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第三章
act 1 プロローグ
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和恵からの借金という名目の、カツアゲの15万円。
10回払いでようやくそれが今月終わった。
と、同時に賢司の姉から電話が入った。
内容は・・・・。
賢司がちょっぴり頭の弱い子の名義で、携帯電話を三台売り飛ばしたらしい事。
そして、その支払いの督促状が届いて、つまり自分達じゃ何も出来ないからこっちに矛先が向いたみたい。
ただ、和恵とその子に関わりはない筈。
所詮はどこまでいっても、哀しい勘違い女だ。
今回の請求額は18万円。
これを分割で一万づつ支払う。
うぇ!
やっと15万終わったと思ったら、パワーアップしてんじゃないか?
このままずるずるもぎ取ろうって魂胆なのか?
はたまた瞳への私怨なのか?
ちっ!
最後のお金振り込んだ後にお詫びのメールなんか、送るんじゃなかったよ。
隙をみせちゃったかな?
まあいい。
理不尽な請求額だけど、払ってやろうじゃないか。
そうすればこっちに落ち度はなくなる。
次にまた言って来たら、今度は恐喝で被害届出してやるわ。
何せ向こうは組織の人間だしね。
ただ。
厄介者が間にひとり、はさまっているのが気に入らないけど。
18回払いかぁ~。
賢司帰って来るんじゃないの?
26日に面会に行くから、詳しい話しは賢司に聞いてみよう。
釈然としない気持ちと、和恵に対する憤りを感じながら、瑠花とふたりで夕食を食べ、お風呂に入った。
「瑠花、ちゃんと肩まで温まらなくちゃ、風邪引くよ?」
「だって暑いー!」
「仕方ないなぁ、じゃあ出るの?」
「うん、アイス食べたい」
ふ~!
あたしは出来ればもう少し汗を出したいけどな。
アイスか。
あたしもアイスでも食べようかな。
少しでも嫌な事は、忘れていたい。
あぁでも和恵の話、本当なのか何とか調べなくちゃ。
夏樹に聞いてみよう。
と、言っても夏樹は仕事で忙しいだろうな。
彼女のちえに聞いてみるか。
瞳はちえに電話してみた。
「久しぶり、今、大丈夫?」
「はい、今休憩時間なんで大丈夫です」
「あのね、和恵から栗林の名義で賢司がケータイ三台飛ばしたって言って来たんだけど、栗林と和恵って、今関係あるの?」
「栗林は今和恵のとこで仕事してますよ。前に夏樹が使ってた和恵に持たされたケータイ使ってるみたいですから」
「そっか・・・・、じゃあ和恵から請求が来てもおかしくないって事なんだね?」
「そうですね・・・・ちえは詳しい事は判らないんですけど」
「判った!ありがとね」
「いえいえ、ちえ達も15日に面会行って来ます」
「ありがとう。賢司喜ぶよ、夏樹に会いたがってたから」
電話を切って、ため息をついた。
はぁ・・・・。
また振り出しに戻った気分だよ。
今の収入源は、賢司が副業でやっていた派遣の仕事からの20万円。
そこから賢司の借金が幾つかあるのが約8万円。
残りは12万円。
ここから光熱費や食費を抜くと、5、6万しか残らない。
瑠花とふたりで生活していくので、精一杯。
やっと1万5千円の借金が終わって、少しでも楽になるかと喜んでた矢先の事だった。
でも18万って、かなり高額じゃないかなぁ?
