仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 11 あれから2年

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 賢司が逮捕されてから、2年の月日が流れた。
  執行猶予中の再犯なので、3年は帰って来られないだろうと思っていた。
  2月は雪で、3月はお金が無くて面会に行けなかった。
  4月に入って、民子さんから賢司がお金がないと手紙を書いて来たと、電話を貰った。

 『瞳、面会に行ってないの?』
 「うん・・・・2月は雪で危ないから来なくていいって言ってたし、3月はお金なくて行けなかったんだ」
 『賢司がお金がないって手紙来たけど、あんた差し入れ出来るの?』
 「まぁ、何とかするよ。今月は面会に行こうと思ってたし」
 『自分で出せるんだね?』
 「出すしかないもんね。お金ないとお菓子が買えないんだって言ってたし」
『お菓子かよ?』
 「中にいる人は、お菓子だけが楽しみみたいだよ」
 『そう、じゃ頼んだよ』
 「判ったよ、じゃね」

  本当は、二番目のお姉さんが出してくれてるんだけどね。
  どうして賢司は民子さんにそんな手紙を出したんだろう?
  まさか民子さんにお金の差し入れを頼んだ?
  そんな事する人じゃないのは、賢司自身が一番よく判ってる筈だけど。
  あたしが面会も行かないし、手紙も出してないからかな?
  整形でずっと腰に痛み止めの注射をして貰っていたのだが、先生に言われた。

 「もう注射は効かないでしょ?痺れに効く薬があるから、それ飲んでみたら?副作用でふらつきが出るけどね」

  出された薬は、確かに足に痺れには効いた。
  けれど副作用のふらつきの酷さにはちょっと驚いた。

  安定剤を50錠飲んでもけろっとしている瞳には、正に初体験だった。
  飲んだ初日は、ベッドから起き上がる事すら出来ない程だ。

  これでは運転なんて、とても無理と思っていたが、1か月飲んだら副作用も慣れてしまったようだ。
  瞳の、薬に対する抵抗力は驚く程に強かった。
  ただ、一度だけ、ふらっとした拍子にパソコンに激突したのだが。

  もう4月も半分過ぎた。
  早く面会に行かないと、もしかしたらゴールデンウィークの休みがあるかも知れない。
  仕方がないので、弟に差し入れのお金を借りる事にした。

  お姉さんの給料が出たら返す約束で、瞳は火曜日に面会に行く事にした。
  相変わらず瑠花が『道の駅』のやってる日じゃないと煩いのだ。

  2か月、いや3か月は逢ってなかっただろう。
  面会に行く日、瑠花は一睡もしなかったらしい。
  パパに逢えるのが嬉しいんだろうけど、何も徹夜しなくてもいいだろうに。

  極端な性格してるなぁ。
  誰に似たんだろう?

  その割にメンタル面は物凄く弱い。
  過呼吸の発作を起こす様になったのも、近所の子に意地悪されたからのようだ。
  そういう所は賢司に似たんだと思える。

  あたしは誰かに何か言われたら、それこそ倍返しって性格だしなぁ。
  ただ、瞳自身もほんの些細なトラブルで、過呼吸の発作を引き起こす。
  それはただ単に賢司が傍にいないからだと思っていたのだが。

  火曜日、瞳はアラームを10時にセットしていたのだが、徹夜のお嬢様に8時頃から起こされた。
  でもまだ薬が抜けない。
  当然といえば当然だった。
  前日も結局布団に入ったのは3時を回っていた。
  眠剤が抜けなくて起きられない。
  瑠花はいいよ、車に乗ってしまえば眠れるのだから。
  でも瞳はそういうわけにはいかないし、保険に入ってない車で事故など起こしたらそれこそ一生終わりになってしまう。
  それでなくても最近注意力が落ちてる様に感じるのだ。
  自分で運転していても、ドキッとする事がよくある様になった。

  結局、10時のアラームが鳴った時には、瑠花は眠っていた。

 「瑠花、10時だよ?起きられないならパパの面会明日にする?」
 「やだ、今日行く。パパに逢いたい」
 「じゃあ早く着替えてよ。もう10時過ぎちゃったから、間に合わなくなるよ」
 「瑠花の靴下がない~」
 「何でもいいじゃない。ほら、早くしてよ」

