仄暗い部屋から

神崎真紅

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第二章

act 17 すれ違う想い

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瞳の携帯に、賢司のお姉さんから着信が入ってから、3日目の事だった。

 『瞳と話しがしたいんだけど』

  瞳は決意して、お姉さんに会うために賢司の実家を訪ねた。
  最初に切り出された話は、離婚の事だった。

  あくまでもこれはお姉さんの考えで、瑠花と瞳を一時的にでも賢司と離縁すれば、つまらない借金の追いたてに遭わずに済むだろう、と言うものだった。

  しかし、瞳も賢司と瑠花を守るために必死で動いたのだ。
  借金は、借用書を瞳の名前に書き換えて、瞳がその全責任を背負う事にした。
  誰にも迷惑をかけない。
  誰にも余計な口出しは無用だ。

  お姉さんからは、瞳が頑張っているのを、認めたら力になってやるよ、そう言われた。
  それから。

 『賢司を警察に連れて行って、目の前で弟が手錠をはめられた、その光景が焼き付いて頭から離れないんだ』

  そう言って涙をこぼした。
  あたしだったら、絶対に自分の手で賢司を警察に連れて行く事など出来なかった。
  それだけ賢司の存在は、瞳には大きかった。

  けれど、今はいない・・・・。
  執行猶予期間中の再犯だ。四年は覚悟しなければならないのだろうか?

  瞳の主治医に、自分の病気の診断書を頼んでみたけれど、あっさり断られた。
  でも、瞳は診断書を持っている。
  精神障害者用自立支援手帳というものがある。
  つまり、何らかの精神障害者は、その手帳を交付されれば、病院も薬も一割になるのだ。
  この間、瞳の手帳の有効期限がきれる時期が来ていたため、診断書を書いて貰った。
  それを瞳はコピーしておいたのだった。

  やはり、コピーを取っておいて正解だった。
  主治医に話しても、診断書を書いてくれるとは限らないからだ。
  案の定、一刀両断、という感じに断られた。

 『覚醒剤の裁判に、そんなもの出しても無駄』

  そうかな?
  本当にそうかな?

  あたしは賢司がいなければ、発作も起こすし、OD《オーバードーズ》もやってしまうジャンクだ。
  自分をジャンクと呼ぶ程に、瞳の精神は不安定だった。
  一頻り《ひとしきり》義姉と話しをして、一段落した時、義姉の娘が帰って来た。

  四人で食事に出掛ける事になった。
  少し、義姉への誤解と先入観があったな、と瞳は反省した。
  あたしも義姉に認めて貰える様に、頑張ってみよう。
  とは言うものの、何をどう頑張ればいいんだろう?

  所詮賢司がいなければ、瞳は何も出来ないのだろうか。
  義姉達と回転寿司を食べながら瞳はひとり、物思いに耽《ふけ》っていた。

 「どうしたの?ぼんやりして」
 「あ、何でもないです。瑠花、何食べる?」
 「イクラ~」

  子供って、イクラ好きだなぁ。

 「ちゃんとご飯も食べるんだよ」

  瑠花はイクラの部分しか食べないんだから。
  賢司が甘やかすから、こうなっちゃったんだよ。
  全くもう。

  でもそれだけ可愛がってたんだよね、賢司。
  瑠花に会えなくて、寂しいよね?

 「食べた?そろそろ帰るよ」

  義姉に促《うなが》されて、店を出て義姉の車に乗り込んだ。
  実家に戻って、瞳は車を乗り換えて帰路についた。
  賢司の実家は車で30分くらいの距離だ。

 「やだ、もう8時になるの?」

  時間の過ぎるのは、早い。賢司の裁判もこんな風に、早く過ぎてしまえばいいのに。
  連休明け、瞳は賢司の面会に出掛けた。

 「久し振り。元気だったか?瑠花」

  瑠花だけ?
  あたしには聞かないわけ?

 「瞳さ、知り合いで法律事務所に勤めてる人、いたよな?」
 「あぁ、伊野さん?」
 「その人にちょっと聞いてみてくれよ。国選と私選で判決が変わるかどうかさ」
 「そうだね、聞いてみるよ。もし私選で判決が変わるならば、私選頼む?」
 「執行猶予は先ず無理だけど、刑期が少しでも短くなるならな。」
 「あたし、賢司が少しでも早く帰って来てくれるなら、誰を敵に回してもいいよ」

  これは、瞳の本音だった。
  賢司が今まで受けて来た仕打ちを考えれば、全て敵に回しても構わない覚悟だった。

  ただ。
  おめでたい事に、その張本人には、賢司に酷い仕打ちをしていたという概念がないのだ。
  公判の日程が判れば、竹田は必ずや法廷に来るだろう。
  それだけは、絶対にさせない。
  が、しかし、間に義姉が入っている。
  今日、瞳の携帯にメールが入っていた。

 『賢司の裁判の日にちが判ったら教えて下さい』

  もう、決まっていた。
  今日賢司から聞いた。
  24日の午後3時からだ。

  でも、瞳はこの竹田の事を最低の人物として、法廷で証言するつもりでいた。
  本人に傍聴されたのでは、瞳に火の粉がふりかかるだろう。

  敢えて、名前は伏せて証言するつもりだが、誰が聞いても竹田の事を指していると思うだろう。
  いや、もしかしたら竹田本人は、自分の事を言われているとは、気付かないかも知れない。
  それほど鈍い人間だからだ。

  賢司に嫌われている事すら、気付かない天然記念物の様な奴だ。
  瞳はこの竹田夫妻が、大嫌いだった。

  他人の家庭内まで、土足で踏み荒らされた。
  賢司を苦しめた。
  警察に飛び込む程に、苦しめた。
  賢司にとっては、どっちを選んでも断腸の思いだったはず。
  結果、賢司は覚醒剤を身体に入れて出頭する道を選んでしまった。
  実刑になる事を覚悟の上で・・・・。

  賢司は、刑務所にいる時間が全てを解決してくれるだろうと、そう信じているのだ。
  けれど瞳には、一抹の不安が拭いきれなかった。
  あの、執念深い竹田が、果たして賢司と縁を切れるのだろうか?
  刑務所から帰って来たら、また付きまとわれるのではないだろうか?

  その時は、その時だ。
  竹田を警察に売ればいい。
  ただ、それだけの事。

  賢司が出来なければ、あたしが売ってやるまでだ。
  家族以外の、誰がどうなろうと知ったこっちゃ、ない。
  それが瞳の覚悟だった。

  ただ、賢司を助けたかった。
  実刑は免れなくても、瞳の証言次第では、短く出来るかも知れないと、弁護士事務所の伊野さんは言った。
  ならば、情状証人に立って泣いてやるんだから。

  あたしは女優よ?
  ・・・・誰の言葉だっけかな?
  女優さながらの演技力で、泣いて訴えてやるわよ。

  賢司の苦汁の決断を思えば、いくらでも泣けるのよ。
  どんな思いで、今留置所にいるの?
  可哀想な賢司。
  あんなヤクザに生き血を吸われなければ、今頃笑ってここにいただろうにね。
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