和恵の事だから、少し上乗せしてあるかも。
和恵はコンパニオンの仕事をしている。
しかも。
その客に身体も売っているらしい。
一晩3万とか。
随分安売りしてるなぁ。
瞳はどんなに生活が苦しくても、それだけは出来ないし、やる気もない。
瞳の全ては賢司だけのものだから。
考え方は人それぞれだし、和恵の生き方に興味はない。
瞳は元々、他人に興味を持たない性格で、自分達に火の粉が降りかからなければそれでよかった。
けれど今回の一件だけでなく、竹田と和恵は尽く(ことごとく)賢司の私生活にまで、口出しする。
瞳はそれが苦手だった。
他人からの干渉を嫌う瞳らしい一面だった。
何度か賢司に竹田と縁を切ってくれと頼んだが、結局賢司にはそうする事が出来なかった。
そのために賢司は精神的に追い詰められて、覚醒剤に逃げたのだ。
賢司のした事は、社会的にも許されない行為だった。
そのため今、刑務所に服役中な訳だし。
26日。
瞳はケータイのディスプレイを見て、慌てて飛び起きた。
「きゃあ~!もうこんな時間。瑠花、起きて」
「・・・・」
瞳は慌てて着替えながら、瑠花を起こした。
「ママ・・・・、眠い・・・・」
「車に乗ったら寝てていいから、とにかく着替えて」
のそのそと、瑠花が着替え出したが、苛立つほどに時間は過ぎてゆく。
このままで面会の時間に間に合うのかな。
いつもの時間より、一時間近く遅れて出発した。
今、瞳の車は車検に入っていて、今日は新品の代車だった。
当然ナビも付いている。
瑠花は、大好きなジャニーズの曲をかけながら、るんるんしていた。
「瑠花、この本宅急便に出して来るから、待っててね」
賢司に頼まれていた漫画を何とか揃えて、手紙も一緒に箱詰めしてもらった。
今は便利だね。
宅急便のメンバーズカードを持ってると、機械で簡単に送り状が印字される。
営業所なら箱も売ってる。頼めば荷造りしてくれる。漫画10冊に箱代入れても、700円くらいで次の日には賢司の元に届く。
さすがに窓口からは10冊は入らない。
でも、宅急便なら無制限に入る。
ただね・・・・。
こっちの財布の中身も考えて欲しいよ。
賢司の面会に行くガソリン代も、バカに出来ないし。
何とか12時過ぎ程度で刑務所に着けた。
やっぱり月末は混んでるな。
「面会お願いします」
「はい、18番でお待ち下さい」
18番?
「今日は混んでますか?」
「そうですね、午後からでもう四組入ってますね」
「時間、削られますか?」
「そこまではちょっと・・・・判らないですね」
今日は一時間半で何とか着いたけど、その道のりを考えると、さすがに面会時間は削られたくない。
30分だって、あっという間なのに。
二時間は待つしかないだろうな。
前に四組も待ってるんじゃ。
ま、長距離運転して疲れてるから、ちょうど休めていいか。
順番が回って来たのは、2時だった。
「18番でお待ちの方?」
「はい」
「メモは持って行かれますか?」
「はい」
メモというか、スケジュール帳なんだけど。
これがないと予定が判らないしね。
「四番の部屋でお待ち下さい」
いつも通り。
もうすぐ賢司に逢える。
月に二回しか来られないけど、本来なら今は月に四回の面会が可能だった。
賢司はそこまで昇級していた。
「よっ!遠いとこ悪いな。・・・・瑠花は?」
「下に入ってる」
「瑠花、出てきてパパに顔見せてよ」
「パパ~!あのね、今の車スゴいんだよ。嵐の歌聴きながら来たよ」
「嵐?」
「ここまで来るのに、飽きるから借りたの。レンタルだよ」
「瑠花は嵐が好きなのかー。パパとどっちが好き?」
「えーと、嵐!」
「ははっ、パパでも嵐には負けたみたいだね?残念でした」
「パパはママと瑠花どっちが好き?」
「瑠花!」
・・・・即答すんなよ。
誰が産んだと思ってんだし。
しかし、賢司のバカ親父ぶりは天下一品だしね。
「そうだ、俺のガラ受け瞳じゃ通らなかったよ」
「えっ?何それ?」
「仕方ないから、姉ちゃんか母さんに瞳から頼んでくれないか?」
「お母さんはいいけど、お姉さんは止めた方がいいよ。賢司が出てきたら、竹田に挨拶に行けって、言ってたし」
「本当かよ?俺もう二度と竹田とは会わないつもりだからよ。挨拶なんか、行くかよ」
「だから民子さんは止めた方がいいって。あたしも苦手だし」
「じゃあ母さんに頼んでくれよ。じゃないと俺、満期になっちゃうんだよ」
「んー、分かったよ。お母さんのケータイに掛けるわけにもいかないから、お店に行ってみるよ」
「頼むよ。ガラ受け決まらないと、不安だしよ」
「時間です」
あちゃ!
