仄暗い部屋から

神崎真紅

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第三章

act 12 仮面接

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ゴールデンウィークが過ぎて、約束通り8日に面会に行った。

 「まだ帰って来られないの?」

「そろそろ仮面が入る頃だから、あと一年じゃねぇかな」
  この日は特に重要な事も話さないで時間が過ぎてしまった。
  それから10日程過ぎた日、賢司から手紙が届いた。

 『15日に仮面接受けました。あと一年です』

  この時の嬉しさを、どう表現したらいいのだろう?
  とても言葉には出来ない、嬉しさ。
  2年が過ぎた。
  今度はその半分の時間で賢司は帰って来るんだ。

 「瑠花、パパもう少しで帰って来るよ」
 「本当?パパ帰って来たら、瑠花欲しい物い~っぱい買って貰うんだ」
 「ふーん、何買って貰うの?」
 「アメジスト!」

  は?
  アメジスト??

 「どうしてアメジスト?」
 「瑠花の誕生石だからね、アメジスト持ってると瑠花はいい事があるの」

  じゃああたしはダイヤでも買って貰うかな。
  って、出稼ぎに行ってる訳じゃないんだから。
  とは言っても、自然に浮き足立ってしまう。
  来年の今頃には、賢司が帰って来るんだ。
  夢じゃなく、本当の賢司に触れる事が出来る。
  でも・・・・そうすると、嬉しさに相反する思いが瞳の心を曇らせる。

  覚醒剤。
  賢司は足を洗う事が出来るのだろうか?
  つい先日、大物シンガーが覚醒剤所持で逮捕された。
  しかも、覚醒剤を使ってのSEXの事が細かく書いてあった。
  つまり、賢司が使用イコール瞳も使用、という図式が確立されてしまう。
  これでまた、警察の目は厳しくなる事だろう。

  特に、前科のある人物には。
  賢司はこれで覚醒剤の前科3犯と言う事になる。
  免許証の照会をされただけで、その前科は出てしまうのだ。
  しかも前回新宿で捕まった時に、交通での前科までついてしまっている。
  いつ、どこから、内偵の手が伸びてくるのか判らない。
  そんな事を考えていたら、不意に民子さんからTELが入った。

 『瞳、今年海どうするの?賢司は帰って来てからやりたがってるの?』
 「賢司はもう海の時代じゃないから、無理してやらなくてもいいって言ってたんだ」
 『お母ちゃんが6月に白内障の手術をやるんだ。だからもし海を続けたいならショバ代だけでも払って繋ぐか、それとも返すか、賢司と相談して決めてあたしに返事頂戴』
 「うん、判った。次の面会に行った時に話して来るよ」

  海か。
  出来る事なら瞳は続けたかった。
  単純に、瞳はああいう商売が好きなのかもしれないけど。
  でも、賢司はきっともうやる気はないんだ。
  面会でも言ってたんだから。

 『もう海の時代じゃ、ないよ。だから俺は普通に働いた方がいいな』

  確かにそれは一理あると思う。
  瞳が海に出る様になって10年くらいだろうか。
  確実に売り上げは落ちていた。

  瞳だって、母のお店を見て育って来たんだから、それぐらいの事は判る。
  多分、今が引き時なんだ、って事。
  瞳は本当は民子さん抜きで、弟達とならやりたいと思っていた。
  弟達も民子さんがいなければ、海はやりたがっていた。
  昨年、弟達が海に手伝いに来ていた時に民子さんに言われたらしい。

 『暇なのに何しに来るの?』

  余りにも酷い言葉ではないか?
  あたしの弟なのに。
  だから、弟達は民子さんが嫌いだ、と言っていた。

  まぁ、あたしも苦手なんだけど。
  確かに海は暇で、そんなに人手はいらなかったのは事実だけど。
  弟達は、お金目的で手伝いに来ていた訳ではないのだ。

  海に来れば食べる物には事欠かない。
  しかも、弟は屋台で売っている様な物が大好きだ。
  海で売っている物は、殆んどが弟の大好物ばかりだった。
  それと、単純にあたしの為に手伝いに来ていただけなのに。
  それを、そんな酷い事を言われていたなんて。

  あたしは何を言われてもいい。
  でも、弟達にまでそんな事を言っていたなんて。
  だから、海は民子さん抜きで出来ないものか、と弟達と話していたのだ。
  でも、最初の場代の12万すら瞳には準備出来ない。
  やっぱり、諦めて辞めた方がいいのかも知れない。
  淋しいけれど・・・・。

  海も今年権利を手放せば、二度と出来ない。
  でも、その権利代の12万を今の瞳に工面する事は到底無理な話しだ。
  せめて12万だけでも支払えば、権利だけは持っていられるのだが。

  仕方ないよね・・・・。
  民子さんには権利を返していいと、返事をした。
  嗚呼、これで海ともさよならなんだ。
  本当にこれでいいのかな?
  自責の念が瞳を苦しめていた。

  6月に入って、5日にお金を下ろしに行って照会してびっくりした。
  4万しか入ってない。

  賢司の副業は、建設関係の人材派遣だ。
  大体二ヶ月遅れで締めて賢司の口座に振り込まれる。
  そして、大抵が4・5・6月は仕事が途切れる時期なのだ。
  そうすると、これから最低でも三ヶ月は収入が減る事になる。

  どうしよう・・・?
  これじゃ、賢司のところに行くガソリン代も出せない。
  ただ、もう一軒瞳が仲をとって日本建設に派遣した方があるのだが。
  こちらの方は全くの音信不通なのだった。
  狡い事をする様な社長ではないので、瞳は日本建設に委ねたのだ。
  賢司がそう言ったからでもあるのだが。
  そのお金なら15万くらいにはなるだろうと思っていたのだが、一向に何も連絡がない。

  6月は瑠花の子供手当てが4万入る。
  それが入ったら賢司のところに行こう。
  差し入れの本と、頼まれた歯ブラシを持って。
  そして、海は終わりになったと言おう。
  賢司はどう思うのだろう?
  あたしと同じ虚無感に襲われる事はないのだろうか?
  会社も解雇されて、賢司は一体何処で仕事をするのだろう。

  そう言えば、やっぱり覚醒剤絡みの賢司の知り合いが、賢司の仕事の事は心配しなくても自分と一緒にやろう、と言ってくれたらしい。
  その人の仕事は、農家のビニールハウスを建てるものらしい。
  仕事も安定して、途切れる事なく年間を通してあるようだ。

  でも・・・・。
  その人が覚醒剤を買ったりしたら、また賢司は元に戻ってしまうんじゃないのだろうか?
  染み着いた覚醒剤の記憶。
  それが逃れられない賢司の運命なのだろうか。
  だとしたら、今までの時間は何だったのだろうか。
  瞳と瑠花から遠く離れ、自由のきかない塀の中で過ごした月日は、何の代償になるのだろう?
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