仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 1 プロローグ

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和恵からの借金という名目の、カツアゲの15万円。
  10回払いでようやくそれが今月終わった。

  と、同時に賢司の姉から電話が入った。

  内容は・・・・。
  賢司がちょっぴり頭の弱い子の名義で、携帯電話を三台売り飛ばしたらしい事。
  そして、その支払いの督促状が届いて、つまり自分達じゃ何も出来ないからこっちに矛先が向いたみたい。
  ただ、和恵とその子に関わりはない筈。
  所詮はどこまでいっても、哀しい勘違い女だ。
  今回の請求額は18万円。
  これを分割で一万づつ支払う。

  うぇ!
  やっと15万終わったと思ったら、パワーアップしてんじゃないか?
  このままずるずるもぎ取ろうって魂胆なのか?
  はたまた瞳への私怨なのか?

  ちっ!
  最後のお金振り込んだ後にお詫びのメールなんか、送るんじゃなかったよ。
  隙をみせちゃったかな?

  まあいい。
  理不尽な請求額だけど、払ってやろうじゃないか。
  そうすればこっちに落ち度はなくなる。
  次にまた言って来たら、今度は恐喝で被害届出してやるわ。
  何せ向こうは組織の人間だしね。

  ただ。
  厄介者が間にひとり、はさまっているのが気に入らないけど。
  18回払いかぁ~。
  賢司帰って来るんじゃないの?
  26日に面会に行くから、詳しい話しは賢司に聞いてみよう。

  釈然としない気持ちと、和恵に対する憤りを感じながら、瑠花とふたりで夕食を食べ、お風呂に入った。

 「瑠花、ちゃんと肩まで温まらなくちゃ、風邪引くよ?」
 「だって暑いー!」
 「仕方ないなぁ、じゃあ出るの?」
 「うん、アイス食べたい」

  ふ~!
  あたしは出来ればもう少し汗を出したいけどな。
  アイスか。
  あたしもアイスでも食べようかな。
  少しでも嫌な事は、忘れていたい。

  あぁでも和恵の話、本当なのか何とか調べなくちゃ。
  夏樹に聞いてみよう。
  と、言っても夏樹は仕事で忙しいだろうな。
  彼女のちえに聞いてみるか。
  瞳はちえに電話してみた。

 「久しぶり、今、大丈夫?」
 「はい、今休憩時間なんで大丈夫です」
 「あのね、和恵から栗林の名義で賢司がケータイ三台飛ばしたって言って来たんだけど、栗林と和恵って、今関係あるの?」
 「栗林は今和恵のとこで仕事してますよ。前に夏樹が使ってた和恵に持たされたケータイ使ってるみたいですから」
 「そっか・・・・、じゃあ和恵から請求が来てもおかしくないって事なんだね?」
 「そうですね・・・・ちえは詳しい事は判らないんですけど」
 「判った!ありがとね」
 「いえいえ、ちえ達も15日に面会行って来ます」
 「ありがとう。賢司喜ぶよ、夏樹に会いたがってたから」

  電話を切って、ため息をついた。
  はぁ・・・・。
  また振り出しに戻った気分だよ。

  今の収入源は、賢司が副業でやっていた派遣の仕事からの20万円。
  そこから賢司の借金が幾つかあるのが約8万円。
  残りは12万円。
  ここから光熱費や食費を抜くと、5、6万しか残らない。
  瑠花とふたりで生活していくので、精一杯。
  やっと1万5千円の借金が終わって、少しでも楽になるかと喜んでた矢先の事だった。

  でも18万って、かなり高額じゃないかなぁ?
  和恵の事だから、少し上乗せしてあるかも。
  和恵はコンパニオンの仕事をしている。

  しかも。
  その客に身体も売っているらしい。
  一晩3万とか。
  随分安売りしてるなぁ。

  瞳はどんなに生活が苦しくても、それだけは出来ないし、やる気もない。
  瞳の全ては賢司だけのものだから。

  考え方は人それぞれだし、和恵の生き方に興味はない。
  瞳は元々、他人に興味を持たない性格で、自分達に火の粉が降りかからなければそれでよかった。

  けれど今回の一件だけでなく、竹田と和恵は尽く(ことごとく)賢司の私生活にまで、口出しする。
  瞳はそれが苦手だった。
  他人からの干渉を嫌う瞳らしい一面だった。

  何度か賢司に竹田と縁を切ってくれと頼んだが、結局賢司にはそうする事が出来なかった。
  そのために賢司は精神的に追い詰められて、覚醒剤に逃げたのだ。
  賢司のした事は、社会的にも許されない行為だった。
  そのため今、刑務所に服役中な訳だし。