もう30分過ぎたの?
話した気がしないよ!
「じゃあな、ガラ受け頼むよ。帰り運転気を付けろよ。またな!」
「パパ、またねー」
重いドアの向こうに、賢司の姿が消えてゆく・・・・。
はぁ。
何度見ても慣れないなぁ。
虚無感が瞳を襲う。
お母さんか・・・・。
ガラ受けなんて、なってくれるかな?
民子に頼めって、言われそうだよなぁ。
やれやれ。
やっぱり再犯のせいで、あたしじゃ通らなかったのかな?
理由は教えてくれないらしいけど。
それしか考えられないしね。
はぁ~。
憂うつだなぁ。
「さて、帰ろう」
慣れた道。
もう、何回通ったんだろう?
あと、何回通うんだろう?
そんな事を考えながら、運転していたら、もう少しで家に着く時、それは起こった。
一台の車が、瞳の車に向かって、対向車線を越えて走って来た。
キキー!!
ガシャーン!!
運転席側のドアミラー同士が衝突して、そのまま瞳の車の運転席側を擦った。
慌てて車を停止したが、瑠花に怪我はない。
相手の運転手も車を止めて、何処かに電話していた。
瞳は取り合えず、代車なので、ディーラーに電話を入れた。
「すみません、今、代車をぶつけられちゃって・・・・」
『警察には電話しましたか?』
「あ、まだです」
『今、こちらもすぐに用意出来る代車がないので、警察に先ずは連絡して下さい』
「判りました」
あ…、このケータイから110番すると、家にパトカー行かないかな?
トゥルー!トゥルー!
『はい、110番です。事故ですか?事件ですか?』
「事故です」
『あなたは110番登録されてますが、その件とは違いますね?』
「違います、普通の事故です」
『判りました。すぐにパトカーが向かいます』
「はい、判りました。」
空は、今にも雷が鳴り出しそうに、真っ黒になっていた。
寒い。
昼間はあんなに暑かったのに。
とにかく、相手と話し合いをしなくちゃ。
今、賢司はいない。
あたしは、ひとりでなにもかも、やらなくちゃならないんだ。
賢司がいない・・・・。
あたしは、どれだけ賢司に依存して来たんだろう?
こんな、交通事故の対応さえ、判らない。
「どうもすみませんねぇ」
近寄って行った相手は、初老の婦人だった。
「怪我はないですか?」
少し、うんざりした気持ちもあったけど、あたしはそれを隠して聞いた。
「ええ、大丈夫ですよ。そちらは?」
「うちも車だけです。・・・・わき見運転ですか?」
「ご免なさいね。ちょっと気を取られてしまって」
「もうすぐパトカーが来ます。・・・・雷が鳴り出しそうですよね」
「本当にごめんなさいね」
「いえ、怪我もないですし。車だけですから。ディーラーに電話もしましたし。今、車検中で、あの車は代車なんです」
「そうなの。あ、電話。ごめんなさいね」
婦人が電話中に、パトカーが着いた。
「ぶつかった車はどれですか?」
「あそこに路駐してあるシルバーの車と、向こうはあの金色の車です」
「どういう状況でぶつかった?」
「向こうの車がセンターラインを越えて、あたしの車に向かって走って来たんですけど、左側は縁石があって避けられなかったんです」
「事故の場所はあの辺りかな?」
「そうですね、部品が散乱してますし」
「それじゃ、これで事故証明は提出しとくから、後は先方と話し合ってね」
「はい、判りました」
とは言うものの、先方さんはどうやら保険会社と話している様子。
事故現場の説明にやたらと時間がかかっている。
そりゃ、辺りには何も目印になるものがない田舎だった。
にしても、話しを聞いてると、あまりにも的を得ない。
はぁ~。
長距離走って疲れてるんだけどなぁ。
早く帰って休みたいよ。
瑠花だって、ずっと車の中で待たされて、可哀想だよ。
おばさん・・・・。
保険会社との話しは後回しにして、こっちを優先してくれないかな?
