の効き始めの様な、目眩《めまい》を感じた。
  そこから突然足に力が入らなくなって、立てなくなった。

  まずい。
  弛緩剤の効き過ぎだ。
  このままだと、動けなくなる。

  まだ、瑠花にご飯を食べさせていない。
  辛うじてふらつきながら、食事の支度をして、瑠花の前に置いた。
  後は自分で食べてくれる筈だ。
  瞳は、半分身体を支えながら、瑠花と一緒に食事をとった。
  もう限界だ。

 「瑠花、ママちょっとだけベッドで寝るからね」

  瞳は、立ち上がる事すら出来なくて、這ってベッドまで行き、転がる様に横になり、少し眠った。
  突然の吐き気に襲われ、起きた。
  けれど、自力で立てない。這う様にトイレまで行き、食べた物を全部吐いた。

 「ママ・・・・、だいじょうぶ?」

  瑠花が心配している。

 「瑠花・・・・お水、持って来てくれる?」
 「うん」

  ミネラルウォーターの、サーバーからコップに水を汲んで持って来てくれる。

 「ありがと、瑠花」

  その水を一気に飲んで、指を喉の奥まで入れて、吐いた。
  冷たい水だけが、吐き出される。

 「はぁ・・・・はぁ・・・・」

  何とか解毒しなければ、本当に死んでしまうかも知れない。
  筋弛緩剤は、死刑に使われている国もある薬だ。
  過剰摂取は、死に至る場合もある。

  救急車。
  瞳の脳裏に浮かんでは、消える。
  このままで大丈夫なのだろうか?
  呼吸は乱れ、鼓動は早くなっている。

  そうだ。
  糖分を摂ればいいんだ。
  義妹が言っていたのを、思い出した。

 『ブドウ糖の点滴で、解毒は出来るんだよ。お姉ちゃん、甘い物たべた?』

  刑事にあたしの尿を採られた時に、言われた言葉だった。

  甘い物・・・・。
  確か、冷蔵庫にチョコレートが入ってた筈。
  身体を引き摺る様にして、冷蔵庫にチョコレートを取りに行った。
  ついでにカフェオレを、砂糖を五杯入れて飲んだ。
  これで、少しは解毒出来る筈。

  そのまま、リビングでテレビを観ている瑠花の傍で、横になった。
  暫くすると、ほんの少しだけ、手に力が戻って来た。
  これなら多分大丈夫だろう。
  でも、油断は出来ない。

  今の瞳には、すがるべき相手はいないのだから。
  まだ小さな瑠花を、独りにするわけにはいかない。
  こんな時、賢司の存在の大きさを思い知らされる。

  瞳に覚醒剤を使った事を除けば、賢司は頼るべき大切な存在だった。
  でも、科捜研に送られた瞳の尿から、覚醒剤反応が出なかった事は、今もって不思議ではあった。
  あの時、賢司に無理矢理打たれてから2、3日しか経っていなかった筈。
  無論瞳は反応が出るだろうと、予測して弟に瑠花を頼んでいたのだから。

  言い替えれば、覚悟を決めていたのだろうか?
  覚悟など、逮捕される覚悟など誰が出来るものだろうか。
  瞳は脅えて日々を送っていたのだ。

  その瞬間の来る日を・・・・。
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