  26日。
  瞳はケータイのディスプレイを見て、慌てて飛び起きた。

 「きゃあ~!もうこんな時間。瑠花、起きて」
 「・・・・」

  瞳は慌てて着替えながら、瑠花を起こした。

 「ママ・・・・、眠い・・・・」
 「車に乗ったら寝てていいから、とにかく着替えて」

  のそのそと、瑠花が着替え出したが、苛立つほどに時間は過ぎてゆく。
  このままで面会の時間に間に合うのかな。
  いつもの時間より、一時間近く遅れて出発した。

  今、瞳の車は車検に入っていて、今日は新品の代車だった。
  当然ナビも付いている。
  瑠花は、大好きなジャニーズの曲をかけながら、るんるんしていた。

 「瑠花、この本宅急便に出して来るから、待っててね」

  賢司に頼まれていた漫画を何とか揃えて、手紙も一緒に箱詰めしてもらった。
  今は便利だね。
  宅急便のメンバーズカードを持ってると、機械で簡単に送り状が印字される。
  営業所なら箱も売ってる。頼めば荷造りしてくれる。漫画10冊に箱代入れても、700円くらいで次の日には賢司の元に届く。

  さすがに窓口からは10冊は入らない。
  でも、宅急便なら無制限に入る。

  ただね・・・・。
  こっちの財布の中身も考えて欲しいよ。
  賢司の面会に行くガソリン代も、バカに出来ないし。
  何とか12時過ぎ程度で刑務所に着けた。

  やっぱり月末は混んでるな。

 「面会お願いします」
 「はい、18番でお待ち下さい」

  18番?

 「今日は混んでますか?」
 「そうですね、午後からでもう四組入ってますね」
 「時間、削られますか?」
 「そこまではちょっと・・・・判らないですね」

  今日は一時間半で何とか着いたけど、その道のりを考えると、さすがに面会時間は削られたくない。
  30分だって、あっという間なのに。
  二時間は待つしかないだろうな。
  前に四組も待ってるんじゃ。
  ま、長距離運転して疲れてるから、ちょうど休めていいか。
  順番が回って来たのは、2時だった。

 「18番でお待ちの方?」
 「はい」

 「メモは持って行かれますか?」
 「はい」

  メモというか、スケジュール帳なんだけど。
  これがないと予定が判らないしね。

 「四番の部屋でお待ち下さい」

  いつも通り。
  もうすぐ賢司に逢える。
  月に二回しか来られないけど、本来なら今は月に四回の面会が可能だった。
  賢司はそこまで昇級していた。

 「よっ!遠いとこ悪いな。・・・・瑠花は?」
 「下に入ってる」
 「瑠花、出てきてパパに顔見せてよ」

 「パパ~!あのね、今の車スゴいんだよ。嵐の歌聴きながら来たよ」
 「嵐?」
 「ここまで来るのに、飽きるから借りたの。レンタルだよ」
 「瑠花は嵐が好きなのかー。パパとどっちが好き?」
 「えーと、嵐!」
 「ははっ、パパでも嵐には負けたみたいだね?残念でした」
 「パパはママと瑠花どっちが好き?」
 「瑠花!」

  ・・・・即答すんなよ。
  誰が産んだと思ってんだし。
  しかし、賢司のバカ親父ぶりは天下一品だしね。

 「そうだ、俺のガラ受け瞳じゃ通らなかったよ」
 「えっ?何それ?」
 「仕方ないから、姉ちゃんか母さんに瞳から頼んでくれないか?」
 「お母さんはいいけど、お姉さんは止めた方がいいよ。賢司が出てきたら、竹田に挨拶に行けって、言ってたし」
 「本当かよ?俺もう二度と竹田とは会わないつもりだからよ。挨拶なんか、行くかよ」
 「だから民子さんは止めた方がいいって。あたしも苦手だし」
 「じゃあ母さんに頼んでくれよ。じゃないと俺、満期になっちゃうんだよ」
 「んー、分かったよ。お母さんのケータイに掛けるわけにもいかないから、お店に行ってみるよ」
 「頼むよ。ガラ受け決まらないと、不安だしよ」
 「時間です」

  あちゃ!
  もう30分過ぎたの?
  話した気がしないよ!

 「じゃあな、ガラ受け頼むよ。帰り運転気を付けろよ。またな!」
 「パパ、またねー」

  重いドアの向こうに、賢司の姿が消えてゆく・・・・。
  はぁ。
  何度見ても慣れないなぁ。
  虚無感が瞳を襲う。
  お母さんか・・・・。
  ガラ受けなんて、なってくれるかな?
  民子に頼めって、言われそうだよなぁ。

  やれやれ。
  やっぱり再犯のせいで、あたしじゃ通らなかったのかな?
  理由は教えてくれないらしいけど。
  それしか考えられないしね。
  はぁ~。
  憂うつだなぁ。

 「さて、帰ろう」

  慣れた道。
  もう、何回通ったんだろう?
  あと、何回通うんだろう?
  そんな事を考えながら、運転していたら、もう少しで家に着く時、それは起こった。
  一台の車が、瞳の車に向かって、対向車線を越えて走って来た。

  キキー!!
  ガシャーン!!

  運転席側のドアミラー同士が衝突して、そのまま瞳の車の運転席側を擦った。
  慌てて車を停止したが、瑠花に怪我はない。
  相手の運転手も車を止めて、何処かに電話していた。
  瞳は取り合えず、代車なので、ディーラーに電話を入れた。

 「すみません、今、代車をぶつけられちゃって・・・・」
 『警察には電話しましたか?』
 「あ、まだです」
 『今、こちらもすぐに用意出来る代車がないので、警察に先ずは連絡して下さい』
 「判りました」

  あ…、このケータイから110番すると、家にパトカー行かないかな?
  トゥルー!トゥルー!