「ごめんなさいね。えっと免許証・・・・」
「あ、あたしも免許証持って来ます」
バタバタ走って車まで戻ったら、瑠花がすっかり飽きてしまっていた。
「ごめんね、瑠花。もうちょっとで終わるからね?」
「ママー、早く帰ろう?」
「うん、向こうの連絡先聞いたら終わりだからね」
何とか連絡先を交換して、帰路についた。
とは言うものの、サイドミラーがない。
ただそれだけの事だけど、運転席側のサイドミラーがないって、物凄く不便なんだな。
見てない様で、見てるものなんだ。
無くなって気付くなんて、賢司の存在みたい。
空は真っ暗で、雷が鳴り出した。
瑠花が怖がって、今にも泣きそうだ。
「瑠花、もうすぐお家に着くから我慢してね?」
「ママ!怖いよ・・・・」
ごめんね。
事故なんかに巻き込まれなければ、とっくに帰れたのに・・・・。
壊れた車は今日ディーラーに持って行っても、代車の代車が準備出来ないと言われた。
ミラーがないだけで、他に異状はなかったし、そのまま破損した車で一旦帰った。
やっと家に着いた時は、くたくたに疲れはてていた。
出来るならもうこのまま眠りたい。
けど、夕飯もお風呂もまだだ。
瞳だけならこのまま寝てしまうところだけど、瑠花がいる。
食べさせないわけにはいかない。
何か、あったかな?
インスタントラーメンがあった。
「瑠花、ラーメンでいい?」
「うん、瑠花ラーメン大好き!」
そうだった。
瑠花は三食ラーメンでもいいくらいの麺食いだっけ。
簡単に夕食を済ませ、お風呂にゆっくり入った。
少しでもいい。
疲れをとりたい。
そんな瞳の気持ちと裏腹に、和恵からメールが入った。
『今月の振り込みは三回目ではなく二回目です。宜しくお願いします』
はぁ・・・・。
細かい・・・・。
まぁ、こっちも余計に取られない様に、振り込む都度回数をわざと入れて振り込んでるけどさ。
それが間違ってた?
そうだったかなぁ?
まぁいいや。
とにかく関わりたくない。
『判りました』
瞳は短いメールを返信した。
明日はお母さんのお店に行って来ようと思ってたけど、あの車じゃ無理だなぁ。
10回払いでようやくそれが今月終わった。
と、同時に賢司の姉から電話が入った。
内容は・・・・。
賢司がちょっぴり頭の弱い子の名義で、携帯電話を三台売り飛ばしたらしい事。
そして、その支払いの督促状が届いて、つまり自分達じゃ何も出来ないからこっちに矛先が向いたみたい。
ただ、和恵とその子に関わりはない筈。
所詮はどこまでいっても、哀しい勘違い女だ。
今回の請求額は18万円。
これを分割で一万づつ支払う。
うぇ!
やっと15万終わったと思ったら、パワーアップしてんじゃないか?
このままずるずるもぎ取ろうって魂胆なのか?
はたまた瞳への私怨なのか?
ちっ!
最後のお金振り込んだ後にお詫びのメールなんか、送るんじゃなかったよ。
隙をみせちゃったかな?
まあいい。
理不尽な請求額だけど、払ってやろうじゃないか。
そうすればこっちに落ち度はなくなる。
次にまた言って来たら、今度は恐喝で被害届出してやるわ。
何せ向こうは組織の人間だしね。
ただ。
厄介者が間にひとり、はさまっているのが気に入らないけど。
18回払いかぁ~。
賢司帰って来るんじゃないの?
26日に面会に行くから、詳しい話しは賢司に聞いてみよう。
釈然としない気持ちと、和恵に対する憤りを感じながら、瑠花とふたりで夕食を食べ、お風呂に入った。
「瑠花、ちゃんと肩まで温まらなくちゃ、風邪引くよ?」
「だって暑いー!」
「仕方ないなぁ、じゃあ出るの?」
「うん、アイス食べたい」
ふ~!