  もう!
  だから徹夜なんかするから悪いんだよ。
  何の為にチビが徹夜してんだよ?
  そう言ったら絶対ママが起きないから、とか言うんだよな。

  結局出掛けたのは11時近くになる頃だった。
  大丈夫かなぁ。
  混んでたら面会の受付け閉まっちゃうかもしれないなぁ。

  思ったより道路は混んでなかった。
  いつもと同じ時間に刑務所に着けた。
  とにかく受付けだけ早くしなくちゃ。

 「面会お願いします」
 「はい、こちらの用紙に記入をお願いします」

  面会用紙の番号は11番だった。
  あれ?割と空いてる。

 「それでは午後1番にお呼びします」

  ふ~ん。
  ゴールデンウィーク前だから空いてるのかな。
  遠くから面会に来る人は、月をまたいで泊りがけで来るらしいから。

 「番号札11番の方?」
 「はい」
 「貴重品はこちらにお願いします」
 「ママ、これ凄いね。あそこにもあったよね?」

  瑠花が言っているのは、金属探知機のゲートの事だった。
  拘置所に設置されていたのを覚えていたのだろう。
  3か月も来ない内にこんなのが付いたんだ。

 「久しぶり。瑠花、元気だった?」
 「元気だよ、パパこれ新しい服ね、ヤフオクで買ったんだよ」
 「ヤフオク?オークションかよ」
 「これメゾピアノだよ。瑠花ここの服好きなんだ」
 「一応これでもブランドだよ。新品買ったらTシャツでも何千円かするんだよ。その分物はいいけどね」

 「パパ~、いつ帰って来るの?瑠花パパがいないの淋しいよ」
 「まだ準免も入って来ないからな、そろそろ入ると思うけどな。そしたらあと1年になるんだ」
 「じゃあやっぱりあと1年くらいで帰れるんだね?」
 「そうだなぁ・・・・、懲罰にならなければな」
 「そうだ、賢司が一緒に仕事してたっていう人から電話貰ってさ、今建築関係は暇な時期じゃない?それで仕事を回して欲しいんだって。7~8人抱えてて大変らしいよ?お父さんの方どうかな?って思ったんだけど、あたしあの会社の社長と話した事ないんだよね」
 「それなら夏樹に連絡取って、日本建設の社長に繋ぎ取って貰え。あそこの社長なら瞳の取り分も計算に入れてやってくれるから」
 「日本建設かぁ。そうだね、あの社長なら話し分かってくれるね」

 「夏樹はどうしてる?まさか自棄やけ起こして仕事もしてないなんてないだろうな?」
 「う~ん、落ち込み方が半端じゃないよ。夏樹はもうすぐ30になるから、結婚したいみたいだけど、ちえがまだ20でしょ?あたしは男いると思うんだよね~」
 「あの女は前科があるからな。その時やめろって言ったんだけどな」
 「前科って、浮気の?」
 「そうだよ、付き合って割とすぐの頃だった筈だよ」
 「そりゃ・・・・ちょっと無理がありそう」
 「結婚も時期を逃しちゃってるからな。子供が出来た時に籍を入れればよかったんだろうけど」
 「でも、流産しちゃったし。夏樹愚痴ってたんだよ、ちえは妊娠してる自覚が足りない、とかって」
 「どっちにしても俺から見たら、あの二人は無理だと思うよ」
 「はは、あたしもそう思うわ。夏樹には言えないけどね。待つって言ってるからさ」
 「待ってるだけ無駄だと思うけどな。離れた気持ちが戻るとは思えないからな」

  さすが・・・・。
  遊び慣れてる男の言葉には、説得力があるわ。
  まぁ、あたしもそれは同感だけど。

 「それと、翔が登録かかったから、電話しといてくれよ」
 「判った、直樹は?」
 「直樹は免許証のコピーも送って来てないからダメだよ」
 「判った、翔君に伝えとく」
 「差し入れしてくれるなら、車の本がいいって言っといてくれ」
 「5分前です」

  もう時間かぁ。
  30分なんて、何も話せない内に終わっちゃうよ。
  取りあえず今日話す事くらいは話したのかな?
  後は手紙に書いて送ろう。

 「パパ、瑠花の写真持って来たから、見てね」
 「七五三の写真か?楽しみだな」
 「時間です」
 「じゃあな、また連休明けにでも来てくれよ」
 「そうだね。あ、ゴールデンウィークって休みになるの?」
 「カレンダー通りです」
 「じゃあ、連休終わったら来るね」
 「ああ、気を付けて帰れよ。瑠花、またな」
 「パパばいばい」

  いつもの光景。
  いつもの淋しさ。
  それももう少しで終わりが近付いてきてるんだ。
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