 『はい、110番です。事故ですか?事件ですか?』
 「事故です」
 『あなたは110番登録されてますが、その件とは違いますね?』
 「違います、普通の事故です」
 『判りました。すぐにパトカーが向かいます』
 「はい、判りました。」

  空は、今にも雷が鳴り出しそうに、真っ黒になっていた。
  寒い。
  昼間はあんなに暑かったのに。
  とにかく、相手と話し合いをしなくちゃ。
  今、賢司はいない。
  あたしは、ひとりでなにもかも、やらなくちゃならないんだ。

  賢司がいない・・・・。
  あたしは、どれだけ賢司に依存して来たんだろう?
  こんな、交通事故の対応さえ、判らない。

 「どうもすみませんねぇ」

  近寄って行った相手は、初老の婦人だった。

 「怪我はないですか?」

  少し、うんざりした気持ちもあったけど、あたしはそれを隠して聞いた。

 「ええ、大丈夫ですよ。そちらは?」
 「うちも車だけです。・・・・わき見運転ですか?」
 「ご免なさいね。ちょっと気を取られてしまって」
 「もうすぐパトカーが来ます。・・・・雷が鳴り出しそうですよね」
 「本当にごめんなさいね」
 「いえ、怪我もないですし。車だけですから。ディーラーに電話もしましたし。今、車検中で、あの車は代車なんです」
 「そうなの。あ、電話。ごめんなさいね」

  婦人が電話中に、パトカーが着いた。

 「ぶつかった車はどれですか?」
 「あそこに路駐してあるシルバーの車と、向こうはあの金色の車です」
 「どういう状況でぶつかった?」
 「向こうの車がセンターラインを越えて、あたしの車に向かって走って来たんですけど、左側は縁石があって避けられなかったんです」
 「事故の場所はあの辺りかな?」
 「そうですね、部品が散乱してますし」
 「それじゃ、これで事故証明は提出しとくから、後は先方と話し合ってね」
 「はい、判りました」

  とは言うものの、先方さんはどうやら保険会社と話している様子。
  事故現場の説明にやたらと時間がかかっている。
  そりゃ、辺りには何も目印になるものがない田舎だった。
  にしても、話しを聞いてると、あまりにも的を得ない。

  はぁ~。
  長距離走って疲れてるんだけどなぁ。
  早く帰って休みたいよ。
  瑠花だって、ずっと車の中で待たされて、可哀想だよ。

  おばさん・・・・。
  保険会社との話しは後回しにして、こっちを優先してくれないかな?

 「ごめんなさいね。えっと免許証・・・・」
 「あ、あたしも免許証持って来ます」

  バタバタ走って車まで戻ったら、瑠花がすっかり飽きてしまっていた。

 「ごめんね、瑠花。もうちょっとで終わるからね?」
 「ママー、早く帰ろう?」
 「うん、向こうの連絡先聞いたら終わりだからね」

  何とか連絡先を交換して、帰路についた。
  とは言うものの、サイドミラーがない。
  ただそれだけの事だけど、運転席側のサイドミラーがないって、物凄く不便なんだな。
  見てない様で、見てるものなんだ。
  無くなって気付くなんて、賢司の存在みたい。
  空は真っ暗で、雷が鳴り出した。
  瑠花が怖がって、今にも泣きそうだ。

 「瑠花、もうすぐお家に着くから我慢してね?」
 「ママ!怖いよ・・・・」

  ごめんね。
  事故なんかに巻き込まれなければ、とっくに帰れたのに・・・・。
  壊れた車は今日ディーラーに持って行っても、代車の代車が準備出来ないと言われた。
  ミラーがないだけで、他に異状はなかったし、そのまま破損した車で一旦帰った。
  やっと家に着いた時は、くたくたに疲れはてていた。

  出来るならもうこのまま眠りたい。
  けど、夕飯もお風呂もまだだ。
  瞳だけならこのまま寝てしまうところだけど、瑠花がいる。
  食べさせないわけにはいかない。
  何か、あったかな?
  インスタントラーメンがあった。

 「瑠花、ラーメンでいい?」
 「うん、瑠花ラーメン大好き!」

  そうだった。
  瑠花は三食ラーメンでもいいくらいの麺食いだっけ。
  簡単に夕食を済ませ、お風呂にゆっくり入った。
  少しでもいい。
  疲れをとりたい。
  そんな瞳の気持ちと裏腹に、和恵からメールが入った。

 『今月の振り込みは三回目ではなく二回目です。宜しくお願いします』

  はぁ・・・・。
  細かい・・・・。
  まぁ、こっちも余計に取られない様に、振り込む都度回数をわざと入れて振り込んでるけどさ。
  それが間違ってた?
  そうだったかなぁ?
  まぁいいや。
  とにかく関わりたくない。

 『判りました』

  瞳は短いメールを返信した。
  明日はお母さんのお店に行って来ようと思ってたけど、あの車じゃ無理だなぁ。
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