あたしは出来ればもう少し汗を出したいけどな。
アイスか。
あたしもアイスでも食べようかな。
少しでも嫌な事は、忘れていたい。
あぁでも和恵の話、本当なのか何とか調べなくちゃ。
夏樹に聞いてみよう。
と、言っても夏樹は仕事で忙しいだろうな。
彼女のちえに聞いてみるか。
瞳はちえに電話してみた。
「久しぶり、今、大丈夫?」
「はい、今休憩時間なんで大丈夫です」
「あのね、和恵から栗林の名義で賢司がケータイ三台飛ばしたって言って来たんだけど、栗林と和恵って、今関係あるの?」
「栗林は今和恵のとこで仕事してますよ。前に夏樹が使ってた和恵に持たされたケータイ使ってるみたいですから」
「そっか・・・・、じゃあ和恵から請求が来てもおかしくないって事なんだね?」
「そうですね・・・・ちえは詳しい事は判らないんですけど」
「判った!ありがとね」
「いえいえ、ちえ達も15日に面会行って来ます」
「ありがとう。賢司喜ぶよ、夏樹に会いたがってたから」
電話を切って、ため息をついた。
はぁ・・・・。
また振り出しに戻った気分だよ。
今の収入源は、賢司が副業でやっていた派遣の仕事からの20万円。
そこから賢司の借金が幾つかあるのが約8万円。
残りは12万円。
ここから光熱費や食費を抜くと、5、6万しか残らない。
瑠花とふたりで生活していくので、精一杯。
やっと1万5千円の借金が終わって、少しでも楽になるかと喜んでた矢先の事だった。
でも18万って、かなり高額じゃないかなぁ?
和恵の事だから、少し上乗せしてあるかも。
和恵はコンパニオンの仕事をしている。
しかも。
その客に身体も売っているらしい。
一晩3万とか。
随分安売りしてるなぁ。
瞳はどんなに生活が苦しくても、それだけは出来ないし、やる気もない。
瞳の全ては賢司だけのものだから。
考え方は人それぞれだし、和恵の生き方に興味はない。
瞳は元々、他人に興味を持たない性格で、自分達に火の粉が降りかからなければそれでよかった。
けれど今回の一件だけでなく、竹田と和恵は尽く(ことごとく)賢司の私生活にまで、口出しする。
瞳はそれが苦手だった。
他人からの干渉を嫌う瞳らしい一面だった。
何度か賢司に竹田と縁を切ってくれと頼んだが、結局賢司にはそうする事が出来なかった。
そのために賢司は精神的に追い詰められて、覚醒剤に逃げたのだ。
賢司のした事は、社会的にも許されない行為だった。
そのため今、刑務所に服役中な訳だし。
26日。
瞳はケータイのディスプレイを見て、慌てて飛び起きた。
「きゃあ~!もうこんな時間。瑠花、起きて」
「・・・・」
瞳は慌てて着替えながら、瑠花を起こした。
「ママ・・・・、眠い・・・・」
「車に乗ったら寝てていいから、とにかく着替えて」
のそのそと、瑠花が着替え出したが、苛立つほどに時間は過ぎてゆく。
このままで面会の時間に間に合うのかな。
いつもの時間より、一時間近く遅れて出発した。
今、瞳の車は車検に入っていて、今日は新品の代車だった。
当然ナビも付いている。
瑠花は、大好きなジャニーズの曲をかけながら、るんるんしていた。
「瑠花、この本宅急便に出して来るから、待っててね」
賢司に頼まれていた漫画を何とか揃えて、手紙も一緒に箱詰めしてもらった。
今は便利だね。
宅急便のメンバーズカードを持ってると、機械で簡単に送り状が印字される。
営業所なら箱も売ってる。頼めば荷造りしてくれる。漫画10冊に箱代入れても、700円くらいで次の日には賢司の元に届く。
さすがに窓口からは10冊は入らない。
でも、宅急便なら無制限に入る。
ただね・・・・。
こっちの財布の中身も考えて欲しいよ。
賢司の面会に行くガソリン代も、バカに出来ないし。
何とか12時過ぎ程度で刑務所に着けた。
やっぱり月末は混んでるな。
「面会お願いします」
「はい、18番でお待ち下さい」
18番?
