仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 5 二年ぶりの海

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今日は7月21日の日曜日。
  今日から海の店が始まる。

  海の店、と言っても、砂浜に小屋を建てて営業する、いわゆるテキヤだ。
  お義母さんはもう25年間もこの海で営業していた。
  けれど、持病の糖尿病が悪くなる一方で、今では立っている事すら辛いらしい。
  糖尿病は当然、視力にも影響する。
  目もあまりよく見えなくなっていた。

  瞳が海を手伝う事で、お義母さんの負担が少しでも軽くなるのなら、と、そう思って今年は海に行く事を決意した。
  21日は営業するのだと思っていたが、小屋がまだ完成していなくて、結局その日は準備の段階で終わってしまった。

  海にはまだ人影はまばらで、年々観光客は減っていた。
  この店を始めた頃は、毎日の売り上げが30万もあったのだと、賢司が言っていた。
  月末の日曜日には、花火大会が控えている。
  夏休みで一番稼げる日なのだ。
  雨だけは降らないで欲しい。

  砂浜にテキヤを出すと言うことは、つまりヤクザにそこの場所代を支払って権利を買うようなものだ。
  ひと夏12万円。
  但し、ひと夏でも休んでしまったら、二度とそこの権利を所有することはできない。

  賢司が帰って来られるのは、早くて再来年の春頃だろう。
  来年からは、瞳が海をやらなければならなくなるかも知れない。
  小屋を建てたり、調理器具を設置したり。仕入れ等々・・・・。
  考えただけでも、瞳ひとりでは出来そうにない。

  最初のヤクザに納める場所代の12万すら、どうする事も出来ないのではないだろうか?
  それでも、賢司が帰って来てから海のテキヤをやりたいと言っていた。
  守れるのは、瞳しかいないのだ。

  今年は瞳はただの手伝いという立場だが、来年からは瞳が仕切らなければならなくなるかも知れない。
  しかし、テキヤでも営業すれば、日銭が入る。
  これは魅力的だった。

  瞳も10年以上手伝って来た。
  小屋さえ建てば、後は全部覚えている。
  来年瞳はひとりでも営業したいと考えていた。

  まぁ・・・・。
  弟夫婦には手伝って貰うつもりだが。

  お義母さんは民子さんの目を盗んでは、売り上げがあった日には瞳に一万づつくれていた。
  こんなに貰って大丈夫なのかと心配だったが、瞳もガソリン代がかさむので、有り難く頂いた。

  今年のテキヤの最後の日には、みんなで焼肉屋に行った。
  わいわいと大人数で食べる焼き肉は美味しかった。

  瞳は肉が大好きだった。
  焼き肉も、ステーキも、ハンバーグも毎日でも飽きないほどに。
  賢司がやっぱり肉が大好きだから、自然と瞳も瑠花も好きになる。

  賢司が帰って来たら、奮発してワンランク上のステーキハウスに行こうと決めていた。
  9月は10日に夏樹がご飯をおごってくれると、瑠花と約束をしていた。

  しかし。
  10日に夏樹からの連絡も来る事もなかった。
  瑠花はずっと楽しみに待っていた。
  けど、夏樹は来なかった。

 「夏樹にいちゃんのウソつき!」

  瑠花は目一杯怒っていた。
  それから2日後、突然ふらりと夏樹とちえがやって来た。

 「瑠花、メシ食いに連れてってやるぞ!」

  その日も焼肉屋だった。
  賢司の行き付けの焼肉屋ではなかったけど、食べ放題コースのお店だった。
  賢司の行き付けの焼肉屋は、大きな肉の卸売業者が経営しているので、肉の質はかなりいい。
  他にスーパーも数件経営している。

  食べ放題のお店は、カルビが牛だか豚だか判らない様なものだった。
  それでも瑠花は、夏樹にいちゃんに連れて来て貰えた事が嬉しかったらしく、喜んで食べていた。

  9月は何かと忙しく、賢司の面会に一度も行く事が出来なかった。
  一番の理由は、ガソリン代もなかった、ということだけど。

  相変わらず瞳はやりくりが下手くそだった。
  財布にお金が入っていると、ザルの様に使ってしまう。
  これだけは、治らない。
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