「今日は混んでますか?」
「そうですね、午後からでもう四組入ってますね」
「時間、削られますか?」
「そこまではちょっと・・・・判らないですね」
今日は一時間半で何とか着いたけど、その道のりを考えると、さすがに面会時間は削られたくない。
30分だって、あっという間なのに。
二時間は待つしかないだろうな。
前に四組も待ってるんじゃ。
ま、長距離運転して疲れてるから、ちょうど休めていいか。
順番が回って来たのは、2時だった。
「18番でお待ちの方?」
「はい」
「メモは持って行かれますか?」
「はい」
メモというか、スケジュール帳なんだけど。
これがないと予定が判らないしね。
「四番の部屋でお待ち下さい」
いつも通り。
もうすぐ賢司に逢える。
月に二回しか来られないけど、本来なら今は月に四回の面会が可能だった。
賢司はそこまで昇級していた。
「よっ!遠いとこ悪いな。・・・・瑠花は?」
「下に入ってる」
「瑠花、出てきてパパに顔見せてよ」
「パパ~!あのね、今の車スゴいんだよ。嵐の歌聴きながら来たよ」
「嵐?」
「ここまで来るのに、飽きるから借りたの。レンタルだよ」
「瑠花は嵐が好きなのかー。パパとどっちが好き?」
「えーと、嵐!」
「ははっ、パパでも嵐には負けたみたいだね?残念でした」
「パパはママと瑠花どっちが好き?」
「瑠花!」
・・・・即答すんなよ。
誰が産んだと思ってんだし。
しかし、賢司のバカ親父ぶりは天下一品だしね。
「そうだ、俺のガラ受け瞳じゃ通らなかったよ」
「えっ?何それ?」
「仕方ないから、姉ちゃんか母さんに瞳から頼んでくれないか?」
「お母さんはいいけど、お姉さんは止めた方がいいよ。賢司が出てきたら、竹田に挨拶に行けって、言ってたし」
「本当かよ?俺もう二度と竹田とは会わないつもりだからよ。挨拶なんか、行くかよ」
「だから民子さんは止めた方がいいって。あたしも苦手だし」
「じゃあ母さんに頼んでくれよ。じゃないと俺、満期になっちゃうんだよ」
「んー、分かったよ。お母さんのケータイに掛けるわけにもいかないから、お店に行ってみるよ」
「頼むよ。ガラ受け決まらないと、不安だしよ」
「時間です」
あちゃ!
もう30分過ぎたの?
話した気がしないよ!
「じゃあな、ガラ受け頼むよ。帰り運転気を付けろよ。またな!」
「パパ、またねー」
重いドアの向こうに、賢司の姿が消えてゆく・・・・。
はぁ。
何度見ても慣れないなぁ。
虚無感が瞳を襲う。
お母さんか・・・・。
ガラ受けなんて、なってくれるかな?
民子に頼めって、言われそうだよなぁ。
やれやれ。
やっぱり再犯のせいで、あたしじゃ通らなかったのかな?
理由は教えてくれないらしいけど。
それしか考えられないしね。
はぁ~。
憂うつだなぁ。
「さて、帰ろう」
慣れた道。
もう、何回通ったんだろう?
あと、何回通うんだろう?
そんな事を考えながら、運転していたら、もう少しで家に着く時、それは起こった。
一台の車が、瞳の車に向かって、対向車線を越えて走って来た。
キキー!!
ガシャーン!!
運転席側のドアミラー同士が衝突して、そのまま瞳の車の運転席側を擦った。
慌てて車を停止したが、瑠花に怪我はない。
相手の運転手も車を止めて、何処かに電話していた。
瞳は取り合えず、代車なので、ディーラーに電話を入れた。
「すみません、今、代車をぶつけられちゃって・・・・」
『警察には電話しましたか?』
「あ、まだです」
『今、こちらもすぐに用意出来る代車がないので、警察に先ずは連絡して下さい』
「判りました」
あ…、このケータイから110番すると、家にパトカー行かないかな?
トゥルー!トゥルー!
『はい、110番です。事故ですか?事件ですか?』
「事故です」
『あなたは110番登録されてますが、その件とは違いますね?』
「違います、普通の事故です」
『判りました。すぐにパトカーが向かいます』
「はい、判りました。」
空は、今にも雷が鳴り出しそうに、真っ黒になっていた。
寒い。
昼間はあんなに暑かったのに。
とにかく、相手と話し合いをしなくちゃ。
今、賢司はいない。
あたしは、ひとりでなにもかも、やらなくちゃならないんだ。
賢司がいない・・・・。
あたしは、どれだけ賢司に依存して来たんだろう?
こんな、交通事故の対応さえ、判らない。
「どうもすみませんねぇ」
近寄って行った相手は、初老の婦人だった。
「怪我はないですか?」
少し、うんざりした気持ちもあったけど、あたしはそれを隠して聞いた。
「ええ、大丈夫ですよ。そちらは?」
「うちも車だけです。・・・・わき見運転ですか?」
「ご免なさいね。ちょっと気を取られてしまって」
「もうすぐパトカーが来ます。・・・・雷が鳴り出しそうですよね」
「本当にごめんなさいね」
「いえ、怪我もないですし。車だけですから。ディーラーに電話もしましたし。今、車検中で、あの車は代車なんです」
「そうなの。あ、電話。ごめんなさいね」
婦人が電話中に、パトカーが着いた。
「ぶつかった車はどれですか?」
「あそこに路駐してあるシルバーの車と、向こうはあの金色の車です」
「どういう状況でぶつかった?」
「向こうの車がセンターラインを越えて、あたしの車に向かって走って来たんですけど、左側は縁石があって避けられなかったんです」
「事故の場所はあの辺りかな?」
「そうですね、部品が散乱してますし」
「それじゃ、これで事故証明は提出しとくから、後は先方と話し合ってね」
「はい、判りました」
とは言うものの、先方さんはどうやら保険会社と話している様子。
事故現場の説明にやたらと時間がかかっている。
そりゃ、辺りには何も目印になるものがない田舎だった。
にしても、話しを聞いてると、あまりにも的を得ない。
はぁ~。
長距離走って疲れてるんだけどなぁ。
早く帰って休みたいよ。
瑠花だって、ずっと車の中で待たされて、可哀想だよ。
おばさん・・・・。
保険会社との話しは後回しにして、こっちを優先してくれないかな?
「ごめんなさいね。えっと免許証・・・・」
「あ、あたしも免許証持って来ます」
バタバタ走って車まで戻ったら、瑠花がすっかり飽きてしまっていた。
「ごめんね、瑠花。もうちょっとで終わるからね?」
「ママー、早く帰ろう?」
「うん、向こうの連絡先聞いたら終わりだからね」
何とか連絡先を交換して、帰路についた。
とは言うものの、サイドミラーがない。
ただそれだけの事だけど、運転席側のサイドミラーがないって、物凄く不便なんだな。
見てない様で、見てるものなんだ。
無くなって気付くなんて、賢司の存在みたい。
空は真っ暗で、雷が鳴り出した。
瑠花が怖がって、今にも泣きそうだ。
「瑠花、もうすぐお家に着くから我慢してね?」
「ママ!怖いよ・・・・」
ごめんね。
事故なんかに巻き込まれなければ、とっくに帰れたのに・・・・。
壊れた車は今日ディーラーに持って行っても、代車の代車が準備出来ないと言われた。
ミラーがないだけで、他に異状はなかったし、そのまま破損した車で一旦帰った。
やっと家に着いた時は、くたくたに疲れはてていた。
出来るならもうこのまま眠りたい。
けど、夕飯もお風呂もまだだ。
瞳だけならこのまま寝てしまうところだけど、瑠花がいる。
食べさせないわけにはいかない。
何か、あったかな?
インスタントラーメンがあった。
「瑠花、ラーメンでいい?」
「うん、瑠花ラーメン大好き!」
そうだった。
瑠花は三食ラーメンでもいいくらいの麺食いだっけ。
簡単に夕食を済ませ、お風呂にゆっくり入った。
少しでもいい。
疲れをとりたい。
そんな瞳の気持ちと裏腹に、和恵からメールが入った。
『今月の振り込みは三回目ではなく二回目です。宜しくお願いします』
はぁ・・・・。
細かい・・・・。
まぁ、こっちも余計に取られない様に、振り込む都度回数をわざと入れて振り込んでるけどさ。
それが間違ってた?
そうだったかなぁ?
まぁいいや。
とにかく関わりたくない。
『判りました』
瞳は短いメールを返信した。
明日はお母さんのお店に行って来ようと思ってたけど、あの車じゃ無理だなぁ。
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